運命の再会
そうして、始まった全寮制の学園生活、一日目。私は朝から憂鬱だった。
「どうして、こうなってしまったのかしら……」
黒く長い髪をときながら、ぶつぶつと呟く私。生前は、金髪でしたが。別に、カレン・アーミットの顔に不満があるわけでは、ありませんが……やはり、落ち着かない。
そんなことより、あの男よ。ユキト・シュヴァルツ。王子だか何だか知らないけど、こんなところに連れて来て。あぁ、もう。ムカつくわ。
というか、もしも教室が同じだったらどうしようかしら。どう見ても、気まずいわよね。あんなこと言った手前……まさか、専称寺もあの後に死んで、転生されたわけじゃないわよね? ……ないとは、言い切れない。私が現にそうなのだし。とはいえ、顔まで同じになるかしら? そんな奇跡のオンパレード……ないと、思いたいなぁ。
あのぽかぁんとした反応を見れば、人違いだってことはわかるけどさぁ……こっちには、『恨み』があるのよ。殺された恨みが、ね。
「はぁ……」
「何、ため息ばっかついてんの。さっきから」
「きゃっ!」
「うおっ」
「……驚かせないで頂戴」
「こっちのセリフだよ。いきなり、大声あげんなって」
若干、男まさりな空気を感じるこの女は、誰かって? キサラ・ベルロール。赤い髪と褐色肌が特徴的な私の同居人。寮だからね。複数人で同じ部屋に寝泊まりするわけ。
「何を騒いでいる、お前たち。もう少し静かに出来ないのか」
と、メガネをかけた白髪の女が言う。こっちは、ベル・キーソン。ま、三人でここで寝泊まりしているわけ。
「そろそろ朝礼だろ? かったりいなぁ」
「ふん、朝礼ぐらいで何を。たるんでいるぞ」
「あー、はいはい。いいから、行きましょ」
面倒くさくなりそうなので、私はさっさと話を切り上げて部屋を出て行った。それに、追従する二人。出会ったばかりの二人だが、なんとなく気が合いそうな気がした。
それは、単に。私の性格が変わりつつあるから、かもしれないわね。話し方もそうだし……。自分の体というか……心に変化が起きているのは、たしかね。体はそもそも、自分の物じゃないし。いえ、生まれ変わりだとするなら、自分の物か。あぁ……うん。わけわかんないや。考えるのは、やめましょ。
朝礼へと向かった私達。そこでは、学園長がこの学園についてのあれこれを語っていた。
どこの世界でも一緒ね……学園長やら、校長の話は退屈で、眠たくなるのは……ふぁぁああ……。
「そこ、あくびをしない!」
「いっ!」
まさか、注意されるとは。結構後ろの方だったのに。笑い声が聞こえてくる。うう、恥ずかしい……。
げ、睨まれてるよ……こわっ。
「怒られてやんの」
うざ……。
「アーミットが悪い」
はいはい。そうですね。
朝礼も終わり、自分達の教室へと足を運ぶ。普通は先に教室に行ってから、朝礼だと思うのだけど、ここは違うらしい。ようするに、私達はまだお互いのクラスメートの顔も知らないわけ。知っているのは、同居人のこの二人だけ。
後のお楽しみなのか、防犯上の都合なのかは知らないけど。まあ、当然か。仮にも王室の人間や、貴族連中が集まる学園だ。セキュリティ対策は万全でないといけないし、人員もかなり動員しているだろう。
実際、教室へ向かう途中もかなりの数のSP(護衛)のような人達がついていた。もちろん、私に。ではない。この二人に、だ。どうやら、それなりの貴族の出らしい。その割には『平民』になってしまった私を『平等』に扱ってくれているけど。
別に今まで私がしてきたことに後悔はないのだけど、今までしてきたことのしわ寄せがやって来ている気がしなくもない。私だって、こっちでいう貴族生活をしていた身なのだし。殺された上に平民にされるなんて、屈辱的もいいところね。
教室に入ると、すでに人だかりが出来ていた。嫌な予感がする。
女連中の黄色い声ですぐにわかった。あいつがいる。あの、クソ王子が。
私の姿に気づいたクラスメイト達が、陰口を行う。
「あの子……たしか、エリザ様に喧嘩売った平民の女よ。しかも、王子様にも酷いこと言ったんですって!」
「あー、あれが。よくこんなところに顔を出せたわね」
……聞こえてんだけど。こういう連中って、わざと聞こえるように言っているのか、素なのか、わからないのよね。そんなことこれっぽっちも、気にしていないんでしょうけど。
そんな様子を見てか。
「気にするな、アーミット」
「人気者だな、アーミットは」
二人は気を使ってくれたようだ。
「ありがと。別に気にしてないわ。こんなあばずれ女共なんて」
「なんですって!」
「平民の分際で偉そうに!」
まーた、始まった。平民がどーとか。こーとか。どうでもいいっつーの。正直、人のこと言えない分、分が悪いのよね。
「そこまでだ」
立ち上がったのは、一人の男だった。王子……じゃないわね。誰、こいつ。
「ここでは、貴族も平民もない。ただのクラスメイトだ。同じ学園生活を送る仲間として、迎え入れるのが、私達、貴族のやるべきことではないかね」
「エルフッド様がそう仰るのでしたら……」
「ねえ……?」
がやがやと騒いでいた女連中は、次第に声を小さくしていった。どうやら、この男もそれなりの身分らしい。大貴族の息子かしら?
