シルメリアとの攻防
いやはや、起きてビックリとはこのことだな。
ミリィに起こされて、目をあけたらミリィの顔が近くにあって、しかも軟らかい太ももの感触と、甘い香り。
天国再びですよ。
だけど、棗の顔が怖いし、ルナは何だか不気味な目の輝き放つし、シェインは呆れてるし、夫婦なんだから大目にみろよ!
何て、いつまでも文句言ったって始まらないよな。
今日は、間違いなく戦闘になる。
気を引き締めて行かないと、下手なことすると死ぬかもしれない。
はて?
そう言えば、俺が魔弾に倒れて気絶した時、ミリィはどうやって残った敵を倒したんだ?
それに、膝枕を何で2回もしてくれたんだろう?
女は分からないと、昔良く言ってたけど、ドラゴンの女性でも分からないのは同じだな。
それとも、俺が鈍いだけかな?
まぁ、良いや。
今は、何としてもクシャナ国にたどり着くことが先決だからな。
急ごう!
早朝。日が昇る前に身仕度を整えた一行は、一路山頂を目指して進みだす。
シェインを先頭に棗、ルナ、ミリィ、トウヤの順で山頂を目指して黙々と進んでいく。
トウヤは、最後尾から辺りに気を配りながら進んで行くが、ルナと棗が疲れているのが見て分かり、心配している。
「ルナ。棗。辛いのは分かるが、何とか頑張ってくれよ」
後ろから、二人に声をかけて励ますが、棗はまだしも、ルナの疲労具合は相当なものらしい。
棗は手を上げて返事を返すが、ルナはトウヤの励ましも聞こえていないようだ。
「ルナは、戦闘員じゃないからな。仕方ないんだけど……、心配だな」
少しでも、シルメリアの部隊から離れたい。
だが、このまま進んでも必ず戦闘になる。
その時、ルナと棗は疲れていて、まともに動けないのではないだろうか。そう悩むトウヤをチラチラとミリィが見ている。何かを言いたそうだ。
「ミリィ、何だ?」
ミリィは、話すのを躊躇しているようだが、意を決したのか、トウヤにそっと耳打ちした。
「後ろから、沢山の足音がしてるよ。まだ距離はあるけど、敵の方がスピード早いみたいよ。
それと、棗は大丈夫よ。まだ戦えるわ。体力の問題は、ルナだけ気にしたらいいよ」
トウヤは、驚いて言葉につまる。気持ちを落ち着けて、小声でミリィに尋ねた。
「足音って……ミリィには、敵の場所が分かるのか?
それに、ルナと棗の事も良く分かるのな」
トウヤが、感心しながら言うと、更にミリィが続ける。
「私を馬鹿にしないで欲しいわね。それで、どうするの?
このままだと、いつか敵に追い付かれちゃうよ。そしたら、勝てないよ。皆、殺られちゃう。助かる方法は、私が戦うしかないんじゃない?」
トウヤは、ミリィの提案に即座に首を振った。
「駄目だ。お前は強い。それは分かってるけど……俺は、お前に戦って欲しくない。大丈夫だよ。敵が、どれだけ近付いてくるのか分かれば、トラップを作れる」
トウヤの不敵な笑みを、ミリィが大丈夫かな?と言いたそうな顔をトウヤに向ける。
「トラップって……そんなに簡単に言うけど、大丈夫なの?」
ミリィの質問に、トウヤがニコニコしながら「だからさ……」とミリィに向かって両手を合わせて言った。
「お前の力を貸してくれないかな?」
お願いポーズをしているトウヤを見ながら、ミリィがため息混じりに答えた。
「勿論、お願いされなくたって手伝うわよ。手伝うけど……本当に大丈夫なの?」
ミリィの不安な表情を見返しても、トウヤの不敵な笑みはくずれない。
「任せとけって!
上手くすれば、敵を撤退させることだって出来るかもしれない!
とにかく、今は山頂を目指そう」
自分の胸をドンと叩くトウヤはの表情は、まさに自信満々だ。
「分かったわ。ちゃんと、私にも分かるように説明してね!」
ミリィは、トウヤの自信満々の声にいまいち不安があるらしい。トウヤは「分かった」とだけ答える。
「ヒソヒソ話は……終わりましたか?
出来れば、私に聞こえない様に話して欲しいですわね」
肩で息をしながら、ルナがトウヤ達に話しかけてくる。
「何だよ。夫婦の密談を聞くなよな」
トウヤが苦笑しながら答えると、ミリィが隣で「夫婦の密談……」と呟きながら、トウヤに合わせて力強く頷いた。
それにしても、さすがはルナ。恐ろしい地獄耳だ。
「私をお荷物の様に話すのが悪いんですわ。言っておきますけど、私だって伊達にカエン本部で事務をしておりませんわ。魔力の強さと知識なら、トウヤにも負けませんわよ」
要するに、自分も手伝うと言いたいのだろう。トウヤは苦笑しながらも、明るい声でルナに頷いた。
「分かってるよ。山頂に着いたら手伝ってもらう。全員で乗り切るんだ!」
トウヤの声はシェインと棗にも届いたらしく、「分かった」「何か分からないけど、任せて~」とそれぞれに返事が返ってくる。
それからしばらくして……。
「……やっぱり、トウヤを信じるんじゃ無かった」
ミリィの儚い呟きは、虚しく風に流れて消えていく。
山頂に着いた一行に、トウヤが説明した作戦は「山頂に敵を誘き寄せる」の一言だけだった。全員からの非難の声を受けながら、トウヤはなおも平然と言ってのけた。
「俺の言う通りに動いてくれ!」
その後は、全員が文句を言いながら近くの木や地面にカードを置いていく。
置き終わったら、山頂に集合するだけという。不安極まりない事をして、今にいたる。
「それで、肝心の敵を誘き寄せるには、どうすれば良いんだ?」
シェインが、諦め口調でトウヤに尋ねる。
カードを仕掛ける途中で聞いたのだが、シェインが言うには「トウヤはいつもロクに説明しないで皆を動かし、説明する頃にはもうどうでも良くなる」らしい。
何とも適当な事このうえないが、ミリィを含め、皆が文句を言いながらもトウヤの指示通りに動いてしまうのが不思議だ。
今回も同じ様で、トウヤはニコニコ顔でミリィにだけ聞こえる様に囁いた。
「ミリィの魔法なら、遠く離れた場所まで、魔法の威力を保ったまま攻撃出来るんじゃないか?」
呆れるほどの他人任せな作戦である。つまり、ミリィの攻撃で敵を山頂に集めろと言っているのだ。
「トウヤ……貴方って人は、本当に……良く自信を持って私に『任せろ』なんて言えたわね」
完全に呆れているミリィに対して、トウヤの返答は素っ気ない。
「いい作戦ってのは、大体その場の思い付きなんだよ。大丈夫だって! 上手く行くからさ!」
確かに、上手くいくだろう。
トウヤではなく、ミリィが一番苦労するのだから。上手くいかないと、ミリィのプライドに係わる。
後でトウヤに、鉄拳をお見舞いすると、固く決心するミリィだった。
「見なさい! これが私の力よ!」
最早、ヤケ気味なミリィが、怒りながら右手を高く掲げた。
すると、ミリィの右手に、光が集まっていく。ミリィは光を束ねると、そのままの状態で目を閉じた。
山のふもとから聞こえる足音を聞き分け、敵の正確な場所を特定するためだ。
しばらく、動かなかったが、カッと目を見開くと、ミリィは勢いよく右手を前方へと突き出した。
「光に切り裂かれなさい!」
ミリィの右手に集まった光が、蛇の様にうねりながら山のふもとへと向かって延びていく。
すると、山のふもとの彼方此方から光の爆発が起こり、眩しくて目を開けられない程の光が山頂まで届いた。
ミリィは、小さく息を吐くとトウヤの傍へと戻った。
「これで、しばらくは敵の動きを止められるはずよ」
ミリィの言葉に、トウヤは満面の笑みを浮かべながらミリィに抱き付いた。
「ありがとう! ミリィが居てくれて良かった! 助かるよ!」
トウヤは、もう一度「ありがとう!」と言ってミリィから離れると、今度はトウヤが右手に魔力を集めだす。
ある程度、魔力が溜まると、右手の掌を地面に押し付ける。
魔力が山頂付近へと広がっていくのが、ほかの仲間たちにもよく分かった。
「これで良し! さぁ、移動しよう!」
ミリィの魔力に驚いたのだろう。
シェインも棗もルナも、顔が強ばっている。3人とも、ミリィから中々視線を外そうとしない。
そのミリィは、顔を真っ赤にして、トウヤに抱き付かれた姿勢のままで固まっていた。
トウヤだけが、平然としている。
「皆、どうしたんだ? 早く、クシャナ国目指して進もう!」
トウヤのこの声に、全員からいきなり声が挙がった。
「ちょっと待て!
