揺らぐ心
さて、私達は二人っきりで、とある喫茶店の一角にいる……わけではない。
よく見ると、あちらこちらに一般人に紛れて護衛が沢山いるではないか。ざっと十数人ぐらいだろうか。何故、わかるのかって?
そりゃ、私だってSPぐらいつけられてたからね。その割にはあのザマでここにいるわけだけど……ああ、うざ。思い出さなきゃよかった。目の前に同じ顔の奴がいるのに。腹が立ってしょうがない。
当の本人はそんなことに気づくわけもなく、ニコニコと楽しそうな顔をしていた。それがまた、私のストレスを助長させるとも、知らずに。
「はぁ……」
なんでこんなところに来ちゃったのかしら。色んな意味で。生まれ変わったのもそうだし、デートの誘いを受けたのもそう。いや、まあ。予行練習に丁度いいかなって思ったんだけど。
いざ、面と向かうと何を話したらいいのかさっぱり。世間話とか? つっても、王子様と世間話って……咬み合わないでしょ。庶民と貴族じゃ特に。
そんなことを考えていると、向こうから話しかけて来た。
「よっぽど嫌いなんだねぇ、その人のこと。僕の顔を見る度にため息してるよ。表情も固い」
「……」
「はは、ごめん。この話はタブーだったね」
「どうして、貴方は私に声をかけたわけ?」
「ん?」
つい。カチンと来たわけじゃないが、なんかこう。反撃したくなったというか。
「他にもいくらでもいるじゃない。貴方が望めば、手に入るような女の子が」
そう言うと、相手は黙った。目は真剣だ。……思わず、ドキっとした。触れちゃいけない部分だったかしら? 相手もしてきたんだから、同じことよ。なんで、私がびびらないと行けないわけ……。
「うーん……そうだね。正直言えば、そうだ。そもそも、僕を嫌いな人ってほとんど存在しないよね」
「……は?」
「ああいや、目の前にいるわけだけど。僕は『王子』だから。国民が王子を嫌うわけないよね。国の顔なのだから。いたとしても、僕と顔を合わせることはない。そういう輩は近づけさせないからね。周りが」
「……」
「つまり、君みたいな子は初めてだったわけ。それが妙に新鮮で……面白可笑しくてね。気づいたら、夢中になっていた。ってわけ」
なるほどね。嫌よ嫌よも好きのうちってか。はっ。私は嫌いよ。あんたみたいなタイプ。ちやほやされちゃってさ……八方美人って奴。誰にでも愛想振るまいて……って、私も似たようなもんだったかしら。いいのよ、私は。別に。同族嫌悪とは……違うでしょ。
「君だって、もし、僕の顔が君の嫌いな人と同じじゃなかったら、別にここまで嫌悪していなかったんじゃないかい?」
「それは……」
わからない。たしかに、斉藤みたいな感じの顔だったら……そうねえ。思わないかもね。どーでもいいだろうし。興味がないって奴。
「だから、ある意味。奇妙なめぐり合わせだと思うんだ。こういうのって」
「……私は『運命』とか、そういうの信じてませんけど」
「そうなんだ。女の子は好きそうなのに。『運命』って言葉」
たしかに。リアルの女は、ちょっと顔のいい男に運命的とか言われるだけでコロっと落ちちゃう頭の弱い子が多い。いやまあ、顔で判断しているだけだろうけど。
女の判断基準なんて、顔と声と金以外ないだろう。それは、男も同じだと思うけど。金は……ないかもしれないが。
あー、でも男は体つきとか、胸とか、お尻とか。そういうのも重要なんだっけ。共通の趣味とか。男のが意外とナイーブで、純情だからねぇ。
女は切り替え早いから。ダメならすぐ次だし。数人キープもザラ。彼氏がいても、他人とセックス余裕。そんな汚い世界……私は違うけどね。
……私は私で変わってるけど。『調教』とかしてる時点で。
「そんなんで私を落とせると思わないことね」
「はは、了解。やっぱり、いいよ。君。面白い」