「私の名は、エルフッド。エルフッド・オルレーン。よろしく頼む、カレン・アーミット」
「えぇ、よろしく」
「また君に会えるとは、思わなかったよ」
私とエルフッドが挨拶をしている時に……横から割り込んできたのは、やはりあいつだった。あの、クソ王子の……ユキト・シュヴァルツ。
「てっきり、来てくれないのかと思ったよ」
「……いえ、単に学費が免除になるって聞いたので、来ただけです」
「ははは、そうかい。免除にしてよかったよ。君に会えないところだった」
「はあ……そうですか」
「ところで、僕は君の知る誰かに似ているようだけど、誰なんだい?」
私を殺した奴とそっくりなんですよ、とは言えないわよねぇ。さすがに。
「まあ、私の嫌いなやつの顔にそっくりでして」
「あらら、そうなのかい? そいつは困ったなぁ」
あっけらかんと、笑う。なんなの、こいつは。温室育ちで頭バカになってんのかしら?
……『温室育ちのお嬢様はこれだから』。あいつのいやぁ~なセリフを思い出してしまった。最悪。
あからさまに不機嫌な顔をしたせいか、それ以上は話しかけて来なかった。当然か。あれ以上しつこかったら、ワンパンチ入れているところだった。
「随分と、仲がいいようだな。アーミット」
「……今のアレを見て、どこをどー判断したら、そうなるわけ」
「あははは、アーミットはすげーな。注目度抜群じゃねーか」
「嬉しくない……」
授業も終わって、休憩時間。私は、エルフッドに呼び出された。
「ちょっと、いいか。アーミット」
「え? あ、はい」
つい、返事してしまった。こいつ、結構イケメンなのよね。赤い髪のメガネ男……ちょっと、タイプかもしれない。
「何? どういうこと……? エルフッド様が、平民と……」
ひそひそ話が聞こえてきたが気にしない。私は、エルフッドに呼び出されるまま、中庭へと連れて行かれる。
「……何かしら?」
「……」
何。沈黙しないでよ。怖いんだけど。いや、こんな学園の中庭で、何かしようとか普通、思わないでしょうけど……前例があるからなぁ、私には。殺された、前例が。そのせいか、どうも、男と二人っきりってシチュエーションが嫌というか……。
普通に考えて、告白、とか? いや、でも出会って初日にそんなわけ……一目惚れとか。ないない。
あったとして、そんなの即答出来ないんだけど。なんて答えりゃいいわけ? たしかに、カッコイイけどさぁ……。
とかなんとか、私が考えていると、相手は口を開いた。ごくり。
「まさか、また会えるとは……」
「……はい?」
まったく、見当違いの言葉だった。もしかして、前世でなんとか系の電波系の方? ヤバ。どうして、私の周りって、おかしな男ばっかり現れるのかしら。呪われてる?
