いきなりピンチ!
夢とは不思議なものだ。
自分が今夢を見ていると気付かずに、その夢の中の住人になれる。
その夢が、幼い頃の自分の記憶であれば、夢を見ている間だけは、その当時の自分に戻れる。
実際、朝霧トウヤは夢の中で幼い頃の自分に戻っていた。
「離せ! 離せよ! この、クソジジイ!」
幼い頃の自分と、老人との昔のやり取り。
夢の中とはいえ……、今でも鮮明に覚えている。
幼い自分は、今より背も低くて少し丸い顔をしているが、それ以外は今とさほど変わらない。
黒髪、黒目の幼い顔立ちは、怒っている顔が一番格好良く見えると昔からよく言われた。
そんな幼い自分と対峙している老人は、トウヤの昔の記憶のままだ。
短い白髪、通った目鼻には年を重ねて出来たしわが目立つ。
老人は、今はもう居ない。
その老人が目の前にいて、なにやら目を血走らせて話しかけてくる。幼いトウヤは、何故か椅子に座らされて、ご丁寧に椅子にロープでグルグル巻きにされ、全く身動き出来ない。
「いいかトウヤ。 竜はいるんじゃ!」
そうだった。
この老人は、事ある毎にこうやって幼いトウヤを椅子に縛り付け、竜の話を目を血走らせながら語ってきていた。
その度に、トウヤはこう言うのだ。
「ジジイ……。分かったから……。もう何千回と聞いた話しだからさぁ……。そんなに目を血走らせること無いだろ? だから、いい加減に……縄をほどけや! このクソジジイー!」
「ジジイ!」
自分が発した声で目が覚め、現実に戻ってきたトウヤは慌てて自分の口を片手で塞いだ。
さっきまで自分が見ていた夢のことを思い返しながら、同時に自分が今置かれている状況を確かめる。
「馬鹿か俺は!」
今の状況を思いだし、小声で自分を罵ったトウヤは、直ぐに気持を落ち着かせて辺りを油断なく見渡した。
ここは、『ホムラ』国に隣接する森の中だ。
この森は、雫の森と呼ばれていて、常に霧が立ち込め、視界が悪いうえに自殺の名所として有名な為、まず誰も立ち入る事がない森だ。
現に、今も霧のせいで2~3m先からは回りが全く見えない。
任務でなければ、トウヤも絶対に入りたくない。
「あ~クソッ! 何でこんな事になったんだよ!」
警戒を解いてはいけないのは分かっているのだが、こんな非常事態に冷静でいろというのが、無理な話しだ。
「――!」
不意に背筋に冷たいものが走る。
その瞬間、トウヤは霧で前の見えない森の中を駆け出した。
そして、トウヤが走り出したと同時に、背後で木が裂ける音が響き渡る。
「クッ! もう見つかったのか!」
当たり前だ。
先ほどまで“隠れていた人間”が大声で叫べば、誰だって気付くだろう。
トウヤは、走りながら腰に巻いているベルトのホルダーから銃を引き抜いた。
その銃に魔力を流し込むと、全体が淡い銀色に輝き、グリップ部に埋め込まれていた宝石が、淡く輝きだす。
魔力の充填が終わると、背後を振り返り、木が裂ける音がしている方へ向けて引き金を絞った。
引き金を絞るのに合わせて、グリップにはめ込まれた宝石が強い光を放ち、銃の銃口から鋭利な刃物のように薄く尖った形をした魔力の塊がとび出していく。
銃より弾き出された魔力の塊は、霧に小さな穴を空けて突き進み、見えなくなると同時に遠くで何かがはぜる音が聞こえてきた。
更にその後――。
『グガアアアアッ!』
背後で、獣の吠える声が聞こえたが、トウヤは構わず走り続けた。
「アイツ」には、こんな攻撃は効かないと、既に身に染みているからだ。
「とにかく、隠れないと……」
霧のおかげで見つけられにくいのはありがたい。
だが、トウヤ自身も先が見えないせいで、突如として木が目の前に現れて、危うくぶつかりそうになるし、木の根に足を取られて、何度も転びそうになる。
それでも、必死に隠れるところを探していると、朽ち果てて中が空洞になった木を見つけた。
「アイツ」になら、直ぐに見つかる危険もあったが、今は隠れて「アイツ」をやり過ごすべきだと考えたトウヤは、木の中に入って身を潜めた。
「何なんだよアレは! 今回の任務は偵察じゃなかったのか?」
自分を落ち着けるように悪態を付きながら、トウヤは、この森に入る前のことを思い出していた……。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
(シルメリアの部隊があの森に入り、何かをしているらしい)
その報告を受け、ホムラの特殊部隊に出動依頼がきた。