今のお前の嫁さんが使った魔法は何だ!」
「あんな魔法は見たことがありませんわ!
トウヤ、説明してください!」
「ミリィ、スゴ~イ!
何あれ~?
アタシにも、出来るかな~?」
シェインもルナも棗も、ミリィの魔力に驚いた様で、3人ともトウヤに説明を求めてきた。
一方のミリィは、ブツブツと「抱き付かれた」だの「嫁さん」だのと呟いている。
トウヤは、全員に聞こえる大声で話した。
「話しは移動しながらするから、皆移動してくれ!
ミリィが折角、時間を作ってくれたんだ。無駄にするなよ!」
トウヤのまともな意見に、3人とも言いたいことを堪えて歩きだす。
そんな3人を見た後、トウヤは、まだ固まっているミリィの腕を掴んで、ミリィと一緒に先頭を歩きだす。
山頂から東に移動しながら、トウヤは全員に聞こえるように話だした。
「まず、山頂にカードを置いてもらった事についてだけど……」
「それは分かります。あのカードは、魔力を貯蓄しただけのカードでした。あれで魔力探知機を反応させて、敵の目を山頂に向けるのでしょう?
そんな事より! ミリィさんの、あの魔法ですよ!」
トウヤの説明を遮り、代わりに説明したルナの言葉に、棗とシェインが驚いた顔をしていた。
どうやら、棗とシェインには、カードの事も分からなかったらしい。
「棗とシェインは、分からなかったみたいだな。まぁ、良いけど……ミリィの魔法は、夫婦の秘密だ!」
思いきりトウヤを殴りたそうに、右手を震わせているルナ。
いつもならここで合いの手を入れてくるミリィだが、未だにトウヤに掴まれている腕を凝視して、顔を真っ赤にしていた。
これでは困ると、ミリィの腕を放して、トウヤがミリィに同意を求めた。
「なぁ? ミリィもさ、何か言ってくれよ。あの魔法は、夫婦の秘密だよな?」
トウヤの言葉に、ミリィは掴まれていた腕を触るのを止めて「そうだよ」と頷いた。
「夫婦の秘密で、ハイッそうですかと私が納得すると思いましたの!
ちゃんと説明して下さいまし!」
鬼の様な形相で詰め寄ってくるルナの迫力に気圧されたミリィが、目を丸くしながら話だす。
「アレは、私が幼い時から自然に使えた魔法なのよ。光の持つ魔力を、右手に集めて放つだけよ」
ミリィの何の事はないと言いたげな顔を見ながら、ルナは更に驚いた顔をしてミリィを見つめる。
「光の魔力を集めてと仰いましたか?
つまり、ミリィさんは大気中に溢れる魔力を集める事が出来るということですか!」
ルナが驚くのも分かる。
この世界の魔法とは、自分の中に存在する魔力を使って行う事を指す。
他に、数人の魔術師が力を合わせて行う。召喚術があるが、基本的に死者を喚び出す程度である。
つまり、ミリィの様に大気中の魔力を使って行う魔法は現在使える者はいないのである。
このミリィの発言には、棗とシェインも驚いているようだ。3人の視線を集めているミリィは、何で驚いているのか分からないと言いたげな顔で答えた。
「ええ。私は、幼い頃から大気中の魔力を集めて使えるわよ」
ミリィが、困った様にトウヤに助けてと視線を送ると、トウヤがミリィに何で皆が驚いているのかを説明した。説明されたミリィは、「そうなんだ」と納得すると、ルナに向かって話しかけた。
「この任務が終わったら、私が大気中の魔力を集める方法を、教えてあげるわよ」
「「「本当に!!!」」」
ルナと棗とシェインが、一気にミリィに詰め寄った。驚いたミリィが、急いでトウヤの背後に隠れると、トウヤは3人に呆れながら「落ち着け」と宥め、ミリィに言った。
「ミリィ。悪いけど、任務が終わったらコイツ等に魔法を教えてやってくれないか?」
ミリィは、トウヤの服の袖をギュッと掴んで何かを必死に訴えてくる。
「??…アアッ! 勿論、俺も一緒に教えてくれよ!」
トウヤがそう言うと、ミリィはやっと落ち着いたのか、ニコッと笑って頷いた。
ミリィにも困ったものだなと、トウヤが鼻の下が伸びた顔で思っていると、棗の刺すような視線がトウヤに刺さる。
「サ、サアッ! とにかく進もう!
早く進まないと日が暮れるぞ!」
瞬時に、ぎこちなく真剣な表情を作りながら、トウヤは皆を促して進みだす。進みながら、トウヤは思い出した様に一言付け足した。
「そう言えば、ルナが説明してくれた山頂の事だけど、それだけじゃないんだよ。山頂には、カードだけじゃなくて、もう一つトラップを仕掛けたんだ」
今度はルナではなく、棗が尋ねてくる。
「それって~。あの時限爆弾のこと~?
あれって、爆発する時刻に誰もいなかったら、どうするの~?」
棗は、トウヤがトラップを仕掛けているのを見ていたらしい。
棗の質問に、トウヤは良く聞いてくれた!と言わんばかりの表情で頷いた。
「アレは、カエン特製の時限爆弾だよ。山頂に敵が来たら、カードから俺に直接、敵がきた事を報せるように一枚のカードに俺の残留思念を残す。そして、その残留思念が爆弾を作動させる。カードと爆弾を上手く使って行う遠隔操作式の爆弾だ。試作品みたいだったけど、拝借してきたんだ」
拝借してきたとは…。
呆れてモノが言えないとはこの事だ。
隣で、悠々と進んでいくトウヤを横目でみながら、ミリィは「いつの間に盗んだんだろう」と不思議そうに呟いている。
「シェイン。ルナと二人でもう一度ルートの確認を頼む」
シェインとルナは、二人でルートを確認すると、再び先頭に立って進みだす。ルナはまだふらついているが、棗がルナを後ろから押して、ルナを励ましている。このまま、何事もなく進んでクシャナ国に入れないだろうか。そう切実に願いながら進む一行だったが……、
進むこと約4時間後……。
トウヤが顔を強ばらせて、急に立ち止まった。
ミリィが、直ぐにトウヤの雰囲気が変わった事に気付いて、トウヤを振り返る。
「残留思念が届いた。爆弾が、もうすぐ爆発する」
トウヤが、ミリィにそう呟いて山頂に向かって視線を向けると、パンッ!という乾いた音の後、酷く重たい音が響いた。その音の後……赤黒い炎が山頂で上がる。
「まだ早いだろ……。いくらなんでも、こんなに早く敵が山頂に来るなんて……」
トウヤが、悔しさを滲ませた声で呟く。
ミリィは、そんなトウヤを心配そうな顔で見つめながら、そっとトウヤの手を握った。トウヤは、ミリィの手を少し強く握り返して無理に笑顔を作る。
「急ごう。敵は直ぐに追い付いてくる。少しでもクシャナ国に近づくんだ」
トウヤは、シェイン達3人に向かって声をかける。
3人とも、山頂で舞い上がる黒煙を見ていたので、トウヤが言いたいことも直ぐに分かった。
「いつでも、戦闘が出来る準備をしてくれ」
トウヤのいつになく真剣で静かな声に、全員が緊張した面持ちで頷いた。
トウヤは、腰に付けているホルダーから魔銃を取り出して、魔力を込めておく。いつでも戦える準備をして、トウヤは辺りに気を配った。
「まだ、敵がここまで迫ってくるとは考え難いよな」
気にし過ぎるのも良くないだろう。とにかく今は、進む事が大切だと気持ちを切り換える。
前を見ると、シェインや棗も自分の装備を取り出して辺りを警戒していた。
「ミリィ、敵の足音は聞こえるか?」
トウヤの質問に、ミリィは首を横に振った。
「山頂からは聞こえるんだけど、……何だか混乱しているみたいね……他の所からは聞こえないよ」
ミリィの答えに、トウヤは軽く頷くと、シェインに向かって声をかけた。
「シェイン! 出来るだけ進もう!
