美人は見慣れる
既にデレている、シズクは気付いていないディス・フレノイア。
現在わたくしは、不穏な台詞を聞き流し、目下ちびドラゴンを撫でて"萌え"を補充中であります。
たっ、隊長! 隣に移動してきたこの男、どうしたら良いでしょうか?!
「――どうした? この料理は異世界人には馴染みがないのか?」
先程からディスさんは、私の右隣の荷物を元の座っていた所に押し退けて座り、何時の間にか手元に出現している食事を口にしていた。
ちらっと興味を惹かれた私が視線を向けると、待ってましたとばかりに見せ付けて来る。
リゾット系のチーズと何かの茶色いキノコが乗った、出来立てに見えるほかほかと湯気が立ち上る料理。
分かってやっているのだろう、先程から空腹を刺激されお腹の音で訴える私の口元に、これでもかと美味しそうな匂いを放つ食べ物を木で出来たスプーンで寄越す。
ふるふると羞恥で身体が小刻みに揺れる私に、ディスさんは意地の悪い笑みを見せる。
その顔は悪党ですぜ、旦那。
キャラ崩壊と空腹が限界に来て、遂に私はそれを口にした。
「……っっっ! お、美味しいぃぃぃ!!!」
飛び上がりそうな程の美味しさに、ほにゃっと顔が緩む。
ちびドラゴンも匂いに吊られたのか顔を上げて覗き込んでくる。あ、可愛い。
「そうか。やはり、シズクは腹が空いていたんだろう? 遠慮するな、ほら……食べろ」
しかし、それを完全に無視して、ファンなら卒倒間違いなしの極上の笑顔で私に次々とスプーンを運んで来た。
間接なんちゃらだ何だのと頭を過ぎるが、食欲には勝てない。
羞恥心をかなぐり捨て旨味を堪能していたら、がっつき過ぎたのかもう底をついたようで、空だろうお皿ごと綺麗に消えている。
うう、もっと欲しかった。
「ん、まだ足りないのか?」
悪戯を成功させたように口角を上げたディスさんに、してやられたと理解した。
私は無意識に目で催促してしまうほど夢中だった訳で、当の目的だろう"餌付け"完了です。
分かっているんだ、分かってるんだけど……美味しかった!
「あ、いえ。ディスさんのお食事なのにすみません。でも、お腹が空いていたのは本当なので、ありがとうございました」
私の取り繕ったお礼の返事に満足したのか、手を翳しただけで現れた同じ食べ物を黙々と食べ始めた。
そういえば、何処から呼び寄せたのか以前に、無詠唱なんだなと今更地味に気付く。
あー、そしてやっぱり、ちびドラゴンは無視ですか。
「あの、ちびド……えっと、この子にも何かありませんか?」
さっきまで上機嫌で食事をしていたのに、一瞬で不愉快そうに顔を顰めた。
相当嫌われているんだな、ちびドラゴン。何したの。
「この子もお腹空いてそうなのになんでだろう?」と、口には出さなかった疑問は、ディスさんが発した一言によって幾らか解決した。
「濃紺や白銀のドラゴンは主に魔力を食う。だからそいつに食事は必要ないだけだ」
端的な説明で納得した。
ゲームの描写でも、主人公達が食堂で食べて談笑していても、ちびドラゴンだけは摂らずにサブイベントの対魔族戦で魔力吸収をして心身ともに元気になっていた。
つまり、そういう事なのだろう。
だけど、もう一つ疑問が。
「"主に"って事は、魔力以外も食べれるんですよね?」
気付いたか、と眉間に一層の皺が寄る。当たりか。
ちびドラゴンの頭を一撫でして決心し、ディスさんへと向き直る。
「もしかして、この子に何か原因が?」
まさかだとは思うが、ちびドラゴンが……ねぇ?
人懐っこい上に甘え上手で、私ならあれこれ世話を惜しまないはずなのに、ディスさんは触るのすら嫌がっているようだった。
これは、逆にちびドラゴンの方が何かを仕出かしたんではないかと思う。
もしかしなくても、とんでもない事じゃないだろうな?
「えーっと、おちびちゃん? 君……何かした?」
何度目かの貼り付けた笑みでちびドラゴンに言葉以外の圧力を掛けても、何故か瞳を潤ませてもっともっととせがんでいるように見えた。
あれ、これディスさんに叩かれている時見た表情だぞ?
