第六話
それから後の記憶は、ある時点まで途切れ途切れにしか残っていない。ノイズ混じりの、古い白黒映画のように擦り切れた映像が脳裏に浮かんでは消えていく。
『グラディス様……私のことを好きだと言ったのは、うそなんですか? 本当は、オフィーリアのことが、すきなんですか?』
『……ミリー? どうかしたのかい?』
『わ、私、あなたの部屋で、オフィーリアの肖像画を見ました、それに黒い本も……。それにはあなたの筆跡で、彼女について……、うそだと、うそだと言ってください。私を、ミリーを愛してると、言って』
『……ミリー、アレを見たの?』
『グラディス様、怒ってるの? どうして、だって、あなたは私を愛してると……そう言ったじゃない!』
『ちょっと、しがみつかないでくれ。それに愛してるとは言ってないけど? 好きだとは、確かに言ったけどね、でもそれだって玩具として好きって意味だよ。可愛いミリー』
『お、もちゃ?』
『うん、そう……、ああ、なんか面倒になったな。計画も失敗したようだし、もういいか。アレを読んだならわかっただろ、そうだ、お前は俺の玩具。暇つぶしの道具に過ぎない』
『すき、と、いって』
『俺が愛しているのは美しいオフィーリアだ。お前なんかじゃない。勝手に勘違いしたのはお前だろう、くだらない』
『あ……』
『なんだ、泣いてるのか? ははは、本当にくっだらない奴だな。いいぜ、俺でも僕でもお前の大好きなグラディスが慰めてやる』
『……かわいいかわいい、僕のミリー』
『ミリー……? どうしたの、あなたなんだか最近顔色が悪いわ』
『……あたまが、いたくて』
『体調が悪いの? それならもう休んだ方がいいわ、しばらくお休みをもらって、』
『ねえ、オフィーリア』
『な、に?』
『わたし、貴女を、絶対に許さない』
『え、?』
『ふふ、貴女の言う通りね、体調が悪いの。お休みをいただくわ、それじゃあね』
この時のミリーの胸を占めていたのはどこまでも暗く深い絶望と、オフィーリアへの憎しみだけだった。あれ程手酷い扱いを受けたにも関わらず、ミリーの粘ついた憎悪と殺意は、グラディスではなくオフィーリアへと一心に向いていたのだ。
ミリーはこの時も、変わらずグラディスを愛していたのだろうか?
それは、今の私ですらわからない。ただ言えるのは、ミリーは愚かでどうしようもない女だった、ということだけだ。
オフィーリアへ復讐を遂げる絶好の機会を窺いながら、ミリーは誰にも悟られることのないように憎悪という名の刃を研ぎ澄ましていた。武器になるのならば例え己の身体でも差し出したし、愛想や媚びを売ることも覚えた。戸惑うオフィーリアにも笑顔で接し、暗くて内気なミリーは明るく気さくなミリーに変わった。その一方で、グラディスとの関係も途切れることはなかった。
そして、オフィーリアの一四歳の誕生日の前日。
ミリーは死んだ。