クシャナ国に行く最短ルートで行かないか?」
敵が山頂まで来ているのだから、今からは時間との勝負だ。
「分かってる! この場所からなら、森を迂回して山間を抜けるルートが一番近い!」
シェインは、トウヤ言うことをいち早く予想して、ルートを洗い出していたようだ。
「助かるよ!」とシェインに声をかけて、周りに気を付けながら進んでいると、ルナがトウヤを申し訳なさそうな顔で振り返り、トウヤが話しかける前に話だした。
「トウヤ、すいません。私も、皆さんの役に立ちたいのですが……、戦い方が分かりません。私は、どうすれば良いのでしょうか?
教えて下さいまし」
ルナは、目を赤くしながら話しかけてきた。
ルナも皆と戦いたいが、戦えない自分が悔しい。
言葉にしなくても、ルナがそう言いたいのだなと、トウヤにはルナの気持ちが良く分かる。
「ルナ、クシャナ国の軍隊は、この山岳地帯でどこまの範囲で展開しているんだ?」
トウヤは、ルナの気持ちに答えず、全く違うことをルナに聞いた。
ルナは、少し驚いた後で答えた。
「調べていないのですか?
クシャナ国の軍隊は、今私達がいる地点から、丁度山をはさんで反対側に軍隊を配置しているはずですわ」
「と言う事は、森を迂回して、山のふもとまで進めば、敵も簡単には攻撃してこれないってことだよな?」
トウヤの続けざまの質問に、ルナは頷いた。
「ですが、クシャナ国がシルメリアの軍隊を見て、直ぐに攻撃するとは限りません」
確かに、シルメリアの軍隊を見つけたと言って、クシャナ国の軍隊がするのは、せいぜい威嚇するくらいだろう。山岳地帯でシルメリアを食い止めることで、クシャナ国はそれ以上の侵攻を止められる。
クシャナ国にすれば、それだけで良いのだ。
だが……、それだけで良しとしない人間もいる。
「ルナ、クシャナ国にいるレジスタンスは、クシャナ国の軍隊にも潜り込んでいるはずだろう?」
トウヤの問いに、ルナは何を今更聞くのだと言わんばかりの表情で続ける。
「そのはずですわ。クレスなら、私の知る彼なら……きっと仲間を数人くらいはクシャナ国の軍隊へと潜入させているはずですわ」
ルナのこの答えに、トウヤは満面の笑みでルナにこう話した。
「ほら、ルナがいてくれて助かったじゃないか!」
トウヤの言葉に、ルナは何も言えなくなってしまった様だ。
「確かに、ルナは戦闘員じゃない。でも、ルナがいるから、俺達は確実なルートを選べて、今の状況でも希望が持てる。ルナが出来ない事は、俺達がやる。俺達が出来ない事は、ルナがやる。それでいいんじゃないか?
それが仲間だろ!」
トウヤにしては、随分長い前振りだったが、トウヤは仲間とはそういうものだと思っている。誰も役に立たない人間なんていないのだ。
トウヤの言葉に賛同する様に、棗がルナに抱き付いた。
「ルナ~。アタシも、ルナがいるから、今頑張ってるんだよ~。一緒に頑張って、クシャナ国に行こうね~!」
トウヤと、棗の励ましを受けて、ルナは笑顔で「ありがとうございます」と言うと、
「急ぎましょう!」
と大きな掛け声をあげた。
「全く……真面目というか、律儀というか」
楽しそうに呟きながら、トウヤはヤレヤレと首を振った。
そんなトウヤを見ていたミリィは、拗ねたように頬を膨らませながら「優しいじゃない」と呟いた。
嫉妬しながら、仲間を大切にするトコロを嬉しく思ってくれたといったところだろうか。
ミリィの呟きを聞いてしまったトウヤは、目を合わさない様に注意しながらも、ミリィを盗み見ながら、そんな事を思っていた。
これで……ちょっとは見直してくれたら良いけどな。
打算的な思いだが、ミリィとはもっとゆっくり話したい。
その為にも、早くクシャナ国に入ろうと決意を新たにするトウヤだった。
一行が進むこと更に数時間。
トウヤが爆発させた山頂から、山のふもとへと移動し、草原地帯を抜けると、前方に鬱蒼と生い茂る森がみえてきた。
「この森を迂回して、山間を抜けるんだ」
シェインの声が前方から聞こえる。もう少しで、クシャナ国の軍隊がいる地点に行ける。
焦る気持ちを抑えて、トウヤ達は森を迂回して行く。そこで、急にミリィが立ち止まった。
切迫した顔で、ミリィが森を見つめる。
「敵か?」
ミリィは、ゆっくりと頷いた。
トウヤの顔に、焦りの色がみえる。
「シェイン! ルナと棗を連れて、先に進んでくれ!
ルナ! 二人から離れるなよ!
それと、クレスと連絡が取れる手段を考えてくれ!
棗! シェインと協力して、ルナを守ってくれ!」
トウヤは3人に指示を出すと、ミリィの手を握って言った。
「本当は、戦わせたくない。だけど……」
「それ以上言ったら鉄拳をくらわせるわよ!」
トウヤの言葉を遮って、ミリィが凄んで見せると、トウヤは苦笑いしてこう言った。
「分かった。じゃあ、行こうか!」
ミリィの手を握ったまま、二人は森の中へと駆けて行く。
背後で「気を付けろよ」と言うシェインの声と、
「「死なないで!!」」
と言うルナと棗の声が聞こえた。
森の中へと駆け出した二人は、互いに目配せし合って、頷いた。
『生きて戻る』
二人は無言でお互いに誓った。
『必ず守る』と……。
やがて、トウヤの耳にも敵の足音が聞こえてきた。
「ミリィ、俺が先行して突入する。援護を頼むぞ!」
トウヤは、魔銃を引き抜いて、一人先に突入した。
「左から2人! 右から5人きてるよ!」
ミリィの呼び掛けに、トウヤが素早く対応する。魔銃を構えて、左右へ威嚇射撃したあと直ぐに魔力を使ってジャンプした。
トウヤが今まで立っていた場所に、魔力の塊が放たれる。
ミリィは、背後から様子を探り、発砲した敵の位置を確認すると、その位置に向かって魔法を放った。
「森の脅威に怯えなさい!」
ミリィの放った魔法は、木々をざわつかせると、いきなり木の根が伸びて敵に絡み付いた。
トウヤは、その隙を見逃さずに左右の2人ずつを仕留める。
「後、右の3人だけだ!」
トウヤがミリィに言うと、ミリィは「分かった!」と頷いて、一枚のカードを取り出して魔力を込めた。
すると、カードから1mサイズの魔銃が具現化して出てきた。
「トウヤ!」
ミリィが、敵が隠れているだろう場所に向かって銃口を向ける。トウヤは、ミリィの声に合わせて、大きく後方(ミリィから見て左側)へとジャンプした。
トウヤがジャンプして離れるのを確認すると、ミリィは引き金を絞る。
真っ赤な魔力の塊が、帯状に広がり、前へと押し出されていく。
純粋な魔力の塊は、木々を根こそぎ奪いながら進んでいき、その威力の強さを物語っていた。
「……凄いな……」
思わず感嘆の声をあげるトウヤだったが、直ぐにミリィが撃ちだした魔力の跡に目を向ける。
トウヤは、直ぐに目を向けたのを後悔した。
「……ウプッ!
こ、焦げた敵を、さん……3人発見」
とにかく、これでミリィが確認した敵は全部倒した。
「ミリィ、他に敵はいないか?
