知りたくなかったその事実
〔ふ~ん。
じゃあ、そのシルメリアって国の人間が、私をこの世界に召喚したんだ〕
ドラゴンは器用に片手?に頭をのせた格好でトウヤの話を聞いている。
トウヤは、疲れきった顔で、幹にもたれていた。
「そういうこと。だいたい、召喚された時に周りを魔術師が囲んでいただろ?
気付かなかったのか?」
〔気付くも何も、私はこの世界について何も知らないもの。
シルメリアなんて言われても、さっぱり分からないわ。
それに……、その魔術師達が一斉に私に攻撃してきたから、私だって痛いのは嫌だし……〕
つまり、攻撃されて怒って反撃したのだろう。この様子では、あの魔術師達は、全滅したのだろう。こんなドラゴン相手に、魔法なんて役に立たないのだから。
〔そういえば、貴方も私を攻撃したよね?〕
何やら、ドラゴンの背後が揺らいで見えるのは気のせいだろうか。
「あれは、俺も怖かったんだ。だから、攻撃した」
我ながら、随分とお粗末な言い訳だと思ったが、トウヤは既に疲れていて、頭が働かない状態だった。
〔ふん。怖かったのはこっちよ。起きたら、いきなり見知らぬ森で、しかも攻撃されるし……〕
「怖かった?
伝説のドラゴンが?
絶対的な魔力と力を持つドラゴンが?」
〔悪い!
私だってネェ。怖いものは怖いのよ!〕
プシューと音を出しながら、鼻息をぶちまけるドラゴン。
驚いた。あのドラゴンが、人間が怖いと言うのだ。
恐怖で体が震えて、死ぬ思いで逃げていたトウヤだが、ドラゴンの方も怖かったと言う。
こんなことなら、初めから逃げずに話しかければ良かった。
そんなことを考えながら、トウヤは笑ってしまう。
〔何を笑ってるのよ! 食べるわよ!〕
「ハハハハッ!
悪い悪い。何か、可愛いなって思ってさ」
気が抜けたせいだろう。一挙に疲れが出てきたトウヤに、どうしようもなく眠気が襲ってくる。
〔ナッ? だ、誰が可愛いのよ!
だいたい、私はドラゴンの中でも、由緒正しい“始祖竜”の血を引くレッドドラゴンの一族のドラゴンなのよ!
アンタなんかが、気安く話しかけて良い存在じゃないんですからね!
敬いなさい!〕
ガンガン頭の中にドラゴンの声が反響するが、トウヤの体は限界で、もう睡魔に勝てそうにない。
「分かったから、少し休ませてくれよ。もう、体が言う事……きか……な……い……」
そのまま、トウヤはついに寝息を立て始めてしまう。
〔ア~ッ! コラ! 寝るな~~~!〕
この時、頭の中にドラゴンの非難するような声が反響したのだが、もう気にすることすら出来なかった。
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しばらくして……。
「……ん……フウア~ッ……良く寝た~!」
どうやら、かなり疲れていたようだ。大きく伸びをしながら体をほぐす。
辺りを見渡すと、霧が赤く染まっている。結構な時間寝ていたらしい。
状況を確認しながら、トウヤはふと違和感を覚えた。
「ん? はて? 何故に地面で寝てたんだ?」
大木の幹に体を預けて眠ったはずだった。だが、起きたら大木は無く、地面で寝ていた。
しかも、その地面には魔法陣が張ってある。一種の結界のような役割をはたす魔法陣のようだ。さらに、側に焚火がパチパチと音をたてながら盛大に燃えていた。
「う~ん。何でこんな状況に……?」
トウヤは、自分が寝る前まで何をしていたかを考えて、ようやくもっと重要な事を思い出した。
「ドラゴン!
どこに行ったんだ?
これ、あのドラゴンがやってくれたんじゃないか?」
もしそうなら、何と優しいドラゴンだろう。
こんなに優しいドラゴンなら、初めから逃げずに話してみれば良かった。
「お礼言わないとな。ドラゴン、どこへ行ったんだろう?
ひょっとして、どこかに飛び去ってたり、自分の世界に帰ってたりなぁ」
そんな呟いたが、トウヤの勘はまだドラゴンが近くにいると告げてくる。
居なくなって欲しいと切に願ったトウヤだったが、残念な事に、その後直ぐ、声が頭の中で反響した。
〔やっと起きた? 貴方、寝過ぎよ!〕
姿は見えないのに、トウヤが起きたのが分かったらしく、ドラゴンが話しかけてきた。
「仕方ないだろ!
