サブend:アンドル 両手
「よろしくね」
私が両手を取ると、彼は目を見開いていた。
「君のみたいな子は今までいなかったよ……」
アンドルは何やら考える素振りで呟く。
■
大会のある店に入る時、視線を感じた。
〔気にしない〕
「まあいいや」
私は視線を特に気にせずに歩き、右横にすれ違う人を意識して避ける。
「え?」
ガラの悪そうな男が側を通ったと思えば、いつの間にか薄暗い店の裏部屋へと追い込まれて壁に背が着いていた。
「大声出すなよ」
「アンドルさん?」
特に根拠はなく、聞いた声から頭に浮かんだのが彼だった。
「……」
男が自分から電気をつけて、姿が現れた。
「アンドルさんのそっくりさん?」
「違うな、オレはアンドルだ」
表情はアンニュイで別人のようだが、間違いなくアンドルさんのようである。
「あ、もしかして双子の兄弟?」
「お前この状況でよくそんな暢気な事が言えるな。悲鳴は困るが怯えるとかしろよ」
彼はなぜだか私に呆れているみたい。
「状況……アンドルさんと二人きりだね。なんで怯えるの?」
「相当鈍いな。会った時はチャラ男だったのにこんな粗末な部屋に連れ込んでガラ悪くなってたら普通ビビるだろ」
確かに彼は何故こんなに性格が変化しているんだろう。
いつもは猫をかぶっていてこっちが本性なのかな。
「どうしてこんなことを?」
「仕事だからな」
つまりハレビレス艦長が、私を消すよう彼に命令したのだろうか?
「私をメシアとか言って連れてきたのに……」
「何を勘違いしてんのか知らねえけど、宇宙軍の連中とは関係ねえよ」
それはアンドルが宇宙軍でない別の組織から命令を受けたという意味なのだろう。
「もしかしてアンドルさんは宇宙軍以外でも働いてるの?」
「ああ、むしろそっちが本業じゃねえかな」
アンドルは私の右後ろへ回ると、ぐるぐると巻かれた髪をほどいてしまう。
「ひどい、ロールするの大変だったのに!」
私の黄色がかった薄茶の髪はしっかりした黒髪と違って軽く癖があり毎朝お団子部分をシナモンロール型にするのは大変である。
「直してやるから怒るなよ」
「うん」
彼は多分、髪型がどうなっているか気になったんだろう。
「お前ボケッとしてんのに一応気にするんだな。それか拘りでもあんのか?」
「うーん……妹と小さな頃からお揃いだからかな?」
再会したセイカは違う髪型だったけど、ここで会うまではわからなかったし。
「園児かよ」
「それよく言われる……え!?」
アンドルは私を俵担ぎすると窓から外へ出た。
「私をどうするの?」
「命令通りボスんとこに連れてくかと思ったが、案外お前のこと気に入ったんだよ」
彼は廃墟の床に私を下ろした。
「なあ、お前は最初に会ったチャラ男と今、どっちがオレだと思うんだ」
「え、どっちもアンドルさんだよね?」
私がそう言うと機嫌良さそうにアンドルが口角を上げる。
「……お前ならそう言うと思ってた」
「どうしたの?」
彼は私を抱き締めて襟首に触れると小さな黒い何かをパキっと握り潰す。
「教えてやるよ。オレは二重人格ってやつ」
「へーそうなんだ。じゃあチャラ男は演技じゃなくて別人格?」
アンドルはコクりと頷いた。
「スパイとはいえ、演技とか嘘は苦手だしな」
「ところでこれからどうするの?」
どうして私を廃墟に連れてきたのかわからない。
「オレがお前を連れて行かないとボスは別の奴にそれをさせる」
「うん」
だから彼は私がボスの所に連行されないように保護しているのかな。
「だから――」
「……えっ!?」
彼は廃墟の壁にもたれ掛かって私を引き寄せた。
「それは癪だし、お前が欲しくなったからオレの傍に置くってことだよ」
――彼の腕から伝わるのは、独りで寂しいという声だった。
【隠者の精一杯の勇気】