それと、ミリィは怪我……してないよな。」
不敵な笑みを浮かべているミリィを見つめながら、ドラゴンって強いんだなと改めて思い知らされたトウヤだった。
「ま……まぁ、怪我も無いことだし、アイツ等と合流しない……」
間抜けな顔で、話していたトウヤだったが、話を終える前に、急に顔付きが変わった。
ミリィが「どうしたの?」とトウヤに尋ねようとしたが、トウヤが突然ミリィを突き飛ばす。
突き飛ばされたミリィが、尻餅をついたのと、ミリィの頭があった場所を魔力の塊が通過したのは、殆ど同時だった。「エッ!」と驚いた声をあげるミリィが見たのは、魔銃を構えて更に森の奥へと進んでいくトウヤの姿だった。
「トウヤ!待って!
一人で行くなんて無茶よ!
私も行くから!」
起き上がりながら、トウヤを呼び止めようとするミリィだったが、トウヤのスピードは落ちない。
「お前なら、直ぐに追い付くだろ!
さっきと一緒だ。ミリィ、援護を頼んだぞ!」
背後で「モウッ!後で鉄拳だからね!」と言いながら走ってくるミリィを頼もしく思いながら、トウヤは前方に意識を集中した。
「さっきまでの敵とは、ケタが違う。敵の気配が、魔銃を撃つ寸前まで全然分からなかった」
敵は一人だろうか。どんなに前に進んでも足音がしない。
トウヤは、「まさかな」と思わず呟いていた。
トウヤが敵の気配を感じなかったのは、ミリィと初めて出会った時にいた「アイツ」だけだ。
確か、シグルドと名乗っていたあの男。
もしあの男なら、ミリィを召喚した魔法陣のことを聞き出せるかもしれないという期待を胸に、トウヤは辺りに油断なく目を走らせた。
「トウヤ! 気を付けて!
前方、右斜めの方向に誰かいる!」
ミリィの呼び掛けに、トウヤが言われた方向を見ると、トウヤに向かって銃口をむけるマスクを付けた男が見えた。
「アイツは……間違いない! あの時の男だ!」
トウヤは叫びながら、マスクの男……シグルドに銃口を向けた。
トウヤとシグルド、お互いが同時に魔銃の引き金を絞り、お互いが同時に向かってくる魔力の塊を避ける。
「まだ生きていたのは、称賛に値する。召喚したはずのドラゴンはどうした? 殺したのか?」
後ろから追い付いてきたミリィが「ドラゴン?」と言ってトウヤを見つめた。
「あの森で何があったか、知りたいか?」
トウヤは、ミリィの「何とか言え」と言いたげに、背中に刺さる視線を受け流しながら、シグルドに問い返した。シグルドは、目を細めて銃口をトウヤに向けた。笑っているようだ。
「是非とも、お願いしたい。あの森で、何があったのかな?」
軽い口調で話してくるが、油断も隙もない。
間違いなく、シグルドは暗殺者だ。
トウヤの額にうっすらと汗が流れる。がらにもなく、緊張しているようだ。
無言のプレッシャーを受けながら、トウヤは口のはしを持ち上げた。
「教えてやるよ。お前が死んだ後でな!」
シグルドが発砲するよりも早く、トウヤが発砲するが、シグルドはトウヤの動きを予測していたのか、すぐさま身を翻して木の影へと姿を消した。
トウヤもすかさず木の影へと逃れて、相手の様子を探るが、何にせよシグルドの気配が掴めない。
今は、何とかしてシグルドの姿を捉えないといけない。
トウヤが木の影から、体を少しだけ出すと、狙いすましたように魔力の塊がとんできた。
咄嗟に身を翻してかわすが、その間にシグルドは移動しているようで、微かに足音が聞こえた。
「クソッ! 良く動く。場所が……アイツの場所が掴めない!」
小声で悪態つくトウヤだったが、トウヤも一ヶ所でジッとしているわけにもいかない。狙われる前に、場所を移動した。
移動している最中に、何やらミリィが「私を無視しないでよ!」と言っていたが、ミリィに気を配る余裕がない。
「頑張るじゃないか。あの森で、簡単に捕まった男とは思えない様な動きだ」
シグルドの声が聞こえた。
「随分と余裕じゃないか。お陰様で、お前がいる場所が分かったよ」
トウヤの左斜め側、丁度木3つ分先から声が聞こえた。
トウヤは、意を決してその場所へと駆け出していく。
「終りだ!」
トウヤは、シグルドがいるであろう場所に向かって銃口を向けた。
だが、そこにあったのは一枚のカードだった。
「しまった!」
咄嗟にシグルドの姿を探すと、トウヤの正面、木を二つはさんだ向こう側で銃口をトウヤに向けるシグルドの姿を見つけた。
すかさず、そちらに銃口を向けるトウヤだったが、その時にはシグルドは引き金をひいていた。
全身を冷や汗が襲うなか、シグルドの細めた目と、トウヤに向けられた銃口が輝いているのが見えた。
「クッ!!」
瞬時に身をひねって、致命傷になるのは避けたものの、トウヤの左肩に魔弾は命中し、トウヤはその場に倒れこんでしまう。
このままじゃ、殺られる。
苦痛が全身をかけぬけ、汗がどっと吹き出してきた。
「まだ、俺の相手をするには早すぎたようだな」
冷静な。それでいて、見下す様な声が聞こえるが、トウヤにはどうすることも出来ない。
死を確信しながら、トウヤはシグルドを睨み付けた。
シグルドの、目は明らかにトウヤを見下していた。
「哀れだな。そのまま、ここで死ね……」
「死なせない!!!」
トウヤとシグルドの間に、強烈な赤い閃光が放たれる。
二人の間にあったはずの木は、根こそぎ赤い閃光によって無くなっていた。
「ああ……忘れてた。そう言えば、ミリィもいたんだ」
ミリィが、怒りで涙目になりながら、銃を構えている。
勿論、さっき3人を一瞬で焦がした、あの1mサイズの銃だ。
「驚いたな。その銃は、見たところ一人の魔力では、簡単には充填出来ないと思っていたが……、凄まじい魔力を持った人間なんだな」
シグルドが、驚きを含めた声で呟く。
「貴方は、私の夫を傷付けた。生きて明日は迎えられないと知りなさい!」
中々どうして、かなりの迫力である。
そんなミリィを見て、シグルドは、初めてトウヤの前で声を出して笑った。
それこそ、何かが壊れたような、悲鳴にも似た感高い声で笑い続けた。
「トウヤ……この人間、気持ち悪いよ」
心底嫌そうな、気持ち悪いものを見る目でシグルドを見るミリィ。
シグルドは、ひとしきり笑うと、トウヤを見て言った。
「今日は邪魔が入って命拾いしたな。このまま進めば、クシャナ国だ。反シルメリア組織にでも会って、協力体制を整えるか?
もしそうなら、覚悟しろ。俺達シルメリア暗殺部隊が、いつでもお前を狙うぞ」
意味深な言葉を吐き捨てながら、シグルドの姿は消えていった。
「消えた…」
ミリィが驚いて、シグルドがいた場所を見ている。
「転移したんだよ。多分、笑いながらカードに魔力を注入していたんだろう。あの野郎……まんまと逃げられた」
トウヤが、左肩を押さえながら立ち上がる。
それにしても、「暗殺部隊がいつでも狙っている」というのは、どう言う事だろう?
吹き出ていた汗を、右手でぬぐっていると、ミリィが慌てて、トウヤに駆け寄ってきた。
「トウヤ、怪我は?
大丈夫?痛くない?」
ミリィが悲痛な顔で、トウヤの傷口を恐る恐る触ってくる。
かなり痛いが、トウヤはミリィを心配させない様に、無理に笑顔を作った。
「大丈夫だよ。少し痛むけど、致命傷じゃない。手当てさえきちんとすれば、何ともないよ!」
トウヤの言葉に、ミリィは「良かった」と安堵の表情を浮かべると、何故かキラリと目が光った。
「ミリィさん……その目の輝きは、ひょっとして、鉄拳せいざグゲーーーー!!!」
「勝手に動いて、何で怪我してんのよーー!!
こ~~の、馬鹿たれトウヤーー!!」
流石はミリィさん!
怪我してようとも、致命傷でなければ容赦無し!
