表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンが花嫁!  作者: 伊野 大地
4/8

ホムラの仲間達

ヤバイことに気が付いた。

トウヤが、女ドラゴンことミリィから逃げ続け、気絶して、殴りとばされて、丸二日以上あの森にいた。

その間、本隊へは一度も連絡してない。

任務は、森に潜伏しているシルメリアの部隊を発見することだった。


普通、2日もかからない上に、何よりトウヤ自身が全く本部へ連絡していない。

普通ならば有事だと捉え、本部から援軍が来ると考えてもおかしくは無い。しかし、その痕跡もなかった。ということは、ひょっとしたらトウヤは死んだことになっているのではないか?

そこに、ミリィを連れて帰ったら……。

どうにも嫌な予感がする。

胸騒ぎを胸に、トウヤはホムラ国の首都『ヒイラギ』の門をくぐるのだった。


大陸の東に位置する小国『ホムラ』

魔科学においても、国際水準以上の技術力をもち、人口もそれなりに多い。

特に、ホムラは科学に力を入れた研究をしていて、魔力を持たない人や、魔力を持っていても明らかに少ない魔力しか持たない人にとっては、ホムラは憧れの国となっている。


そんなホムラが、他の国に負けないと豪語するもの。

それが『兵力』である。

ホムラは魔力を持たない人に対して、魔力を補う物として、対魔力武器を作成し、提供している。トウヤの持つ魔力をチャージして撃つ魔銃もその副産物として作り出された武器である。しかしながら、あの魔銃も魔力が一定水準以上無いと使えない。

では、魔力が無い人には何を魔力の変わりに代用するのか。

早い話が『火薬』を使用した武器である。

この製造に成功しているのが、シルメリアとホムラだけなのだ。

だからこそ、今のようにシルメリアが全世界に対して宣戦布告した現状ではホムラはシルメリアに対抗する切札となり、シルメリアからの攻撃が最も危ぶまれている国でもある。


そこで、ホムラがシルメリアへの監視・偵察を主な目的として結成した組織が『特殊部隊・通称カエン』と呼ばれる部隊である。

その組織には、ホムラの中でも上位に入る実力者が集められており、トウヤも何気にエリートの一人なのだ。

尤も、トウヤの場合は少々性格に難があるのだが……。


何にせよ、トウヤとミリィは今、特殊部隊・通称『カエン』の本部入口にいる。


「結構大きな建物ねぇ。ここが貴方の家?」


ミリィが、地上八階建てのビルを見上げながらトウヤに尋ねる。

どこかワクワクしているミリィは、すっかり観光気分だ。

一方のトウヤは、暗く沈んだ面持ちで、下を向いたままミリィに対して返事もしない。

無理もない。本当なら、森からカエン本部まで一気に転移出来るのだが、それをミリィが頑として聞き入れず、何とかカエン本部の周辺まで転移した後は、カエン本部に行かずに、ミリィに脅されるまま、町を案内して回っていたのだ。

その間、ミリィはあの鎧姿である。

恥ずかしいにも程があると言うものだ。

何とか途中で、服を買い。

今は白いロングスカートにピンクの長袖セーターに着替えている。


「トウヤ? どうしたの?」


ミリィが心配そうに下から覗いてくる。気を使ってくれているのが分かって嬉しかった。

そのおかげで「お前が引っ張りまわしたから疲れてんだ!」とは言わず、笑顔を作って誤魔化すと、カエン本部へ入って行った。


「「トウヤ!」」


入るなり、いきなりトウヤは二人に呼び止められ、内一人には抱きつかれてしまう。


「トウヤ~。無事で良かった~。生きてた~!」


いきなり抱きついてきたのは「草薙くさなぎ なつめ

最年少の15歳という若さで、カエンに配属された少女である。

円らな瞳に肩まで伸ばしたセミロングの茶髪に、小柄な容姿は猫の様な印象を持たせる。


その後ろで、苦笑いを浮かべているのが「朽木くちきルナ」

ウェーブのかかった黒髪を後ろで束ね、細長い目にかけたメガネと、肉厚な唇から、妖艶な女性という表現がしっくりくる、今年で30歳になる女性で、カエンでの事務処理を一手に引き受けている。


「2日以上何も連絡してこなかったから、死んだんじゃないかって言われてましたわよ。無事で何よりでしたわね。ところで……そちらの女性はどなた?」


ルナの視線につられてトウヤが目を向けると、唖然とした表情で、トウヤに抱きついた棗をミリィが見ている。

ミリィと目が合うと、何故かトウヤは寒気を覚えた。


「怒ってるか?」


恐る恐るトウヤが尋ねると、ミリィは笑顔で答えた。


「どうして私が怒るのよ?