トウヤは、先に森に入り、森を偵察してシルメリアの部隊を見つけ次第、本部へ連絡して本隊の到着を待つ為の先行部隊として、単身この森に入ったのだ。
そして、森の奥へ進んで行くと、森全体に異常な魔力の流れがあることに気が付いた。
どうやら、森の中心部に魔力が集まっているようだ。
辺りを注意深く見渡しながら、中心部に向かって進んでいくと、霧が白く輝いている場所を見つけた。
しかも、その付近から人の気配がする。
息を潜めてゆっくりと近付いて行く。
すると、何者かの声が幾重にも重なって聞こえてきた。
霧でまだ何があるのか全く見えないが、ずいぶん魔術師がいるようだ。
しかも、その魔術師が集団で呪文を唱えているということは、何か高位の魔術を使うらしい。
それを、こんな場所で大人数の魔術師が一斉に同じ呪文を唱えているのだ。
まず、何か良からぬ事を企んでいると考えて間違いない。
トウヤは、腰に手を回して、銃を抜いた。
低い姿勢で銃を構えながら、更に進む……。
ようやく霧の向こうから人影が見えてきた。良く見ると、人影が見える先は霧も無い開けた場所のようだ。
そして、霧の向こうに見えた光景に、我が目を疑った
直径で30mはあるだろう巨大な魔法陣が妖しく光輝き、魔法陣の周りを50人程の魔術士が等間隔に並び呪文を唱えている。
魔術師の首の付け根からは、光る管が伸びていて、管は巨大な卵のような機械へと繋がっていた。
魔術師10人に対して、卵機械が1台割り当てられているようだ。
「あの卵が、魔術師に魔力を送り込んでるってとこか……」
だから、森全体に異常な魔力の流れがあったのだろう。
あの卵が、周りから魔力を吸いとっていたのだ。
ここまで情報を掴めれば問題無い。
構えていた銃をしまい、トウヤはポケットから一枚のカードを取り出し、魔力を注ぎ込んだ。
するとカードから一羽の白い鳥が現れ、飛び立って行った。
これで、後30分以内には本隊がこの場所に来るだろう。
後はトウヤがこの場所から離れるだけだ。
「動くな」
背後に誰かが立っているとは……、全く気が付かなかった。
トウヤは、ゆっくりと両手をあげて背後に振り返る。
そこには、トウヤに銃口を向けて油断なく構えている白装束のような服を着た男がいた。
口をマスクで隠しているため、表情までは分からないが、トウヤを嘲笑っているように見える。
「ホムラの特殊部隊だな?
さっきの鳥は、本隊にこの場所を知らせるためか?」
トウヤは、無表情のまま言い放つ。
「本隊の到着まで、後30分位だ……。俺を殺して、逃げようとしても、後30分で何が出来る?
さっさと、あの魔術師どもを引き連れて逃げ帰るんだな」
「ハハハハッ! 馬鹿め!
あんな鳥、部下が直でに捕らえている。貴様の言う本隊は来ない!」
トウヤの言葉に、男は悲鳴じみた笑い声をあげながら答える。
これには、流石のトウヤも参った。魔力を結晶化して作り上げた鳥を、捕らえたと言う。
有り得ないことではないが、そんなに簡単に捕まるとは……。敵の中に、よほど強力な魔術師がいたのか、もしくは純粋な魔力を光る鳥に命中させたのだろう。こんな事態になるとは、うかつだったと後悔してしまう。
「さて、分かったのなら、こちらに来てもらおうか。アイツを召喚した後の餌にちょうど良い。」
「召喚? 今あの魔術師たちは何かを召喚しようとしているのか?」
トウヤが召喚と聞いて最初に頭に浮かんだのはアンデット系のモンスターだった。
もしくは、シルメリア最大の武器である、魔導機械を大量に喚び出して、この森からホムラへ攻め入るつもりだろうか?
だが、男はトウヤを餌にすると言った。と言うことは、やはりアンデット系のモンスターだろうか?
もし、アンデット系のモンスターを大量に召喚するのであれば、チャンスはある。アンデット系は、行動スピードが遅い。
今、無駄に逆らって殺されるより、召喚されたモンスターと戦いながら逃げる方がいい。
そこまで考えて、トウヤは大人しく男の誘導に従った。
男に誘導され、トウヤは卵機械の側に両手を頭の後ろで組んだ格好で正座させられる。
「さて、まずは知っていることを話してもらおうか?
貴様以外、後何人の人間がこの森に来ているんだ?」
チャンスが来ることを信じ、トウヤは男の質問に答えていった。
「……ホムラの特殊部隊と言えば、我がシルメリアでも要注意部隊と言われているが……貴様を見ていると、恐れることも無いな」
コイツ……後で、必ずぶん殴ってやる!と心に刻む。
しかし、この男は余程の馬鹿なのか?