見事に吹き飛ばされながら、トウヤは気絶してしまった。
結局、この後……トウヤが気絶している間に、ミリィが、トウヤを膝枕しつつ傷を塞いでいた。
「良く考えたら、殴る前に傷を塞ぐべきだったのかな?
それにしても、何て間抜けな顔で気絶してるのよ」
白眼を剥いているのに、涙を流して…大口を開けて気絶しているトウヤを見ながら、ミリィは笑顔で治癒を続けた。
「ハイッ!治療お仕舞い!」
笑顔のミリィが、トウヤの頭を叩く(殴る)と、トウヤが目を覚ます。
「ググ……花畑が見えたぞ……相変わらず無茶苦茶だな」
気絶から復活したトウヤが、軽く頭を振っていると、ミリィの目が険しくなっていく。
「……トウヤ……貴方、私に何か言う事があるでしょう?」
地を這うような低い声を出しながら、ミリィが問いかけてくる。
直ぐに「ありがとう」と言って、ミリィの機嫌が悪くなるのを防ぐ。
心の中では、「気絶させといて、何がありがとうだよ!」と悪口を言っていたが、傷を治してもらったことには変わりないので、口に出すのをグッと堪えていた。
「それで……さっきの変態は、なんであの森の事と、私の事を知ってたの?」
「変態って……。確かに不気味な笑いかたしてたけど……」
ミリィの質問に、トウヤは簡単に「お前を召喚した直後に、お前に向かって魔弾を撃ったのがアイツだよ」とだけ答えた。
ミリィは、いまいち覚えていないようで、首をかしげながら思いだそうしている。
「無理だよ。覚えてるはずない。お前は、あの時寝てただろう」
ミリィは、ポンッと両手を合わせて「アアッ!あの時、私を起こしたのが、あの変態なんだね!」などと言いながら納得していた。
トウヤは、そんなミリィを見ながらも、先ほどまでのことを思い返して悔しそうに歯ぎしりしてしまう。
「あんな簡単なトラップに引っかかった挙げ句に、殺されかけた。アイツを捕まえて、召喚術について聞き出したかったのに……クソッ!」
悔しそうにしているトウヤをよそに、ミリィは何故か、ホッとした顔をしていた。
「ミリィ?」
そんなミリィの表情が気に入らなかったのか、不機嫌な顔でトウヤがミリィを見る。
「だって、あの変態は強かったよ。今のトウヤじゃ、勝てないくらいに強いよ。だから、私はトウヤが無事な事が嬉しいの。召喚術の事は、次に戦って勝った時にでも聞き出せばいいじゃない!」
ミリィなりに気づかってくれたのだろう。
確かに「今は」勝てなかった。
だが、次は、必ず勝つ。
決意を胸に、トウヤは「ぶちかましリスト」の第一位にシグルドの名前を刻んだ。
「それより、3人はどうしたかな? 無事に、進んでると良いけど……」
決意を新たにするトウヤ。その隣で、ミリィが心配そうな顔で、3人がいるであろう方向を見ていた。
そして、その頃の3人は……
「敵が迫って来てるよ~!」
棗が情けない声を出しながら、何度も後ろを振り返っていた。
シェインもルナも、棗に答える余裕すらなく、ただひたすら走っている。
背後からは、十数人からなるシルメリアの部隊がドンドン迫ってくる。同じ様に走っているのに、スピード差がありすぎる。「何であんなに早いの~!」と文句を言いながら、棗が敵の足下を見ると、敵の足が輝いて見えた。
「シェイン~!
敵の足が光ってる~!
アレって、魔力を足に集めてるんでしょ~!」
棗の焦った声を聞いて、シェインは「ブースターとかいう魔道具だ!」と即答した。僅かな魔力を消費するだけで脚力が倍になるという優れ物だ。
シェインは、舌打ちするとルナに尋ねた。
「ルナ! トウヤに連絡は!」
「先程送りましたわ!」
顔を汗びっしょりにしたルナが、絶叫に近い大声で返答してきた。
トウヤが合流してくれれば。それが3人に共通している想いだった。
今の3人では、敵の攻撃を防ぐだけで精一杯で、まともに戦えない。
それでは、いつか力尽きて殺されるだけだ。何とか、トウヤが戻るまでの時間かせぎをする。それが、全員が助かる最善の方法なのだ。
「トウヤ~! 早く~!」
棗が3人の想いを代弁するように、空に向かって叫んでいた。
その頃のトウヤ達は……。
「シェイン達なら、きっと大丈夫だよ」
トウヤはミリィに言いながら、呑気に欠伸を漏らしていた。
それでもミリィは「そうかなぁ…。」と、不安な表情を崩さない。
「何がそんなに心配なんだ?」
「何でそんなに落ち着けるのよ?」
二人揃って同じ疑問(?)をお互いにぶつけ、微妙な間ができてしまう。
その後、最初に口を開いたのはトウヤだった。トウヤは、少し笑いながら答えていく。
「だって、誰からも救援要請の連絡が来てないだろ。そりゃ、俺だって不安は不安だけど、連絡が来てない以上はアイツ等は無事だって信じてるからさ」
そんなトウヤの答えに、ミリィは「仲間を信じすぎよ」とトウヤを嗜める。
「まだ来てないだけかもしれないでしょ。私は、さっきから胸騒ぎがしてるのよ。だから心配なの!」
ドラゴンの直感と言うやつだろうか。
トウヤが、ミリィに「落ち着けよ」と言った時だった。
空から、光る鳥が舞い降りて来たのは……。
「ほら、私の胸騒ぎは当たるのよ!」
自分の直感が当たったことにその豊満な胸を張って見せるミリィだったが、ミリィがそんなことをしている間に、トウヤは駆け出していた。
「ミリィ!足音はどこから聞こえる!」
いつになく切迫した声を出すトウヤ。
ミリィは、耳元に手を当てて注意深く音を聞き分けた後、方向を指し示した。
「このまま真っ直ぐ! 右斜め方向!」
二人がやり取りしている間、光る鳥は二人の頭上を行き来していたが、やり取りが終わると、パンッと小さな音と共に破裂した。
破裂した直後に、二人の脳内に直接ルナの声が聞こえてきた。
「私達は今、山のふもとまでもう直ぐの場所にいます。ですが、敵に追われ、クシャナ国の軍隊が見える前に、敵に追い付かれてしまうでしょう。早く来て下さい!
敵の数が多く、今の私達では攻撃を防ぐだけで精一杯です。お二人が、少しでも早く来て貰えるように、私が今見ている景色を送ります」
ルナの声と一緒に、脳内に映像が浮かぶ。
「急ごう!」
トウヤは、更に走るスピードをあげた。
走るトウヤを追いかけながら、ミリィは驚いていた。ドラゴンであるミリィが追い付けない程の早さで走っているのだ。
「嘘でしょう! 何であんなに早いのよ!」
ミリィもスピードをあげるが、トウヤはグングン走るスピードを上げていく。
堪り兼ねて、ミリィがトウヤに向かって叫んだ。
「トウヤ! 走るの早すぎるわよ! 私が追い付けない!」
ミリィの叫びも虚しく、トウヤはドンドン先へ進んでいく。
「もうっ!聞いてよ!
トウヤのクセに……あんなに早いのなんて反則よ!」
思わず文句を言うが、トウヤには聞こえていないようだ。
しかも、トウヤはこんな事を言ってきた。
「駄目だ。時間が掛かり過ぎる!
もっと早く!もっと早く!」
トウヤのこの独り言で、ミリィはプチッと小さくキレた。
「私が追い付けないって叫んでるのに……まだ遅いって言いたいの……いいわよ! そんなに言うなら、見せてあげる!
風よ!踊り狂いなさい!」
ミリィが右手を一度空に向かって突き上げると、直ぐに右手を地面に向けて振り下ろした。
トウヤは走るのに必死で、ミリィが何かしたことに気付かず、急に自分の体が浮いた事で悲鳴をあげてしまった。
「ウワアアアア! うい、浮いてる!」
「風の力を借りて、空を飛ぶのよ!」
ミリィが隣で、同じ様に浮いているのを見て「こんな魔法があるなら始めから使えよ!」と文句を言うが、ミリィがニヤリと笑ってこう言った。
「私、この魔法は苦手なのよ。着地の時、骨折しないでね!」
「こ、こここ、骨折と仰いましたか?」
問いかける声も上擦り、トウヤが身を固くしているのが、端から見ていて良く分かる。
「そう!骨折~!