珍獣扱いかよ。専称寺の分際で……。違うらしいけど、どうだか。
「他にも理由はあるんだ。周りの子達はみんな、僕の『権力』と『お金』しか見ていない。ゆくゆくは僕が次の王になる。となれば、僕の結婚相手は后だ。誰もが望む最高峰の位置。だろう? 彼女たちはそこしか見ていないのさ。僕を見ているわけじゃない。僕の後ろにあるものに惹かれているだけなのさ」
そりゃそうだ。そうじゃなければ、結婚なんてしない。『彼氏』とは違い、『結婚』となると、女の『第一目標』はコロっと変わる。『金』だ。金と権力。それが一番の目標となり、次が性格。顔もよければ上場。顔がダメでも金さえあれば結婚出来る。そんな社会。それはどこの世界でも同じようだ。
私を見る男の目もそうだった……みんな、私じゃない。大蓮寺グループの権力と金が欲しいだけ……私なんて見ていなかった、誰も。
「でも、君はそうじゃない。僕を見ている。いや、君の嫌いな人を見ているんだろうけど、少なくとも、僕の後ろにあるものに興味がない様子だ。違うかい?」
「……そうね。貴方の地位や名誉に興味はないわ。お金にもね」
ある意味、この世界は私を見てくれるのかもしれない。それなら、別に金も地位もいらなかった。以前のような暮らしには名残惜しい気持ちがあるが……それぐらいだ。楽といえば楽。背負うものがないというのは、こんなにも、気が楽なのか。
ああ……やっぱ腹立たしいのは、自分を見ているようだからなのかもしれない。似ているのだ。この男と、私の『環境』が。類似しすぎている。だから、嫌なのだ。傷の舐め合いをしているようで。
「それに、君は本当に庶民の子なのかい? 護衛にも気づいているようだし、立ち振舞といい……あの時、会場に来た他の庶民の子達は、ぎこちない動きをしていたよ。君だけだ。完璧な立ち振舞をしていたのは」
「……」
それは私も生前は同じ立場にいたからよ。大蓮寺グループの娘として。教育を受けてきたから。染み付いているわ。作法も……なにもかも。
「おっと。いけない。また話が戻ってしまったね。そういうわけさ。僕が君に『興味』を持った理由は。お分かり頂けたかな?」
「ええ。とっても。やはり、私と貴方は相容れない存在だということが」
「……そうくるかい」
「水と油のようなものですわ。混ざることはないでしょう」
「僕がこの顔を『別人』に変えてもかい?」
「……私の為に、顔まで変えるつもりなの? そんなの、ご両親も周りも許さないでしょう。しかも、相手が『庶民』の子だなんて」
「そうだね……その通りだ。僕には様々な『責任』がつきまとう。今も会話は全て記録されているよ。でも、君が僕と結婚する資格はある。あの学園に入れたわけだしね。そこはわかってほしい」
「そうですね……ですが、私は」
「君が学園を去るまでに振り向かせられなかったら、諦めるよ。僕には限られた時間しかないからね。それまでに相手を決めなければいけない」
どうして、この男はそこまで……これが、『恋』なの? わからないわ……私には。例え、斉藤にだってそこまでしないでしょうし。
恋なんて……相手をちょっと好きかどうかで判断する単純なものでしょ? こんなのは……重苦しいだけよ。
「……どうぞ。好きにして下さい」
そういって、席を立った。相手は止めなかった。
去り際に、ユキトの顔を見た。キリッとした目線……そもそも、あんなことがなければ、私は専称寺の顔は嫌いにはなっていなかった。むしろ、タイプの方だろう……でなければ、誘っていない。
けど、あんなことがあってしまった後では……もう、『好き』になれないでしょう?
どうして、来てしまったのか。誘ってしまったのか。それはやっぱり……まだ。未練が……ううん、違うわ。そんなこと。
わからないまま、私は駆け足で、寮に戻っていったのだった。