怒る必要がないでしょう?」


確かにミリィの言う通りだが、目が笑っていない様に見えるのは気のせいだろうか。


「トウヤ~。この人誰?」


トウヤを抱きしめたまま、棗も尋ねてくる。

出来れば離れてから聞いて欲しいが、棗は腕に力を込めて更にきつく抱きついてきたので、トウヤは諦めて抱きつかれた状態のままで二人にミリィを紹介した。


「彼女はミリィ。任務中に出会ってから今まで、俺に協力してくれたんだ」


ミリィがドラゴンだということは隠しておいた。

いずれバレると思うが、隠していられるうちは、隠し通したほうがイイだろうというのがトウヤの考えだった。


「よろしく」


ミリィは素っ気なく二人に挨拶だけを返す。やはり不機嫌に見える。


「スッゴク綺麗な人だねぇ。トウヤ~ひょっとして彼女~?」


流石は棗。お年頃な少女らしい質問に、ついついトウヤは微笑んでしまう。

それはルナも同じようで、棗を見て微笑んでいる。


「棗ちゃん。そんなこと聞かなくても分かるでしょう?

トウヤに、こんな綺麗な彼女さんが出来るなんて、あり得ませんわ」


このルナ。実は毒舌家で、笑顔で辛辣なことを述べてくる。

抱きついている棗の頭を撫でつつ、トウヤは自分の笑顔がひきつっているのを自覚しながら答えた。


「ルナの言う通り。偶然出会って、助けられただけだよ」


口々に「ほらね」だの「何だ~。つまんないの」だのと言ってくる。


「悪かったな。どうせモテませんよ!」


ミリィの冷たい視線が気になったせいか、上手く言葉が出ないトウヤは、そんな二人に向かって、陳腐な言葉を言い返すので精一杯だった。


さて、抱き着いて中々離れなかった棗を引き離した後、どこに持っていたのか分からないが、報告書をルナから手渡され、二人はトウヤとミリィから離れていった。


「何だか、嵐みたいな二人ね」


といった二人に対するミリィの感想を聞きつつ、トウヤとミリィは移動して、今は部隊長室と書かれたドアの前にいる。

少し緊張した面持ちで、トウヤはドアをノックした。

中から「入れ」という低い声が聞こえ、トウヤとミリィは部屋に入る。


「失礼します。バルゴ隊長。朝霧トウヤ、只今帰還いたしました。」


部隊長室は、5・6人くらいなら泊まれる程の大きさの部屋だ。

その部屋で目につくものといえば、机と応接用のソファーと本棚くらい。

無駄に広いとはこういった部屋のことを言うのかもしれない。

その部屋の主は、机で書類に目を通していた。灰色の髪に彫りの深い顔には、今まで人生を語るように皺が目立つ。今年で52歳になる初老の老人。

ホムラにおいて、最高の軍師と言われているのが、バルゴ隊長である。


「さて、トウヤ。まずは、良くぞ無事に帰ってきてくれた。今回の任務では、本当にすまなかった。本来、任務を遂行する場合は、必ず二人一組で行動するべきだった。それを、君一人での単独行動をさせてしまったのは、私の責任だ。

君ならばと思っていたんだが……な」


書類に目を向けたまま、こちらを見もしないで、堂々と嫌味を言ってくれる。

流石はトウヤが「殴りたい人物一意」と思っているだけの事はある。

トウヤは一度拳を硬く握ると、今までの経緯を話した。

ただ、やはりミリィの事は話せないので、シルメリアの魔術師たちが召喚に失敗して、魔法陣から魔力が暴走して、シルメリアの部隊は壊滅し、ミリィは偶然出会って、任務に協力してもらったと報告した。