私の場合、魔力が強くて、苦手な魔法は上手にコントロール出来ないのよ。大体、私は本来の姿なら翼があるから魔法使わなくてもいいし、この姿でも魔力で防御出来るけど、貴方はそうはいかないでしょう?
だ・か・ら! 着地は十分に注意してね!」
ハートマークを浮かべそうな可愛い声で、とんでもない事をサラリと言うミリィに「そんな危険な事しなくても走れば……」などと言いつのるトウヤだったが、話している途中でミリィが魔法を発動させた為に、トウヤの言葉は最後まで話し終える前に悲鳴に変わっていた。
その頃、敵に追われていたシェイン達3人は……。
既に敵に追い付かれ、今は敵の魔弾から身を守る為に、緑のカードを取り出し、3人の回りに薄く光る膜を張って、敵の攻撃を防いでいた。
「トウヤ~。早く~!」
棗が絶望的な声で、トウヤを呼んでいた。
「ごめんなさい。お二人だけなら、こんな敵を相手に防戦一方にならなくても良かったはずですのに……」
ルナが、悔しそうにシェインと棗に謝ると、シェインは首を振りながらルナに言った。
「謝るな。例え、君が居なかったとしても、この人数の敵を相手に俺と棗だけで立ち向かうのは無理だ。君が気にする事はない」
そう話すシェインも、悔しそうに見える。
3人は、出来るだけ長く防御出来るようにと、光る膜に向かって自分達の魔力を送り出して、膜の強化をしていた。
だが、相手は十数人もいるのだ。光る膜での防御も、そう長くはもたないだろう。
焦りと諦めの色が、3人の顔に浮かんできた時だった。
「アアアアアアアア!」
どこからともなく、情けない悲鳴が聞こえてきた。
「……やっと来てくれたようですわね」
待ち望んだ人間の登場のはずなのだが、ルナはため息。シェインと棗は無言で、悲鳴が段々と近づいてくるのを聞いていた。
そして、悲鳴の主は「ヒグベグガググゴ」と訳の分からない叫び声を挙げて、敵の一人に文字通り突っ込んだ。
「ミリィに殴られて、そのまま空から降ってきたって感じだね~」
砂埃が舞っている場所を見ながら呟いた棗の冷静なツッコミに、シェインもルナも力強く頷いた。
そんな3人の視線の先で……。
砂埃が舞上がるなか、ゆらりと立ち上がる人影一つ。
「ミリィーーー!!
何が骨折だ!
運良くこの敵さんに当たらなかったら、間違いなく全身打撲で死んでるぞ!」
いきなり落ちてきたトウヤを、敵が囲んでいく事も構わずに、トウヤは絶叫した。
「だから、苦手だって言ったでしょう!
それに、無事なんだから結果オーライよ!」
言い返すミリィの声も、やはり空から響いてくる。声のする方を見ると、ミリィが腕を組んで空に浮かんでいた。
「ちょっと待てーー!!
何でお前は浮いてて、俺は不時着するんだよ!」
トウヤの怒声に、ミリィは平然と言い放った。
「だって、トウヤが痛そうだったから、着地前に風をもう一度足下に呼び出したの。そしたら、上手く浮かべたのよ。……テヘッ」
「テヘッ……じゃない!
可愛く舌だして見せても……そんな、うるうるした目で俺を見ても……許す!!」
「「「許すのか!」」」
シェイン・棗・ルナがトウヤにツッコむが、トウヤは「だって……可愛いかったし……」と何やらゴニョゴニョと言って、敵を見渡した。
「大体、コイツ等が俺が居ない時にシェイン達を襲うのが悪いんじゃ!
地獄見ろやコラァ!!」
完全に八つ当たりだが、誰も何も言わなかった。
「棗!シェイン!俺に続けよ! ミリィはルナを頼む!」
トウヤは、そう言うと囲んでいる敵の一人に向かって駆け出した。
突然の行動に、敵も一瞬怯んだようだが、直ぐに体制を立て直してトウヤに向けて発砲してきた。
トウヤは、一枚のカードを地面に投げて、上空にジャンプする。
すると、カードが回転しはじめ、四方へと魔力の塊が飛び出していった。
堪らずに魔力の塊を避ける敵に、背後から棗の操るナイフが襲う。
数人がナイフの餌食になり、更にいつの間に側へ来たのか、シェインが一人の敵の背後に立つと、その敵を持ち上げた。
持ち上げられた敵は無駄にもがいたが、シェインはお構い無しに近づいてきた敵に向かって投げつけた。
投げつけられた方も、避けられずに倒れこむが、その隙を見逃さずにトウヤが止めをさす。
トウヤは、棗とシェインに「アイツにナイフ」だの「シェイン!投げ飛ばせ!」だのと指示を出しながら、素早い動きで敵を撹乱させていく。
その様子を見ながら、「トウヤが入ると、こんなに強いんですのね」とルナが感嘆の声をもらしていた。
更に攻撃は続く。
棗がナイフを地面に投げ刺すと、魔力が溢れ出す。
溢れ出した魔力は、大きなうねりとなって、波紋の様に円形に広がった。
敵の一人が、まともに溢れ出た魔力にぶつかり、吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた先に、シェインが待ってましたと言わんばかりに現れ、回し蹴りを放った。
その間にも、トウヤは敵の間を巧みにすり抜けながら、すり抜けた時に敵の急所へと魔弾を放っていく。
数で勝っていたはずの敵の部隊は、既に半数以下に人数を減らしていた。
その様子を見ながら、ミリィは感心して声をもらした。
「さっきまで私に文句言ってた人間とは、思えないわね」
感心しているミリィに、ルナは頷きながら話しかけた。
「トウヤは、カエン本部の中でも、一番魔力の使い方が上手いんですよ。」
ルナの話しに、ミリィは「どう言うこと?」と問い返す。
「トウヤは、体内に存在する魔力を制御するのが上手なんです。高くジャンプする為に、足に魔力を集めたり、片腕に魔力を集めることで、回りに魔力を放つ威力を上げたり。そういった魔力制御がずば抜けて上手いんですよ」
ルナの話しに、ミリィはしきりに納得していた。
「確かに、私が追い付けないくらい早く走ったわ。あれって魔力を足に集めてスピードを上げたから早かったのね」
ミリィが頷きながら呟くと、ルナは頷き返して言った。
「トウヤは、魔力制御が無意識でも出来る人なんです。だからこそ、カエン本部の中でも一番戦闘に長けてるんです」
そんなトウヤが殺されかけたのだ。
「あの変態って……余程強かったのね。」
ルナも聞き取れない程の小さな声で、ミリィはこれから先に待ち受けるかもしれない暗殺部隊の存在に寒気を覚えた。
嫌な予感が胸をさす為か、ミリィは「部隊を倒したようですわ」というルナの言葉も聞こえていなかった。
「棗さぁ、ナイフのコントロールもう少し上手くできないか?
俺に、二本くらい刺さりそうだったぞ」
棗に注意しながら、トウヤはミリィとルナの元へと歩いてきた。
トウヤの隣で、棗が「トウヤの動きが早すぎるの~!」と言い返し、シェインは苦笑いしながら、トウヤと棗からは少し離れて着いて来た。
そんな3人を、ルナが笑顔で迎える。
「お疲れさまでした!
トウヤが来てくれて助かりましたわ。」
トウヤは、プクッと鼻を膨らませながら「俺が強いのは認めたろ?」などと言って胸を反らしている。
最初に敵と遭遇した時は、シェイン以外はトウヤを弱いと思っていた。それが余程ショックだったのか、しきりに「俺は強いんだよ!」と訴えている。
「ハイハイ、お馬鹿なトウヤが強いのは良く分かりましたから。先に進みませんか?」
ルナがサラッと毒を吐きながら、進言する。
トウヤは、ルナの言葉に凹みながら、皆へと「先に進もう」と言って歩き出した。
皆が進み始めるなか、ミリィだけが胸をよぎる不安に気を取られて少し遅れて進み始めた。
トウヤは、ミリィの不安な表情を敏感に察知し、ミリィの傍へと移動して、ミリィの肩に手を置いた。
「どうした?