なーんて、嫌な予感がしたが、今はディスさんに真意を聞くしかない。
「ディスさん。本っ当に、この子は何もしてないんですよ、ね?」
やんわりと、私の中ではやんわりと尋ねる。
しかし、やはりと言うか、頑なにちびドラゴンへの態度を改めないディスさんに事情を聴いても、口を割る気配はなかった。
* * *
腕時計を見ると、もう既に午後5時を指していた。
意外にこの世界は日が沈むのが早いのか、ディスさんを背中から伺う感じで魔法生物が動いた隙間を覗くと、濃い緑から黒に染まった木々の間から、うっすらと濃紺の空が夕暮れのオレンジと混ざり合って見事なグラデーションを描いている。
それでも、未だ森の中。私には何時か到達するであろう先が分からない。
ディスさんにはそんな不安気な私の姿でも新鮮で面白いのか、こっそりと非常に愉快そうに観察しては、国語に興味を持ったのか喜々として古文を読んでいる。
何気に器用な事をしているな、とそれほど気にしないようにしていたんだけれど、こう何度も同じ事――じっと見詰められて、それに気付いた私が顔を上げたと同時に教科書に視線を戻す――を繰り返していると、居心地が悪くて仕方がない。
想像して欲しい、今日初対面で相手の嫌な所を垣間見たんだけど、何とか此方が下手に出る事で意気投合。
だがしかし、『親しき仲にも礼儀有り』を特段親しくもないのですっ飛ばして許しもなくパーソナリティスペースに気遣いを省いて侵入し、一応ご飯は奢ってくれたけれど"手ずから食べさせる"なんて相手の恥じらいに構わず押し切り、まるで何処の雛鳥状態。
それに加え、現在はそんな奇行は治まったものの、相手は会話一切なしで私の一挙手一投足を盗み見しているこの状況を!
奇妙だ。何かの前触れか。
嫌なフラグ立てだな、なんて直感できた自分が怖い。
――そう、闖入者は何時も然り気無く現れるのだから。
* * *
頭がクラクラする。
吐き気で起こされた身体に、冷たい石で出来た床はキツい。
何事かと鈍い頭で周囲を見渡すも、灰色の石で囲まれた壁と其処に等間隔で取り付けられている、小さいのにやけに明るい照明が視界に入るだけだ。
違和感を覚えるのは、右斜め上にある一つの組んだ足先だろうか。
黒の――ブーツにしては長いような? 所謂ニーハイブーツという奴か?
どうでもいい事を逡巡しつつ、今置かれている状況を確認しようと身動くが、後ろ手に縛られているらしく足も縄が食い込むだけで殆ど動かない。
って、な、何で私拘束されてるの?!
「ふふっ、やーっと、気が付いたのね。気分はどう? なるべく負担のないように転移したけど、気分悪いならお水があるわよ」
頭上の声を辿れば、椅子に腰掛けた美女が足を組んで艶然と微笑んでいる。
お姉さんは、胸元の辺りまで流れる小さくウェーブした赤い綺麗な髪の毛を、左側で一房だけ三つ編みにして緩く結っていた。
吸い込まれそうな菫色の瞳を眺めていると、目を細めてうんうんと頷いている。
「仕方がないわよねぇ。起き抜けにこんなにも美人が居るんだもの、当然よねぇ」
明らかに自己陶酔した瞳を見返して、その言葉を咀嚼しようとしてみるが、何とも上手くいかない。
だが、一つだけ分かった。
ナルシストなのか、残念なお姉さんだな。
と、少々失礼な感想を飲み込んで、刺激しない程度に溜息を零す。
「んふふっ、正直に言いなさい。……私に、見蕩れちゃった?」
「いえ、美人は見慣れてるんで大丈夫デス」
私の即答及び返答が思っても見なかったのか、お姉さんは笑顔のまま彫刻のように固まった。
確かに、何処からどう見ても肌が透き通っていて、まるで陶器で造られたみたいな中性的西洋系美人さんだ。
だが、ディスさんも負けていない事に気が付いた。
あの人、ただのイケメンだと思っていたら若干東洋系寄りの美形な方だったか!
ズレてる気がしないでもないが、アジアンビューティーってヤツですね。
因みに、神官様は神秘的な神々しさを纏った特別枠です。あなかしこ。
余計な事考えている間に、お姉さんは大分正気に戻ったらしく、一つ息を吐いてから何事かぶつぶつと呟いていた。
「まさか、私の美貌に靡かない、ちっとも相手にしていないこんな冷めた子がこの国に、この世界に居たなんて……っ! 何て、何て……面白い子なの! 仲良くなる序でに、折っ角だから……――遊んじゃいましょうか」
緊急警報発令! 緊急警報発令!! 全軍、直ちに持ち場に付け!!!
なんて、流し目で意識的に色気を撒き散らすお姉さんに、サイレンのような物が思い浮かんだのですが。
さて、どうしましょう?




