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商人改め、魔術師?

 

 馬車は何事もなかったかのように、穏やかに進む。

 

 魔法生物もすっかり落ち着きを取り戻して、元の丁寧な歩へと変わっている。

 真正面に座っている男は、先程の事をまるで無かったかのように教科書を開いて、気になった所だけ私に聴き、スカートの上に頭を置いていたちびドラゴンは、淡い発熱が収まらずのんびりと寛いでいた。

 

 先ほどの余韻に浸っているのは、私だけみたいだ。

 

 あの襲撃は、音からして十人ほど居たみたいだが、「あっ」という間の数十秒間で終わった。

 防御壁は微塵もダメージを負わず、突如巻き起こった竜巻が武器を振り払い彼らを取り囲んで、物の見事に空の彼方へ。

 

 誰が全員吹き飛ばしたのかって?

 そんなの決まっているじゃないですか、私の前にいる商人改め魔法使い――このゲームでは魔術師――です。

 戦い慣れの仕方から見て、唯の魔術を囓った商人じゃなかった模様。

 一般的な商人なら、旅のお供に護衛は必須であるのに対して、稀に余程自分の腕に自信があるのか護衛も持たず一人で商いを敢行する者も居るんだとか。

 この状況を見れば、何となく察しがつきますけれど。

 

 はい、思ってた以上に強かったですこのお方。

 

 ゲームの主人公と戦った時に出したのは、実力の百分の一以下程度なんじゃないかと。

 暇してたから遊んでやった、って感じがひしひしと伝わってきます。

 

 それよりも、今更思い出した公式設定資料集(p.345~347)の、『謎の商人:ディス』の最後に書かれていた「~ただし、魔導師の可能性も?」と言う一文に引っ掛かりを感じるんですが何故でしょう?

 あ、この人の名前は"ディス"らしい。

 名乗りあっていないので、さっきから私への呼び方は「おい」か「お前」です。

 訂正できません! 誰か助けて下さい!!


「おい、何をぼさっとしている。この建物は何だ?」

 

 質問は無遠慮ですが、その目は如何にも「楽しい!」と言わんばかりで微笑ましい。

 しかし、さっきの戦いで分かった事なんですがこのお方、目の前に興味を惹かれた物を置かれて、遮られたらその邪魔するものを即刻排除するという、目的の為なら手段は問わない人間(?)ですので要注意かと。

 本当に、この人は人間なの? と、疑問に思うぐらいには強いですよ。ええ。

 逆らっていた私何してたんだと後悔がひしひしと。

 

「あ、はい。それはですね……こちらの、ページにある国の文化遺産と言いまして」

 

 全力の愛想笑いで質問の答えを返す。

 長い物には巻かれろ精神、昔は嫌いだったんですが、こんな状況じゃ藁にも縋る思いで巻かれるしかない。

 平穏な生活保障、素晴らしいじゃないですか。

 元の世界では一切使わなかった、引き攣ってる表情筋、頑張れ。

 

「……ふむ、この国の建造物はフランス式なのは理解したが、お前の世界と近いようで異なっているのだな」

 

 外から漏れた光で、すっと通った鼻梁が影を付けて浮かび上がり、男性にしては長い睫毛が伏せられ流された瞳が物憂げに遠くを見詰めている。

 流石、非公式で一位を争うイケメン。何かを思案している顔も様になっています。

 私の中で異例なタイプの神官様を下回るぐらい、好みじゃないけどね。

 要は性格ですよ、性格。

 

「お前の国では鉱石で出来た物が(うずたか)く並んでいるのだろう? それは……何とも、この目で見てみたいものだ」

 

 期待を込めて熱く見詰めないで下さい。

 来たのが偶然で、何時戻れるかも知れないのに連れて帰りっこないんです。

 私だってもう一度、あの下から見上げれば首が折れるかってくらいのスカイツリーと、その展望台から都会の景観を眺めたい。

 

 郷愁を心の底に押し込み、曖昧に微笑んで首を傾げると、魔術師は俯き視線を彷徨わせた。

 はい? 今さっきまでの自信満々で気丈な態度はどうしました?

 

 気不味げに目を逸らすディスさんに、話題転換に丁度いいと名前を名乗る事にする。

 うん、『お前』って呼ばれ方は案外心にくるからね。地味に痛いよね。

 

「あ、あの! 私、古川雫と言います。あ、こっち風に言うなら、シズク・フルカワ? かな。えっと、貴方のお名前は?」

 

 商品から名前を聞かれるとは思っていなかったんだろう、顔を上げて真っ直ぐ私を射抜くような楝色の瞳が見開かれている。

 十二分に男前なんだけど、冷静さが台無しな程に呆然とする彼に、ふっと気持ちを和らげて安心させるように笑を深める。

 あ、ヤバい。頑張れ、表情筋!