「我ながら無茶苦茶な報告だ」とトウヤ自身思いはしたが、ミリィのためだ。仕方がない。


バルゴ隊長も、トウヤの報告に偽りがあるということは分かっているだろうが、特に何も聞き返してはこなかった。

「魔法陣を確認させる」とだけ言うと、後はもう話すことは無いと雰囲気で伝えてきた。

トウヤはホッと安堵の息を吐いて、隊長室から出ようとしたが、そこで思わぬところから声があがった。


「トウヤ、さっきの二人にもそうだったけど、どうして嘘をつくの?」


ミリィが、不機嫌丸出しの顔でトウヤに聞いてきたのだ。

おそらく、嘘とはミリィがドラゴンだという事実を、トウヤが隠していることだろう。思わぬ伏兵がいたものだ、今まで何も言わなかったから、ミリィも納得していると思っていたが、違った。ただ今まで我慢していたようだ。


「嘘とは、何が嘘なのかな?」


バルゴ隊長の低い声が響く。


困った。これはマズイ。

どうする?ドウスル?どうすんの~!

と、困惑しながらも、かなりのスピードで頭を働かせたトウヤだったが、浮かんできたの言葉は「現実逃避」という四文字熟語だけだった。


「偶然出会ってだなんて……、悲しくなるじゃない。私達、夫婦でしょう?」



……思考が停止すること一分半。



完全に固まっていたらしいトウヤは、ミリィの説明。

「一人で任務に行くと言うから、心配でついて行ったのよ。そしたら、あの森でシルメリアの部隊が魔法陣を使って召喚術をしていて……、暴走を食い止めるのに苦労したわ」を聞くともなしに聞きながら、確信した。

ミリィは、楽しんでいると……。

何て相手と一緒に行動することになってしまったんだろうか……。

そう思いながら見たミリィの楽しそうな顔が、トウヤには化物に思えた。


「あははははははは!

お腹痛いよ~!

こんなに笑ったのって何百年ぶりかしら」


ミリィが、涙を流しながら笑っている。

そりゃもう、遠慮の欠片もなく笑い続けている。

結局、トウヤがフリーズしている間にミリィが追加の説明(作り話)をしてその場は終わり。

今はミリィの能力検査のためにトレーニングルームへと移動中である。


バルゴ隊長が、ミリィの能力を知りたいと言って、ルナに連絡していた。

能力検査をすると言うことは、間違いなく入隊テストだろう。

どうやらバルゴ隊長は、ミリィの能力が高いと見ているようだ。

ミリィが即戦力に成りうると見抜いたのだろう。流石に隊長なだけはある。人の力を見抜くことに長けている。

そんな訳で、ミリィは能力検査を受けた後、正式にカエンのメンバーになるだろう。

何と言ってもミリィはドラゴンなのだ。

どんな人間よりも強いことに間違いはない。

案の定、ミリィは能力検査でダントツの能力測定値を叩き出した。



-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


自室に戻ったトウヤは、そのままベッドに倒れ込んだ。

とにかく、疲れた。自分の人生の中で、こんなに精神的に疲れた事があっただろうか?


「今頃騒がれてるよな~。マジで、部屋からもう一歩も出たく無いぞ」


そんな事をぼやきながら、トウヤは明日からは、今迄通りの日常であって欲しいと痛切に願った。もちろん、そんな願いが、叶うことはない。

叶わないと現実をつきつけてくる相手が、今も目の前にいるからだ。


「ねぇ、トウヤ。私、お腹空いた。さっきルナに聞いたら、食堂って場所でいつでもご飯食べれるんでしょう? 食べに行こうよ!」


トウヤが疲れる元凶は、呑気にこんな事を言ってくる。


「も……無理。少し休ませてくれ」


何とか言葉に出来た懇願だったが、無情にもミリィは速攻でトウヤに答えた。


「休んでも良いけど……。私、多分、お腹が空きすぎると不機嫌になるよ。それでも良いの?」


「………」


もし、トウヤがこれ程疲れていなければ……きっと笑って聞き流していただろうが、精神的に疲れが溜まって凹んでいるときに、そんなことを言われたら、我慢も限界だ。


「お前な!

俺は、お前のことを思って、あんな嘘の報告をしたのに!

何だ夫婦って!

何だ能力検査って!

からかうなら、他のヤツをからかえ!」


良く言った!

俺、良く言った!

と、内心で自画自賛しているトウヤ。やはり、言いたいことを言うと気分が良いのだろう。幾分スッキリした表情になっている。しかし、忘れてないだろうか?