「あ、私。前世とか信じてないんで。それじゃ」
さっさと話を切り上げようとする私。しかし、男は止まらなかった。
「お久しぶりです。『お嬢様』」
「──え?」
思わず、振り返った。
「あの、私は平民の娘ですが……誰かと勘違いしてませんか?」
「間違えませんよ。私の主のことは」
「……やっぱ、イっちゃってる系?」
「私ですよ。『斉藤』です。鈴花お嬢様」
「は?」
今、なんつった。さ、斉藤ぉ? え、え? え? 何? どゆこと?
ちょっとまって、今。混乱してる。私、混乱してるから。
「ちょ、ちょっとまって……考えさせて」
「はい」
黙って待つ、エルフッド……もとい、斉藤。斉藤って、あの斉藤よね? 私の執事の……召使いの。手足になって命令通りに行動するあの……。
「その『斉藤』です」
「……なんで、ここにいんのよ」
「……実は、あれから私も『自殺』しまして」
「自殺!? なんで!」
「お嬢様をお守り出来なかったからです」
「……」
どうやら、斉藤は私を助けられなかったことを、後悔しているらしい。
「ということは、やっぱり私は……死んだのね」
「……はい。あの後、私達がゲストルームへ駆け込むと、お嬢様の変わり果てたお姿が……くっ。申し訳ありません! 私は、お嬢様を守れませんでした!」
そういって、頭を下げる斉藤。
「もう、いいわ。そもそもあの状態で助けられる人物などおりません。貴方のせいではないでしょう、斉藤」
「お嬢様……」
「それで、あの男……専称寺はどうしたの?」
「……わかりません。どこかへ雲隠れしたようです。必死に捜索活動を行いましたが、恐らく、かなりの人物が背後にいるようで、足取りは掴めませんでした。それで、私は責任を取って……自害を」
「バカなやつね。それにしても……まさか、同じ世界に生まれ変わるなんて。ねえ、やっぱりここは別世界なの? 私は……生まれ変わったというの? 後、どうして私のことがわかったのよ、貴方」
「まずは、ここが私達のいた世界とは異なる場所だということから、説明させて頂きます。お嬢様。私も気になって色々と調べましたが、地球という単語も、日本も存在致しませんでした。生まれ変わりというのは、わかりませんが……おそらくは。どうして、生前の記憶が引き継がれてしまっているかは、わかりません。そして、最後に。お嬢様のことはわかりますよ。姿や口調、性格が変わってしまったとしても。私は何年もお嬢様のお傍でお仕えさせて頂きましたから」
「……普通、わからないでしょ。少なくとも私はあんたが『斉藤』だってことに気付かなかったわよ」
「私は転生してから、随分と経ちますので……それこそ、赤ん坊の頃からです。お嬢様は突然、誰かの体に入り込んだような感覚でいらっしゃいましたので、まだお嬢様だった頃の言動や、仕草が見られたのですよ」
「……あんた、結構凄い奴だったのね」
「光栄です」
「ま、それはいいわ。で、どういうこと? 私はつい最近、ここに来たと思っているんだけど」
「それは恐らく、違います。お嬢様は最初から『カレン』であったのです。カレンとして、生まれ変わったのでしょう。ただ、生前の記憶がなかっただけで。それが、何かのショックで呼び起こされたというべきでしょうか」
「……そういうこと。まあ、たしかにその方が辻褄が合うわね」
「もう元の世界には、帰れない……わよね?」
「はい。出来ません。ここには、魔法とか……様々なものが存在致しますが、異世界に行く方法はありませんし、この体です。行けたとしても、我々を受け入れてはくれないでしょう」
「そりゃそうか……ああ、なんか諦めがついた感じするわ。ようやくって感じ」
「……」
「それはそうと、あんた。この世界じゃ偉いの?」
「はい。一応、国王陛下に仕える大臣の息子です」
「普通に偉いわね。普通に」
「はい」
「でも、私はあんたのことを『斉藤』としてしか、みないわ。わかる?」
「はい。結構です。むしろ、そうして頂けると助かります」
「……なんだかなぁ」
「ていうか、あの王子の顔。あんた見たわよね?」
「はい。ですが……彼は『専称寺』ではないかと思います」
「……そう」
まさか、斉藤がいるなんて。世の中、不思議ねぇ。まあ、すでに不思議だらけなんだから、今更って感じか。
そうして、私は斉藤と、『運命』? の再会を果たしたのであった。