 

 顔面の筋肉を心配する私を知ってか知らずか、少し逡巡したように黙り込んだ後、意を決したのか彼は口を開いた。

 

「……私の名は、ディス・フレノイア」

 

 それだけ言うと口元に手を当てて、ふいっと顔を逸らした。

 名前以外の情報は与えてくれる程、親しいと思ってくれていないらしい。

 いや、当たり前だ。

 初対面の悪態から、今のちょっとは軟化した態度でも未知な人間に心開く訳もない。

 しかも、現在は彼の商品。

 ちびドラゴンを私情で庇い、楯突いた果ての首輪が重々しく並の男でも簡単に手折れそうな首を囲んでいる。

 これで手放しで好かれていたら、何それ主人公(チート)?! 状態で思わしくない方向に進むに違いない。

 このままで良いんだと自分を落ち着けて、緊張を解す為深呼吸を繰り返した。

 

「ディス・フレノイア、さんかぁ」

 

 知っているけれど、初めて聞いた風に装う。

 流石に、公式で発表されていないファミリネームまでは知らなかったけどね。

 強烈なファンの子なら、自分がディスの嫁になった気持ちで「○○・フレノイアです!」とか言ってそうな気がして腹筋が一瞬固まった。

 あ、これは危ないと、意味も無く言葉を紡ぐ。

 

「いやあ、お名前を聴かせて頂きありがとうございます。正直、ディスさ……えと、フレノイアさんに『おい』とか、『お前』って呼ばれるのがちょっぴり寂しかったので、私を名前で呼んで下さい。あ、一応奴隷に敬称とか付けないとは思いますけど、私の事は『シズク』と呼び捨てて下さいね!」

 

 取り繕った笑じゃなく、気が緩んでいたのもあるだろう。

 満面の笑顔で親しく話す私を、彼がこの時どう見ていたのかなんて、後でどう聴いても苦笑いしか出ないものだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 名前交換(?)が終わった後に、私が本来の阿呆な態度を取っていた事に気付かずぺらぺらと話し終えた途端。

 

「――フレノイアじゃなく、ディスと呼べ。シズク」

 

 此方も敬称は要らない。

 と、ちびドラゴンと同じく熱でも出したのか、口元に置いた片手では隠せないくらい頬から耳まで仄赤いディスさんにお許しを貰えた。

 ファンが熱を上げる美声も尖った所が見事に無くなり、何だか――親友に鈍感の権化と言わしめた私でも理解する、甘さを滲ませている。

 急激に仲良くなった気がして、背筋に悪寒が走ったのは秘密という事で。

 

 まさか、主人公(チート)ですか!? まさかの、異世界トリップの付属品(チート)なんですかっ?!!

 と暴れかける心中を抑え、足元の通学靴をガン見する。

 

 ゲームの主人公も、気が付いたら親しくなっていた! え、告白された?! 次は求婚ですか?!!

 なんてざらで、名前はあるけどモブだったから、エンドがないイベントの内の一つだけど結構いたはずだ。

 「何処ぞの吸引力の衰えない掃除機かっつーの」と小馬鹿にしていたのを覚えている。

 ああ、悲劇のヒロイン(しゅじんこう)にはなれないけど、私の世界に風穴開けた野郎……恨みます!

 

 兎にも角にも、この先の見えない旅の一つの憂い事が消えたのだ。

 という事にして、仮にも主人とは仲良くなるに越した事はないよな、と背筋を正す。

 

「分かりました、でも呼び捨てはどうも……あの、"さん"だけは付けさせて下さい。ディスさん、短い間ですが、どうぞよろしくお願い致します」

 

 日本人式の礼を取り、ディスさんを見詰め返す。

 やや呆気に取られていたものの、「うむ」と言ったディスさんに、武士かとツッコミそうになったのを堪えて頷きを確認した。

 それに再び緊張を解いた瞬間、初めて会った時から今まで見せなかった、溶けるような笑顔に目を奪われる。

 

 が、その後に続いた言葉に瞬時に固まる事になった。

 

「――まあ、短くする気はないけどな」

 

 あははっ、なーんて、私は決して聞こえませんでしたっ!!!

 

 

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