それとも、強いのだろうか?
いくらトウヤが大人しく捕まって、男の質問に答えているとはいえ、トウヤの装備品を何一つ取り上げていない。ここまで油断されていると、今がチャンスなのではと思ってしまう。
そんなことを考えていた時だった。
「……! 何だ? 魔法陣が……急に光出した?」
トウヤの前で、魔法陣が強い光を放ちだし、更に……。
「!! ッウワッ!」
魔法陣のいたるところから巨大な炎が舞い上がり、呪文を唱えている数人の魔術師がまきこまれる。
トウヤの近くでも魔術師が一人炎にまかれ、ジュッと嫌な音と叫び声をあげながら、魔術師が跡形もなく消えていった。
「ふざけんな! 何だよあの炎は!
いったい何千度でてんだよ!」
冗談じゃない。こんな状態になる魔法陣など、聞いたことも見たこともない。
魔法陣を囲んでいた魔術師も、この事態に呪文を唱えるのを止めて逃げ出そうとしている。
この間にも、炎はうねりをあげて、また一人魔術師が炎の餌食になった。
一人の魔術師が、耐えきれずに逃げ出すが、逃げ出した魔術師は、いきなり背後から撃たれて息絶えた。
「……え?」
トウヤは、驚いて後ろを振り返る。
そこには、さっきまでトウヤに向けられていた銃口を、息絶えた魔術師の方に向ける男が居た。
「うろたえるな!
召喚を終わらせろ!
それとも、あの魔術師の様に、俺に殺されたいか?
自分が焼かれるより先に、呪文を完成させろ!」
マスクの男のこの言葉が、周りを恐怖で覆い、魔術師たちは再び呪文を唱えだした。
「お前……味方を殺すのか!」
トウヤの怒声に、男は鼻で笑ったようだ。再び銃口をトウヤに向け、こう言った。
「味方など関係無い。任務を遂行出来るかどうかだ。それに……、お前の命もこれまでだしな」
トウヤは、自分の体が震えていることに気付いた。
魔法陣に目を向けると、魔術師達が呪文を唱え終え、さっきまで渦巻いていた炎も消えていた。
変わりに、静寂が辺りを包み込んでいる。
それなのに、トウヤは震えていた。何故震えているのか、分からないまま、魔法陣を凝視していた。
そして……「アイツ」が現れた。
淡く光る魔法陣から、ゆっくりと姿を表していく。
まず見えたのは、巨大なコウモリのような翼。
そして、真っ赤なウロコに覆われた全身が少しずつ見えたとき、ハッキリとトウヤには何が召喚されたのか分かった。
子供の頃に、ジジイから何度も聞かされた生き物。
存在が、伝説でしか語られることが無くなった生物。
「ドラゴン」
こいつ等は、この世界にドラゴンを召喚したのだ。
「ま……マジかよ……」
圧倒的な存在感を放つドラゴン。だから、トウヤは震えていたのだ。恐怖に震えていたのだ。
震える体をどうにも出来ぬまま、ドラゴンの全体が見える。
トウヤは、襲いかかってくると思って身を固くした。
「……ZZZ……zzz……」
「ハイ? 寝てる?」
ドラゴンは、交差させた前足に頭を乗せて、寝ていた。
それはもう、メチャクチャ気持ち良さそうに、器用に鼻で泡を膨らませて、寝ていた。
さてどうしよう?