ミリィはドラゴンである。

しかも、かなり空腹なドラゴンだ。

と言うことは、やはりミリィも不機嫌なわけで……。当然、怒りの沸点も今は低い。


「トウヤ、貴方は私が何も考えないで、あんな行動をとったと思ってるんだ……」


室内の温度が、いきなり上がった。

さっきまで快適だった室内が、まるでサウナだ。

全身から汗が噴き出してくる。


と言うことは……。


この後、トウヤの泣き声にも似た絶叫が室内に響いたのは言うまでもない。



「あんまりだ~。こんなに疲れて、挙げ句に、丸焼きにされるなんて~。神様~! いったい、俺が何したって言うんだ~!」


ベットに顔を埋め、トウヤは哀れに喚き続ける。泣くしか無い。誰が何と言っても、泣くしか無い。等と思いながら、トウヤは思いのたけをベットに向かって張り上げる。

すると、腕を組んでトウヤを見下ろしていたミリィも、さすがに悪いと思ったのだろう。

喚く彼に向かって、困り顔でこう言った。


「泣かないの!

それに、トウヤが私の事を考えて、あんな無理な報告をしたことだって分かってるよ。ただ、私はドラゴンで……この世界では、貴方しか頼る相手がいないのよ!

だから、私は……一人は、嫌なのよ!」


ミリィは、困った表情のまま顔を真っ赤にして、トウヤへ思いのたけをぶつけている。

しかし、トウヤには分からない事があった。ミリィは、どうしてこんなに一人になるのが嫌なのだろうか?ということだ。

今のトウヤの目には、ミリィが孤独に必死で耐える小さな少女に見える。


「なぁ。お前って……」


(今までずっと一人ぼっちだったんじゃないか?)

口から出かけた言葉を無理矢理、押し込んだトウヤ。そして、小さく溜め息を吐くとミリィに言った。


「分かったよ。お前を、一人にはしない。お前が、飽きるまで俺の側に居ればいいさ」


そうしたら、いつかこの寂しがりなドラゴンも、孤独を感じることは無くなるだろう。

飲み込んだ言葉に、そんな願いを込めながら苦笑したウヤは、ベットから立ち上がってミリィの頭を撫でる。


「じゃあ、ご飯食べに行こうよ~!」


ミリィの背後が揺らいで見えるのは、気のせいだろうか?

さっきまで、顔を真っ赤にして可愛かったのに……今は、まるで肉食獣だ。

気のせいであってほしいが、何やらこのまま放っておくと、トウヤまで喰われそうな勢いである。


「ミリィ、ここは何か感謝の言葉を期待してもいいところじゃないかな~?

それに、腹が減ったのは分かったから、何もそこまで怒る必要無いだろ?」


「私達ドラゴンは、空腹だと理性が飛びやすいのよ!

それとも、感謝してあげるから、貴方を食べていいの?」


「………食堂に行こうか」


トウヤは、何があってもミリィを空腹にしないと誓った。



-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



食堂は、早めの夕食ということもあり、人もまばらだった。


「タエ婆ちゃん!

いつもの宜しく!」


トウヤは、食堂に入るなり食堂のおばちゃんこと、タエ婆ちゃんに早速注文する。

調理場からは、タエ婆ちゃんの「あいよ!」と言う元気な声が返ってきた。

一方のミリィは、キョトンとしてトウヤを見ている。


「この食堂には、メニューが無いんだ。自分の好きなものを頼むんだよ。何か食べたいものないか?」


トウヤがミリィに説明すると、ミリィの目が輝く。


「お肉の料理を……沢山食べたい!」


やっぱりドラゴンだ。

可愛い笑顔で言われているのに、トウヤは背中に嫌な汗をかいてしまった。


「タエ婆ちゃん!

