ダブルパンチ
「……眠い」
ほとんど眠れなかった。寝る前に考え事をすると、頭が冴えちゃって眠れなくなっちゃうのよね。起きてもう一回寝ようとした時もそう。トイレに立っちゃったり、何か考えちゃうと目が覚めちゃうわけ。
しかも、最悪なことに。『あの日』に突入していた。そう、『生理』だ。
この体になってから、記憶が混同しているせいで自分の生理の日がいつなのか、わからなかった……最悪。
「あのさー……タン○ンってどっかに売ってる?」
「なんだそれ?」
え、ないの? 嘘……冗談でしょ。って、そうか。ここ日本じゃなかった。こういう時、日本にいた時の感覚でつい、喋ってしまうわよねぇ。
「えーと……生理用品」
「あぁ……ナプキンタイプの物なら、購買部の横にある薬局にあったと思うぞ。何なら、私のを使うか? アーミット」
そう、ベルが言ってくれる。マジ、助かる。
「あ、ありがとう……」
正直、歩くのもしんどかった。寝不足とのダブルパンチは相当キツイ。
これも、全部あいつのせいだ……あいつの……。
『君が学園を去るまでに振り向かせられなかったら、諦めるよ』
かぁあああっと、顔が熱くなるのを、感じた。
思わず、顔を振る私。何考えているのよ。そんなこと、言われたの初めてだけど……相手はあの専称寺よ! ……顔が、だけど。
「はー……」
思わず、深い溜息。どうしてこんなことになったのか。自分が死んだのもショックだというのに、次から次へと色んな事が起こりすぎではないだろうか。まるで、誰かに仕向けられたかのよう……こんな世界があるぐらいだし、まさか日本にも魔法とか使える奴らがいて……私を?
駄目だ。馬鹿になってる。考えすぎて頭がおかしくなってるわ。いけない。切り替えよう。とにかく、落ち着け。いつも通り……いつも通りの私でいればそれでいいのよ。
『いつも通りって何? こんなに変わっちゃってるのに?』
ハッ!? 思わず、顔を上げた。
何、今の……頭の中から聞こえてきたような……もう一人の私? カレンなの?
しかし、何も聞こえて来なかった。
……疲れているわね。ほんと。
「大丈夫か? アーミット。辛そうだが」
「……なんとか。ところで、あんたたちって王子のこと、どう思ってんの?」
「唐突だな……どうと言われてもな。我が国のシンボルとしか、言い様がない」
「あたしはどーだろ。まー、好きでも嫌いでもねーかな」
「……えっと、結婚願望があってこの学園に入ったんじゃないの?」
「それをいうなら、アーミットの王子に対する態度も少しおかしい気がするが」
「うっ」
「あははは。墓穴掘ってやんの」
「う、うるさいわねっ! 私はいいのよ! あんたらこそ、どーなのよ」
くっそー、なんかはずい。
「真面目に答えるなら、私には私の家の都合がある。それに従ってここにいる。王子に求婚されれば、即受けるつもりだ。そこに拒否権はない。勘違いして貰いたくはないが、私は別に王子のことが嫌いなわけではないぞ」
「あたしもそんな感じかなー。まあ、そりゃ好きな相手ぐらい自分で選ばせてくれよって言いたいけどさー。ウチの親連中は、権力しか目が言ってないからなぁ。しょうがねーよ」
なるほど。どちらも、親絡みか。私と一緒だな。正確に言うと、生前の私と、だけど。ここにいる連中の何割かはそういう親の命令で来ているのかもしれない。政略結婚って奴だ。
ま、あのクソ王子が言ったように、王子を嫌いな奴なんてほとんどいないんだから、そうじゃなくったって、求められればOKしてしまうんだろうなって思う。
私は……どうかな。あの顔じゃなければ……いや、そもそも……うーん。ダメ。わかんない。斉藤は……どうだろう。それもわからないわ。恋なんてよくわからない。
「『恋』って、なんなのかしらねぇ……」
「なんだ、アーミット。『恋』しているのか?」
「はっ? ち、違うわよ!」
「気になってる奴はいるんだろぉ? 誰だ? 王子か? エルフッドか? それとも~、別のオトコかぁ~? 答えろよ、あ~みっとぉ~!」
