ヨウヅキ endF マージン
「じゃあマージン星いこうよ」
――パエリャは冷凍食品があるからいいや。
「わかりました」
「貴方はもしや陽尽様ではありませんか?」
執事のような男がヨウヅキを見て駆け寄った。
「そうですが貴方は?」
「わたくしランボルティーニ公爵家の執事長のバスジャーノでございます」
私達はぺこりと頭を下げる。
「なにか話でも?」
「お嬢様のご婚約者であらせられます故、お声をお掛けした次第です」
ヨウヅキのお見合い写真の事すっかり忘れていた。
「婚約ですか……僕は何も知らな……」
「ゲフン!」
私はヨウヅキの言葉を咳払いで遮る。いくらなんでも空気を読もう!
「そちらの方は?」
「彼は私の護衛です」
ヨウヅキが頷き、エバスジャンも納得した。
正しくは新入りの部下と上司だろうけど、話を続けたらややこしくなる。
それに態度が普通のそれではないから妥当な関係名だと思う。
「陽尽様は宇宙軍の方でしたね」
「はい、では僕達はこれで……」
人目があるのでヨウヅキが手を引こうとしたのを避けた。
「どうぞお屋敷にいらしてください。きっとお嬢様もお待ちなさっておられます」
アッタカイイヌを買う間もなく引き留められてしまった。
「すみません、名物アッタカイイヌを買う予定でしたから……」
「ではご一緒に参りましょう」
――ぐいぐい食い下がるなあ。
「買えてよかった」
「では参りましょう……」
なんかエバスジャンからチラチラ見られている。
◆私はいかないほうがいいみたいだけど?
→〔ついてく〕
〔待ってる〕
「ねえヨウヅキ、私いかないほうがいいかな?」
私は近くに寄り、小さな声でたずねる。
「いえ、貴女を連れ出したのですから共に帰還しましょう。それに護衛ですから」
ヨウヅキは普通の声で返した。
私との約束が先だからそうなるのは普通だよね。
「お嬢様の婚約者である陽尽殿と彼の仕事の護衛対象だ」
「はい」
屋敷に通されると、ドレスの女性が階段を降りてきた。
「お初にお目にかかります陽尽様、お連の方。私はクレマレナです。ようこそ来てくださいました」
彼女は朱髪をなびかせ、お嬢様らしく優雅な挨拶をする。
でもなんか“来てくださいました”って変だよね。
「まずお茶をお飲み遊ばされてはいかがですか?」
「なにぶん上官からの呼び出しがありまして、あまり長居はできません」
正直なことしか言わなかったヨウヅキが珍しく嘘をいった。
「まあ、それならどうして無理にお誘いしたのエバスジャン」
「婚約なさって二月が経ちましたが、今日まで一度もお会いなさっていらっしゃらなかったので……」
エバスジャンはお嬢様を気遣ったのだろう。
「わざと会わないなんてよくないよ。ちゃんと返事したらよかったんじゃない?」
「では今日、きっぱり婚約をお断りします」
ヨウヅキがそう言うと、呆気にとられた。
「なら死んで貰うしかないようね」
クレマレナはヨウヅキに銃口を向け発砲する。
「ヨウヅキ大丈夫?」
私も撃ってさっきのを相殺した。
「行きましょう」
どうせ通れないエントランスを避け、二階の窓を割って脱出した。
「あいつまた失敗したんだ?」
「……もう一辺死んでこい」
●●
――なにやら屋敷から悲鳴が聴こえたが、振り向く事はせずに逃げる。
「お帰りー」
「なんか、すっごく疲れてるように見えるけど」
二人に事の顛末を説明すると、驚きもせず笑っている。
「そりゃランボルティニの令嬢といえば極悪非道の大地雷だって噂だもん」
「よく死ななかったね」
マクス管轄のマルトだけでなく他管轄のキンモクセイも知っている程に悪名高いらしい。
「マルトさん」
「なに?」
彼の部下がマルトに耳打ちし、何かを手渡した。
「あの時断っておけば……」
「どちらにせよ、手遅れみたい」
――どちらにせよ。ってどういうことなんだろう?
「これは不味いんじゃないかな?」
マルトが見せた写真にはヨウヅキが婚約者と思われる女性を殺害した後に恐ろしい笑みを浮かべる姿があった。
「でも、ずっと私といたのにそんなことをする時間なんてないんじゃ?」
たぶんあの悲鳴はランボルティニの令嬢が殺害された声だったんだろう。
これは現場にいなかったら確実に犯人だと思うけど、ヨウヅキは私から一度も離れなかった。
「ヨウヅキを貶めたいやつが、写真合成したとも限らない」
「遺伝子レベルで似た人がいるわけないし、合成が妥当だよね」
合成写真の場合は、プリンズだと現行犯にはならない。
逆にシホウなら証拠になってしまうアイテムだろう。
「大変です!」
「プリンズ本部へ、ヨウヅキさんの身柄を引き渡せと連絡が入りました!」
女性隊員二名が慌てながら入ってきた。
「どうする?」
「このままヨウヅキが逃げるか、奴等を叩き潰すしかないけど」
プリンズを破壊し秩序を捨てるか、ヨウヅキのみが秩序から外れるかだ。
「どうせあの写真があれば間違いなく捕まるんだ。宇宙戦争が起きる前に潔く監獄へ行こう」
「でもヨウヅキはやってないでしょ、私ちゃんとみてたよ?」
銃で隠密にやったならまだしも、あんなカメラ目線の写真撮影なんてしている間はなかった。
◆ヨウヅキを助けるにはどうしたらいいんだろう?
→〔逃げる〕
〔潰す〕
私には宇宙戦争を回避しつつ、無実の罪をかぶせられたのヨウヅキを助ける方法がこれしか浮かばない。
「私と逃げよう!!」
彼はリーダーとして宇宙軍に迷惑がかかるのが嫌なんだ。
やっていない罪で罰を受けようとしていて、そんなの見過ごせない。
「チセイにしては良い判断をしたね。ヨウヅキは一人にしたらとんでもない行動をするタイプだから」
キンモクセイに誉められるなんて、最初で最後じゃないかな?
「がんばってねチセイ。短い間だったけど楽しかったよ」
マルトが手をふって、私達に別れを告げる。
「なぜですか……貴女にだけは、危険な目にあってほしくない」
彼は足を止め宇宙船に乗るのを渋っている。
「ヨウヅキを見捨てて地球へは還れないよ」
彼は一人では逃げてくれないけど、私が連れ出せば逃げてくれると思ったから。
【ビター:愛の逃避行】