俺を吹き飛ばして、自分だけ空に浮いてた事ならもう何とも思ってないよ!」
ミリィが、その事で不安な表情をしている訳ではないことくらい、トウヤにも分かっていたが、あえて冗談めかして言う。
「もう……馬鹿トウヤ!
私がそんな些細なこと、いちいち気にする訳無いでしょう!」
うわ~い!
流石はミリィさん!
下手したら、全身打撲で死ぬかもしれなかったのに、些細なことなんだね!
心の声を頬がひきつることで誤魔化しながら、トウヤはミリィの話の続きを聞いた。
「私は、あの変態が言った『暗殺部隊が狙う』って言葉に胸騒ぎがするのよ。何て言うのかな……今よりもっと危険な事が迫ってくるような……そんな気がするの」
またドラゴンの胸騒ぎだろうか……。
さっきは、その胸騒ぎが当たっただけに、トウヤも気になる。
「大丈夫だよ。確かに暗殺部隊の事は、気になるけど……今はクシャナ国へ行く事に集中しよう。山のふもとまでもう直ぐだけど、また敵が襲ってこないとも限らないだろ?」
トウヤの話に、ミリィは「そうだよね」と言って、トウヤの傍にぴったりとくっつくようにして歩き出した。勿論、棗から刺すような視線が向けられたことは言うまでもない。
その後は、シルメリアの部隊からの襲撃もなく。
一行は山のふもとを越えた。
ルナの話では、もうクシャナ国の軍隊が見えるはずだ。
トウヤは度重なる戦闘のせいか、疲れきってしまい、今は休憩している。
代わりにシェインと棗が、周囲の偵察に出ていた。
「大丈夫?」
ミリィが心配そうに、トウヤの隣に腰を下ろしている。
トウヤは「少し休めば大丈夫だよ」と言って笑顔を見せた。
「魔力を使い過ぎたのでしょう。私よりもトウヤは魔力の絶対量が少ないですからね。それで昨日から殆ど休み無しで戦闘し続ければ、流石の体力馬鹿のトウヤでも疲れますよ」
ルナは……褒めてるのだろうか?それとも貶しているのだろうか?
頬をひきつらせながら、トウヤは「素直にありがとうは?」とルナに聞いてみた。
すると、ルナにしては珍しく「ありがとうございます」と言ってきた。
「ルナ……どこか怪我でもしたか?
それとも、病気か?」
凄く真剣に、トウヤがルナに問いかける。
ルナは「どうして、そうなるんですか!」とトウヤに怒鳴ると、やはりトウヤの傍で横になって、ふて寝してしまった。
「トウヤ……さっきのは酷いわよ。ルナなりに感謝してるのよ。素直に『ありがとう』には『どういたしまして』って返してあげなさいよ!」
ミリィがトウヤをたしなめる。トウヤは、ルナに「悪かったよ。次も全力で守るからな!」と言って、ミリィの膝の上に頭をのせた。
「何で私の膝の上に頭をのせるのよ?」
声だけは不機嫌な様に聞こえたが、本気で怒っていないのが良く分かる声だ。
トウヤは、笑って「体力回復には膝枕が一番!」と言って目をとじた。
「それだけ図々しいなら、体力的にもまだ大丈夫だな」
トウヤにしたら、膝枕をしてもらったばかりなのに……、タイミング悪くシェインが戻ってきた。
「もうちょっと、ゆっくり戻ってこいよ…クシャナ国の軍隊は見えたか?」
トウヤの愚痴を軽く受け流して、シェインは、頷きながら山間を指差して言った。
「距離はここから、更に3時間くらい歩く位だ。長方形の大きな建物が見えた。アレが、クシャナ国の軍隊が待機している建物だろう」
トウヤは、シェインに頷きながら「後は棗が戻ったら、その建物にもう少し近づこう」と言った。
待つこと数十分。
「棗、遅いね。何かあったのかしら?」
膝の上に頭をのせているトウヤにミリィが話しかけてくる。
「大丈夫だろ。……それとも、また胸騒ぎがするとか?」
自然とミリィを見上げる格好になりながら、トウヤがミリィに聞き返す。
すると、ミリィはトウヤを安心させるように、笑みを浮かべてみせる。
「別に、胸騒ぎはしないわよ。ちょっと心配なだけよ」
それだけ聞いて納得したのか、トウヤは目を閉じて、欠伸をもらした。
「俺も、嫌な予感しないし、棗は強いよ。さっきの戦闘でも、魔力コントロールは上手かったし、全体の動きも良く見てた。アイツなら、簡単には殺されない」
自信満々で答えるトウヤに、ミリィは軽いため息を吐いた。
「貴方がそんなことを言うから、逆に心配になるのよ!」
「じゃあ、俺が心配してたらイイのか?」と、トウヤが聞こうとしたとき、不意に棗の気配が近付いて来るのが分かった。
「ミリィ、棗が……」
「近付いて来てる。……でしょう? 私も分かったよ」
目を閉じていたトウヤだったが、それでもミリィが、安堵の息を吐くのが分かった。
ついついといった感じで笑いながら、トウヤは「流石はミリィだ」と言った。
「そんなことより、逃げなくてイイの?
膝枕を棗が見たら、大変じゃない?」
確かに、怒ると何するか分からない棗なだけに、疲れたから休憩しているはずのトウヤが、ミリィに膝枕されてるトコロを見たら、トウヤの身に危険が及ぶかもしれない。
「お前の言う通りだよな。ちょっと動いておこう……って、ミリィ?
何してんの?」
動こうとしたトウヤを、ミリィが何故か両肩をガッシリと掴んで動けない様にした。
「皆がいる前で、私に膝枕させた報いを受けなさい」
ミリィのニッコリ笑った顔が、悪魔に思えるトウヤだった。
「イヤ……、ちょっと!ヤバイって! 棗がもう近くに……」
「トウヤ~!!
何でミリィに膝枕されてるの~!!」
ジタバタと体を動かして、ミリィから逃れようとしていたトウヤの目の端に、棗がこちらにドンドン迫ってくるのが見える。
「アア……。もうアカン。何か俺に向かってジャンプして来やがった」
飛び上がる棗の顔が、やたらと笑顔に見えるのは何故だろう?
場違いなことを考えてしまうトウヤ。やがて……。
「ヘブボ!」
棗の膝が、モロにトウヤの腹部にめり込み、奇怪な叫びをあげてトウヤは悶絶した。
そして、棗に突撃され、悶絶すること10分。
「辺りにシルメリアの部隊は見えなかったよ~」
棗からの報告を受けて、トウヤはシェインが見つけてきたクシャナ国の軍隊が居るであろう建物目指して進みだした。
「クソ~ッ! 棗のヤツ。無茶苦茶だなぁ」
トウヤは、未だに痛む腹をさすりながら、歩いている。
ちなみに、歩く順番は前からシェイン・ルナ・棗・ミリィ・トウヤの順番で進んでいる。
「膝枕されてたトウヤ~!
レジスタンスとは、どうやって連絡を取り合うの~?」
「棗。そんなに俺がミリィに膝枕されてたのが、気にくわないか?」
思わず文句を漏らしつつ、トウヤがこれから先の計画を話す。
「まず、建物に近付いたら夜を待つ、夜になったら建物内に侵入。アッ! 侵入するのは、俺とシェインだけな!……ハイ。ミリィと棗。二人とも睨まないで下さい! 二人にも頼みたいことが有るんだよ!」
それから、トウヤは計画を説明し始めた。
「………………」
トウヤの説明が終わり、皆からの質問を待つトウヤだったが、全員が何も言えない様だ。
「アレッ? 質問無し?