丸一日くらい走りっぱなしだったんだ。俺は、お前みたいなドラゴンでも、タフでもないんだぞ!」
声に出した言葉が、ドラゴンに聞こえるのか分からなかったが、取りあえず反論する。
〔情けないわねぇ~!
男のくせに〕
ちゃんと聞こえるらしい。
「イヤイヤ……男とか関係無いから……」
「関係あるの! もっと鍛えなさい!」
霧の向こうから、今まで頭の中で反響していた声が聞こえた。
まだ姿は見えないが、近付いて来ているようだ。
「何だ。話せたんだ。だったら初めから話しかけろよなぁ!」
声のした方に向かって、トウヤがため息交じりに文句を言うと、直ぐにドラゴンの声が返ってきた。
「仕方ないの!
話せるようになるための、準備が必要だったんだから!」
何の準備だろうか?
それにしても、声は近くから聞こえるのに、ドラゴンの姿がまだ見えない。霧からシルエットすら見えてこない。
何かしているのだろうか?
「オ~イ!
ドラゴンや~い!
何かあったのか~?
姿が見えないぞ~!」
ほんの出来心だったのだが、試にとドラゴンに向かって完全に相手を馬鹿にした口調で叫んでみた。
すると、急に森全体が揺れだし、回りの温度があがる。
トウヤの全身に嫌な汗が吹き出す。これは、ひょっとしてドラゴンを怒らせてしまったのでは?
そう思った矢先に、いきなり霧が晴れた。
いや、違う。
晴れたというより、吹き飛ばされたのだ。
今まで、ドラゴンの声がしていたところに、巨大な炎の球体が出来上がっていた。あんなもので攻撃されれば、骨すら残らないのではないかと思えるほど、炎の色が禍々しい。
だが、それよりもトウヤが目を奪われたものがあった。
その球体を作り出している「全裸の女」だ。
年齢は十代後半から二十代前半くらいだろうか、真っ赤な髪をツインテールにしていて、今は怒りに顔を歪めているにも関わらず、大きくつぶらな赤い瞳や、細くて赤い眉、薄くて赤い唇。すべてが赤で構成された綺麗と思える顔。そして、Eカップはあるのではと思う胸。引き締まったウエスト。軟らかそうなお尻。
素晴らしいボディラインだ。
この女性は、いったい誰だろうか?
分かっているのだが、どうにもトウヤの頭が「分かりたくない」と否定してくる。
「貴方は、私が貴方のためにしてあげた魔法陣や焚火のお礼も言わず、私を馬鹿にするのね……?」
今や絶対絶命のトウヤ。
死ぬ。このままだと確実に死んでしまう。
分かってはいるのだが、女の裸体から目が離せない。
「死ぬ前に、何か言うことはある?」
「………だ」
「何? 聞こえないわよ!」
「綺麗だ」
無意識に出た言葉だった。
だが、一度言葉にすればもう歯止めが効かない。
トウヤの理性が吹っ飛んだ。
トウヤは立ち上がり、女性に近付いていった。
女性の方も、トウヤの言葉が予想外だったらしく、怒りに歪めていた顔が、呆けた顔になっている。
トウヤは、そんな呆けた顔をしている女性に近付いて、女性の顔が目と鼻の先に来たときに、もう一度「綺麗だ」と言って、顔を赤くした女性を抱きしめた。
女性特有の軟らかさがトウヤの腕に伝わる。甘い匂いが鼻孔をくすぐる。まさに夢心地だ。
……と、ここでようやくトウヤの理性が復活した。
「アレ?」
両手に伝わる柔らかくスベスベな肌の感触。腹部に当たる張りのある胸の感触。
さっきまで夢心地だったのに、理性が戻ると……。未だに消えない炎の球体が、どうしても気になってしまう。
「なぁ……、あの火の玉、消さないのか?」
一応、抱きしめている女性に聞いてみた。
すると、女性はキッとトウヤ睨み、真っ赤な顔で半泣きの状態で叫ぶ。
「誰が消すもんか!
私に触れて、ただで済むと思うな!
吹き飛べ変態!」
何と、球体が二人に向けて迫ってきた。
当然だが、こんな至近距離から逃げれる訳もなく。
「ギィヤヤアアアアーーーーー!!!!」
トウヤの絶叫が森にこだました。
間違いなくあの女性はドラゴンだ。
でも……、ドラゴンがあんなに綺麗な女性に変わるなんて、反則だ。
ついでに、俺の理性がこんなに吹っ飛びやすいなんて、おかしいだろ?
それにしても、あのボディライン……最高!
薄れゆく意識の中、トウヤはそんな卑猥なことを思いながら、意識を手放すのだった。