うりゃうりゃーっと、キサラが小突いてくる。やめなさいよ、もー。こういうの、嫌いじゃないけどさ。
そもそも、私には女友達なんていなかった。まあ、こいつらが『友達』なのかどうかわからないけど。そんなこと聞いたら、呆れ返るでしょうし。
少なくとも、良いルームメイトであることはたしかね。相談事もしやすいし。真剣に考えてくれるわ。
ま、人には人の事情があるってことかしらねぇ。特にこんな世界じゃ。
「さて、そろそろ学校へ行くとしようか。アーミットはどうする? 休むか?」
「うーん……単位が欲しいから、行くわ」
「そうか。無理はするなよ」
「おー、アーミット。えらいぞー。いい子いい子してやろーか?」
「うっさい……」
学校へ行くのは吝かではないけど……あいつの顔、見たくないのよねぇ。なんて、挨拶すればいいのよ。あんな後でさー……。
行く前から、トリプルで憂鬱だった。
学校へたどり着くと、教室から真っ先にやって来たのは、やはりあの王子だった。
「やあ、昨日は悪かったね。よかったら、今日の昼食。一緒にどうだい?」
あっけらかんと。何事もなかったかのように。話しかけてくるユキト。どういう神経しているのかしら、こいつ。
なんかもう呆れるを通り越して、関心するわ。よくもまあ、これだけ相手が嫌いだつってんのに、話しかけられるものだ。私には出来ない。一種の才能なのかもしれない。つーか、調子わりーのに、話しかけてくるな。
言い返すのも、しんどいせいか黙ったままになる。
それを見た、ベルが。
「すまない。アーミットは今日、調子が悪いのだ。またにして貰えないだろうか」
「そうなのかい? 保健室、行くかい? 僕が連れて行くよ」
この男は……ベルがわざわざ今はダメだって遠回しに言ったのに、なんなんだろう。
そんな私達のやり取りをみた、エルフッド……もとい、斉藤がこちらへやって来た。
「王子。その辺にしておいたら、どうですか。嫌がる女の子を無理に誘うものではありませんよ。こういう時、女性は男性に声をかけられたくないものです」
「そうなのかい? エルフッド。知らなかったよ。他の子は嬉しそうに付いて来るのだけどなぁ」
それは、仮病だ。け・びょ・う! お前に近づく為にわざと、弱々しいフリしてるんだろ! と、突っ込みたかったけど、調子悪いのでそれどころじゃない。
その時、斉藤が軽く耳打ちをしてきた。
「大丈夫ですか、お嬢様。『生理』でしたら、ご無理をなさらずに。どうしても限界の時は私が先生に声をかけておきますので。勿論、『単位』も落とさせません」
「……」
なんで、私が『生理』だって知ってんのよ!? こいつは!!
自分にすらわからなかったことを知られているとか……斉藤、恐るべし。さすがに引くわー。ドン引きだわーって、斉藤のおかげで助かったんじゃない……はぁ。
「言いたいことは山程あるけど……いいわ、下がりなさい」
「はい、お嬢様」
周りに聞こえないように斉藤は呟く。
「ふむ。なんだかエルフッドの奴。急に親しみやすくなったというか。あんな奴だっただろうか」
「あー、そうだな。あたしらつーか、女子に声かけてくるような奴じゃなかったよなぁ」
斉藤のことだ。私のことばかり考えていたに違いない。自分が死んで、こんなところに来て。それでよくまた自殺しなかったものだ。恐らく、私にも同じようなことが起こっていないか、その最後の望みにかけたのだろう。そして、私はここにいる。なんて……『運命的』なのだろう。
私はそういうの信じてないんだけど……他に説明のしようがないじゃない。
そりゃ、惚れるわ。って、またそれか。わからないのよ、それは。ちょっと置いておきたいの。まあ、思うがままに突撃するのも……それはそれで、アリなのかもしれないけど。ねえ?
まだ、その時じゃないでしょ。専称寺のこともあるし。
兎にも角にも、憂鬱な一日であった。