みんな、それぞれの役割は分かったよな?」
トウヤの問いに、各々が頷くが、やはり何も言わなかった。
不気味な沈黙の中、やっとシェインが口を開いた。
「…………何と言うか……」
たが、シェインは何かを言おうとして、言葉につまる。
「トウヤにしては~」
「珍しく良い作戦だと思いますわ」
棗とルナが、二人でそれぞれの言葉を補いながらトウヤに言った。
その隣では「良い作戦だけど……一緒に行動出来ない」とミリィが地面を蹴りながら不満げだ。
トウヤの計画に、反対する意見が見つからないのが、かえって怖いとは皆言わなかったが、どうにも不安らしい。
「皆が賛成なら。早く移動して、夜を待とう!」
意気揚々と、トウヤが先頭をきって歩き出す。
そんなトウヤを、4人は各々が不安な顔で見送り、トウヤから少し離れて歩き出した。
「何でだろう?
良い作戦なのは分かるのに、その作戦の発案者がトウヤだってだけで、何だか不安になるのよね」
ミリィが自分の胸元を、両手で軽く押さえながらそう言うと、3人も頷いた。
「何せ、トウヤだからね~」
「トウヤですからね」
「トウヤだからな」
皆、不安な理由は一つ。『トウヤがまともに作戦を作った』事の様だった。
作戦決行の夜……。
全員が各々の位置に着き、合図を待っていた。
合図を出すのはミリィだ。
ミリィは上空に浮かんで、耳をすませていた。みんなが配置についたのを足音で確認すると、ミリィは右手を高く掲げる。
「作戦開始ね。さてと……炎よ!空高く舞上がりなさい!」
ミリィが一番得意な炎を使った魔法が上空から放たれ、建物の約100m先の森が爆音と共に炎上する。
「さあ!出番だよ!
頑張ってねトウヤ!」
上空から降りながら、ミリィはトウヤにエールを送った。
「合図だ!
シェイン、行くぞ!」
トウヤとシェインが、夜の闇に紛れて建物目指して疾走する。
建物の周囲には、高い壁が囲んでいて、建物の全容はハッキリとは見えない。
トウヤとシェインは、各々がダイナマイトを持ち、壁の側を別々に走りながら、建物に向けてダイナマイトを投げ込んだ。
二人は、ダイナマイトを投げ込むと一目散に建物から離れて行く。
そして、二人が離れていく背後で、爆発音が響いた。
「さて……棗・ミリィ。出番だ。頼んだぞ!」
背後の爆発音に負けないよう。
トウヤは、ミリィに聞こえるように叫ぶのだった。
「了解! 任せてよ」
トウヤの声が聞こえたミリィは、笑顔で頷く。
隣で、棗が「何が了解なんだか~」と嫌味を言うが、ミリィは周りの声を聞くことに集中して、棗の嫌味を無視した。
建物の方から、幾つもの声が聞こえてくる。
『シルメリアからの襲撃!』
『あの火災はなんだ!』
『火災が拡がる前に消火しろ!』
ミリィは、どんな声も聞き逃すまいと、集中し続けた。
そして、ようやく聞きたかった声を聞きとる。
『シルメリアからの襲撃だ。クレスさんに連絡するぞ』
声のする方角を聞き分け、ミリィは棗に方向を指し示した。
その方向に、棗が走り出す。ミリィも後に続いた。
クシャナ国の軍隊に捕まらない様に注意しながら、二人はドンドン走るスピードを上げていく。
時折、二人の視線がぶつかっては火花を散らす。何故か分からないが、どちらが速いか競っているように見える。
そうして進むと、二人組の男の姿が見えた。
ミリィと棗は、直ぐに木の影へと姿を隠し、ミリィが再び目を閉じて、聞くことに集中していく。少しして、ミリィが棗に向かって頷くと、棗がナイフにカードを刺して、魔力でナイフを男達に向けて放った。
棗が放ったナイフは、男達の間をかすめながら、木に突き刺さる。
男達から「何だ!」「攻撃? 狙われてるのか?」と言う声が聞こえる。
ナイフは軽く振動しながら木から抜けると、刺さっていたカードを落として暗闇へと消えて行く。
地面へと落ちたカードが光を放つと、カードから一人の女性の姿が映し出された。妖艶な雰囲気を持つその女性は、二人に向かって話しかける。
「私は、朽木ルナと申します。そちらのリーダー『クレス・アストラ』にお伝えください。私が会いたがっていると。私は、これからクシャナ国へと入ります。クレス、必ずお会い出来ると信じております」
映像はそこで消えた。
男達は、沈黙してお互いを見合うとカードを拾って、暗闇の中へと駆けて行った。
「作戦成功ね。皆のところへ戻ろう」
ミリィが立ち上がり、棗にそう言うと、隣にいる棗が肩で呼吸していた。さっきまで、全力で走っていたようだ。
ミリィは、勝ったと思ったのだろう。ニヤリと笑って「疲れたなら、少し休んであげようか?」と勝ち誇ったように棗に言う。
すると、棗はこめかみに青筋を浮かべて「ふざけないで~!」と言って一人先に駆けて行った。
「アハハ。棗って負けず嫌いよね。気に入ったわ」
ミリィは、楽し気に笑って「今度、棗と話してみようかな」と言うと、棗を追って走り出す。
ミリィには、棗が言った言葉「トウヤの奥さんなんだからね」と言った、あの言葉がミリィの心の奥で、小さな棘の様に刺さっていた。
トウヤの奥さん。そう言われて、嬉しくて……苦しい。
そんな気持ちが、ミリィにつきまとう様になった。
この気持ちが何なのかは、まだミリィには分からない。だから、棗に何と言うべきなのか、言葉が見つからなかった。でも、今から棗と話せる様になっていけば、ミリィの気持ちも分かるかも知れない。
棗とも仲良く出来るかも知れない。ミリィは、これから先の未来に思いをはせながら、棗を追い抜いて行った。
背後から、棗の「追い抜くな~!」と叫んでいる声を聞きながら、ミリィは笑い声をあげていた。
ミリィ達が戻ると、トウヤ達3人が待ってましたとばかりに「どうだった?」と声を合わせて聞いてくる。そんな3人に向かって、ミリィはガッツポーズをしてみせる。
「上手くいったか!」
トウヤの喜ぶ声とは対照的に、ルナとシェインは「本当に上手くいったんだ」と半信半疑な、何とも煮えきらない顔をしている。
トウヤの作戦は、至ってシンプルだった。
まずミリィが、建物の外側で騒ぎを起こす。その後、トウヤとシェインが建物にダイナマイトを投げ込んで爆発を起こせば、クシャナ国の軍隊はシルメリアからの襲撃だと思うだろう。
そこで、レジスタンスが動けばルナが予め準備したカードを棗がレジスタンスに送って、相手の出方を伺う。ミリィの能力があったからこそ出来る作戦だったが、良く成功したものだ。
「さぁ! クシャナ国へ行こうか!」
意気揚々のトウヤに、何とも言えない視線を全員が送りながら、クシャナ国へと移動を開始する。
「トウヤ。レジスタンスは私達に接触してくるわよね?」
いつの間に側へ来たのか、ミリィがトウヤの隣で聞いてきた。
「間違いなく接触してくる!」
トウヤは確信しているかの様に頷いた。
「何でそう思うのよ?」
ミリィは、トウヤの様に確信が持てずにいるようだ。
トウヤは、勿体ぶってミリィに理由を説明しようとしなかったが、ミリィが小さな炎の玉を右手に作り出したのを見て、慌てて説明し始めた。
「クレス・アストラが、ルナの恋人だったからだよ!」
背後にいるルナをチラッと盗み見て、ルナに聞こえないように気を付けながら、ミリィに話だした。
「考えてみろよ。相手はルナの恋人で、わざわざルナが会いに来たんだぞ?
男なら、誰だって会いに来るさ!」
ミリィは、まだ良く分かっていないようで、眉間にしわを寄せて考えている。
「つまり……こう言うこと?
クレスは、ルナをまだ好きなままで、ルナが会いに来るのを待っていた。そのルナが、会いに来たから、必ず会うはずだって、トウヤは思ってるのよね?」
トウヤは「……ちょっと違うけど……そんなとこかな」と歯切れ悪く答えた後、一呼吸置いて話した。
「簡単に言えば、惚れた男の弱味ってヤツだよ」
ミリィは、ますます分からなくなったのか、頬を膨らませて「もうイイ!」と言うと、トウヤに炎の玉を投げ付けた。
「何でや~~~!!」
トウヤの悲鳴が夜空に響き渡った。