後、肉料理を何か適当に、大盛りで!」


タエ婆ちゃんから、「あいよ!」と大きな声が返ってくる。


料理がくるまで、二人は各々の世界について話すことにした。

まず、トウヤが今の世界の現状について話しだす。


「まず、この世界はリュラトル大陸と言って、大きな国がいくつも点在している。宣戦布告したシルメリアが一番大きな国で、そのシルメリア以外にクシャナ・カラナタって大きな国がある。

シルメリアと隣接しているのが、カラナタ国で、今は壊滅的な打撃を受けていて難民となったカラナタの人が、クシャナ国にも、このホムラにも多く避難してきているんだ。ルナも、そのカラナタから難民としてやって来たんだ」


今でこそ、ルナはカエン本部で欠かせない人間と言われているが、難民として来たばかりの時は、やつれた顔には悲壮感しかなく、今にも死にそうだった。

棗も、両親がカエンでの任務中にシルメリアの軍隊に殺されて、今はカエン本部の隊員としてカエンで預かっているのだ。

エリート集団と言われているカエンだが、実はホムラに来た難民や、戦争孤児を受け入れて、育成にも力を入れていたりする。


「それじゃ、棗とルナも、一人ぼっちなのね?」


「ああ。だからあの二人は仲が良いし、今はこのカエンの仲間がアイツ等の家族みたいなもんだな」


トウヤの何気無い一言に、ミリィは笑顔で頷いた。


「そうね。貴方が、家族みたいな存在で居てくれたら、嬉しいわよね」


何も、トウヤだけが家族として棗やルナと接している訳ではない。

ただ、他の仲間よりも特にトウヤは、棗には兄として。ルナには友達として接している。

そうすることが、二人には良いと考えているのだ。


「俺は、あんまり意識して無いけど……、そうだな。家族みたいなもんだって思ってる仲間は、少ないのかな?」


「そんなことないさね!

アタシには、皆が息子や娘だよ」


話に夢中になっていて、タエ婆ちゃんが料理を持って来てくれたのに気付か無かったが、満面の笑顔を浮かべたタエ婆ちゃんがトレーに載せた料理をトウヤ達のテーブルに置いていく。


「はい。トウヤはいつものチャンポンね!

それと、こっちの娘さんが肉料理でいいのかい?

かなりな量作っちまったからねぇ。アンタ一人で食べれるかい?」


60代前半で、丸い体型、丸い顔に丸眼鏡と人の良さが滲み出てる笑顔が特徴的な、食堂のおばちゃんこと「タエ婆ちゃん」が、チャンポンと大量の肉料理を

前に腰に手を当て「さあ! 食べな!」と食事を勧める。


「あ~ッ! ご飯が来た~!」


もの凄いスピードで、肉料理に手を伸ばしたミリィは、手掴みで肉を食べ出す。

呆気にとられて、その光景をみていたトウヤとタエ婆ちゃん。


「凄いな。もう二皿空だよ。どんだけ腹減ってたんだ?」


呆れ気味にトウヤが呟くその隣で、タエ婆ちゃんが豪華に笑い出した。


「元気な娘だよ!

ただ、マナーが出来てないねぇ。良いかい、お嬢ちゃんこうやって……」


タエ婆ちゃんは、優しくナイフとフォークの使い方を、ミリィに教えていく。

ミリィも、タエばあちゃんには素直だ。ナイフとフォークを不器用に使って食事を再開した。


「それで、この娘さんが新しく入ってきた隊員かい?」


どうやら、タエ婆ちゃんは暇らしく、一旦離れたかと思うと、今度はお茶を持って来てミリィの隣に腰かけた。


「初めましてでいいのかな?

トウヤの妻のミリィよ。宜しくね!」


ミリィの紹介に、タエ婆ちゃん、盛大に口からお茶を吹き出した。


「タエばあちゃん! 何だよいきなり!

飯食べてんだぞこっちは!」


「ゲホ!……カハッ!

御免よ。トウヤ。いきなり妻だって言うからびっくりしてね。ホントかい?」


まだ騒ぎにはなっていなかったのだろうか?

狭い部隊の中だ。とっくに皆が知ってると思っていたが……。


「知らなかったんだな?

もう噂が出回ってるだろうと思ってたよ。……エ~ット、妻のミリィだ。これから宜しく!」


とにかく、ミリィの鋭い視線が痛かったトウヤは、タエばあちゃんに即答する。


「何だい! アンタいつの間に結婚したんだい!