今まで散々シリアスに展開してきたのに、召喚されたドラゴンが寝てる。
「ありえネェ~」
思わず口走ってしまったが、こんなに力が抜けたのも初めてかもしれない。
「いや……むしろ都合がいい」
いきなりトウヤのすぐ後ろから男の声が聞こえ、ドラゴンに向かって強烈な電撃が放たれる。
それは、まっすぐドラゴンの顔面に命中した。
誰もが、とっさに何が起こったのか分からなかった。
トウヤが後ろに振り返ると、マスクの男がすぐ後ろにいて、魔法を放ったのだと分かった。
マスクの男は、何も無かった様に銃口をトウヤへ向けたまま、トウヤに言った。
「後はヨロシク。しっかり戦って、ドラゴンに喰われてくれよ」
マスクの男は、トウヤの腹部を思いきり蹴り、トウヤから離れると一枚のカードを取り出した。
トウヤが、苦痛に顔を歪めながらマスクの男を睨むと、マスクの男の体が光に包まれていくのが見えた。
「任務完了だ。もし、生き残っていたなら、また会おう。まぁ、まず無いとは思うが、冥途の土産に、俺の名を教えてやろう。俺は、シルメリア暗殺部隊所属のシグルドだ」
シグルドと名乗った男は、光に包まれてその場所から消えた。
呆然とシグルドと名乗った男がいた場所を見つめていたトウヤだが、改めて周りを見れば、魔術師達も同じだったらしく、皆同じ様に呆然としていた。
それはそうだろう。
脅されながら、ようやく呪文を完成させると、脅していたシグルドはドラゴンに一撃くらわせてさっさと逃げたのだから。敵とは言え、魔術師達が哀れで仕方がない。
と、ここで重要な……と言うより、致命的なことに気が付いた
「……ん? ドラゴンに一撃くらわせて?」
「グガアアアア!!」
トウヤが嫌な予感を覚えた矢先、大気を震わせる程の吼声が響き渡る。
その瞬間、トウヤはなりふり構わずに走り出した。
背後で盛大な爆発音がして、何やら悲鳴が聞こえるが、そんなことに構っていられない。猛ダッシュで霧の中に逃げ込んだ。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
それから延々と、あのドラゴンから逃げ続け、既に丸一日が経過している。
思い返せば、馬鹿な話である。
こんなに逃げ回っている間に、部隊に連絡すれば良かった。
あの場で、シグルドを倒すチャンスもあったはずだ。
色々と自分の間抜けな行動を思い出して、自己嫌悪に陥ってしまう。
とは言え……あのドラゴンに対して、本隊をぶつけるのはまずい。
本隊が全滅なんてことは避けたい。
かといって、このままだと、トウヤがドラゴンに喰われて終わりそうだ。
「……ジジイ……アンタならどうするんだ?」
夢にでてきたトウヤの祖父、朝霧 源次郎の昔話にヒントがないか考えだした。
「……ジジイは、確かドラゴンに会ったら戦うなって言ってたよなぁ。
それで、ドラゴンに話しかけろだったっけ?
話しかけて、どうするんだ?
喰われて終わりのような気がするんだよなぁ」
結論。
ジジイの昔話はあてにならない。トウヤ自身でどうにかするしかない。
「でもなぁ。このまま逃げ続けても、どうしようも無いよなぁ。ヤッパ、戦ってみるか?」
そこまで考えて、トウヤは覚悟を決めた。ドラゴンに対して、戦ってみようと……。
銃を握り締め、自分の魔力を出来るだけ送り込む。そして、静かに木の中から出た。
気持ちを落ち着かせるために、深く深呼吸する。
遠くから、ドラゴンの吼える声が聞こえてきた。段々とトウヤに近付いてくる足音。そして、正面からいきなり炎の塊が襲ってきた。
咄嗟に身をひるがえして、かわす。
炎の塊が、トウヤの後方にあった大木に炸裂する。炸裂した場所を見ると、大木が根こそぎ無くなっていた。
呆然とその威力を見て、トウヤはポツリと呟く。
「無理。どう考えても無理。戦うなんて無理」
アッサリ覚悟を捨てて、再度逃げようとしたが、甘かった。
丸一日走り続けた体は、すでに限界をこえていて、一度動きを止めた足は、言うことをきかずに膝が笑っている。
これでは、いくら逃げても直ぐに捕まる。
捕まれば、おそらくあの炎で焼かれて終わりだろう。
ここで、トウヤはいちかばちかの賭けに出た。
「ドラゴン!!
話しを聞いてくれ!!
俺は、お前に何もしない!!」
ジジイの昔話にすがったと言うよりは、もうヤケクソだ。
どんな馬鹿が、ドラゴンに話しかけるだろうか。
だがトウヤには、もうそうする以外は思い付かなかった。
どんどん足音が大きくなる。ひょっとして、このまま踏み潰されるのではとも思ったが、足音だけではなく、足元に振動まで伝わってきている今となっては、逃げようにももう遅い。
ドラゴンの輪郭も見えてきた。
「ドラゴン!
止まってくれ!
話がしたいんだ!」
トウヤはもう一度叫んだ。
すると、本当にドラゴンが立ち止まった。
〔話がしたいの?〕
いきなりだった。
いいなり、トウヤの頭の中で声が響いたのだ。
その声は女の子の声で、しかもかなり可愛い声だ。
「ヘッ?」
突然のことにトウヤが戸惑っていると、さらに頭の中で声がした。
〔だから、話がしたいの?って聞いたのよ〕
「ドラゴン?」
〔何よ? 言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ〕
間違いない。この声は、ドラゴンの声だ。
「え? えええええ~~~~!
おま……お前、メスのドラゴンなのか!」
〔メス! メスとは何よ! 女の子に向かって失礼ね!〕
どうやら、かなり話せるドラゴンらしい。
とにかく、まだ生き残るチャンスはあるようだ。
トウヤは、生まれて初めてジジイに感謝するのだった。
久しぶりな方。お久しぶりです!
初めましてな方。初めまして!
作者です!