知らなかったよ!」


タエばあちゃんの嬉しそうな顔が、トウヤの罪悪感を強くするが、仕方がない。

ミリィに殺されたくはない。


「まだ式は挙げてないよ。近いうちに結婚式も挙げようと思ってるんだけど、今は……ほら、こんな状況の中で結婚式って訳にもな……」


ミリィのニコニコ顔が見える。どうやらトウヤは上手く合わせられたようだ。


「そうか。あの噂はマジだったんだな。まさかお前が結婚するとは……意外だ」


今度は入口の方から声が返ってきた。

入口の方を見ると、筋肉ダルマの大男が立っていた。


「シェイン。帰ってたのか?

任務だったんじゃないのか?」


「今終わったとこだ。隣いいか?」


シェインはトウヤの隣に座るなり、ミリィに自己紹介を始める。


「俺はシェイン・タートルループ。トウヤとは良く一緒に任務をこなしてるんだが、こんなに可愛い嫁さんがいるとは知らなかったな。今まで、良く秘密にしてたな」


「ま、まぁ……、何だ。出会ってから、そんなに時間たって無いんだよ。ミリィとは、本当に偶然出会って、スピード結婚ってやつかな?」


ぎこちない笑い声をあげながら、トウヤが答えていると、ミリィがさらにフォローしてきた。


「つい最近になって知り合ったのよ。この戦争のせいで、私は一人ぼっちになったの。一人で怯えていたら、彼が来て私に優しくしてくれたのよ!」


頭にハートマークが浮かびそうな顔で言うミリィに、トウヤはもう笑うしかなかった。

「女って怖い」すました顔で平気で嘘を吐くミリィを見ながら、トウヤがそんなことを思っていると、タエ婆ちゃんが笑顔をシェインに向ける。


「まぁまぁ。ご馳走さま。シェインも早くいい人見つけなよ!」


タエ婆ちゃんが、トウヤとミリィを冷やかしながらシェインに言った。

シェインも、顔は悪く無いのだが、如何せん筋肉ダルマの大男で、抜群の威圧感である。女性は近付き辛いだろう。シェインの苦笑いしている顔が、トウヤには痛々しかった。


「ア~ッ!

やっと見つけた!

トウヤ~。結婚したってホント~?

ホントなら、殴らせて~!」


再びトウヤにとって聞きなれた声が食堂入口から聞こえたかと思うと、声の主である棗が、爽やかな声で物騒な事を言って入ってくるのが見えた。


「棗さん。後半の殴らせては何故に?

俺が何をしたのかな?」


トウヤには、殴られる理由が分からない。

こちらに迫ってくる棗から逃げようと、椅子から立ち上がろうとしたが、いきなり両肩を誰かが押さえつけてきた。


「いけませんわよ。逃げたりしたら、棗ちゃんが可哀想ですわ」


いつの間にトウヤの背後に居たのか。

ルナが、妙に低い声を出しながらトウヤの両肩をガッシリ掴んでいた。


「何?何で?どうして?」


トウヤは、早口で疑問を口にしつつ、必死にまわりに助けを求めるように視線を向けたが、シェインは苦笑いを浮かべながら「巻き添えはゴメンだ」と言い。

ミリィとタエ婆ちゃんは、ナイフとフォークの使い方をレクチャーしていて完全に無視している。


「何でだ~~~!」


本日、何度目かも、もう分からないトウヤの絶叫がこだました。



-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

少し時間は過ぎ……。


「大丈夫?

うわ~。顔が凄く腫れてるわよ?」


ミリィが、トウヤの腫れた顔を優しく撫でる。

腫らせた張本人の棗と、共犯者のルナの二人は、清々しい顔をして、同じテーブルで紅茶を飲んでたりする。

流石のミリィも、今の二人には近寄りにくいのか、たまに視線を向けるだけに留めている。


「アンタは、皆から好かれてたからね。これも、勲章だと思って諦めなよ」


タエ婆ちゃんが、微妙な励ましをトウヤに伝えてきた。


「勲章って何だ? 殴られるのが、勲章ってことか?」


すぐさまトウヤがタエ婆ちゃんに言い返すが、タエ婆ちゃんはカラカラと笑うだけだ。

シェインに到っては、生暖かい眼差しをトウヤに向けるのみである。


次の任務のとき、棗とシェインとだけは組みたくないと、トウヤは真剣に願った。


勿論、そんな願いが叶う訳がないのだが……。

何せ、トウヤの嫌な予感はかなりの的中率を誇る。

その予感が、今度の任務はトウヤ・ミリィ・棗・シェインの4人で組むことになると告げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