どこに行っても私。
長らくお待たせ到しました。次回も何時投稿するか筆者でも分かりませんが、よろしくお願いします。
"災難"との出会いを終えて、私は馬車に揺られていた。
そう、災難。存在そのものが災いだ。
あれから、私に着けた血腥首輪を引っ張り俵担ぎで持ち上げ、馬に近い――額に二つの角の生えた、荷台よりは幾らか小さいが馬にしては異様に大きい生物が待ち構えている幌馬車まで移動して、散々暴れても下ろさなかったくせに、急に「重い」と呟いて私を荷台に放り投げた。
そして、今に至るのである。
お陰様で体の節々が痛い。主に投げ飛ばされたせいで。
その荷台の中は物で溢れていて、身動きしようものなら品物が刺さる。
そんな所に放られたのだから、文句の一つでも言っていいだろうか。
何だろう、ここまで一言も会話を交わさなかったはずなのに、私の中のコイツに対する嫌い度が跳ね上がっていく。
ただ、一つだけ良い事――なのかは分からないが、愛しのちびドラゴンが私の膝の上によじ登って来て、早々にくぅくぅと気持ち良さそうに眠っていた。
交換条件として私が売られることにはなったが、ちびドラゴンをあの場所で放すのには無理がある。
それはそうだ、また別の人間に捕まえられては意味がない。
放すのは私が行く先と同じになるみたいで嬉しいけれど、それが少し寂しく思えた。
出発を待つ間は男の様子を伺っていたが、積む大きい荷物は私しか居なかったらしく、早々に先頭のユニコーンっぽい馬と呼んで良いのか判らない生物を、私を放り投げた時とは雲泥の差で丁寧に扱っていた。
その優しさを別の者に向けてくれ、と睨んでいると運悪く目が合ったと同時に、鼻で笑うように目が眇めれる。
準備も何もないのだから、御者台に乗って動き出すのかと思いきや荷台に乗り込んできた。
「え、手綱とか、握ってないと行き先……」
しどろもどろになりながら理解不能な行動を問うたが、この男にはそれが意味が分からないと顔を顰められる。
気まずさに沈黙が降りるが、数拍のそれを打ち破ったのは、小気味いい蹄の音。
どうやら、前で引くユニコーンっぽい馬は御者なんて必要ない魔法生物であるらしかった。
RPGの終盤辺りで移動手段に使っていた事を思い出す。
いや、あれはレベルをカンストさせた特典だったはずだ。
こんな、序盤で現れる初見殺しが所持していたなんて。道理で強い訳だ。
傾らかだった道が途切れて、石でも踏んづけたのか馬車が大きく揺れた。
急に体が浮く感覚にバランスを崩して、突き出した品物に左腕が押し当てられる。
刺されるような激痛に歯を食いしばった。
(痛っい! 何で、所々鋭利なものが入ってんのこの荷台はっ?!)
そもそもの元凶である、目の前に座る男を全力で睨む。
すると、鼻で笑いやがりました。
(くっそ、ムカつく!)
私から発っした異変に気付いたのか、ちびドラゴンが心配そうに見上げてくる。
アイスブルーの瞳に掛かる薄い涙の膜が、差し込んだ光に反射してキラキラと私をそこいっぱいに写した。
それはそれは、痛みも忘れてしまう声に出せないこの打ち震えは、どうすればよいのでしょう?
あいつには気付かれない様に撫でる力に全神経を集中させた。
が、上手くいかない。
触れた鱗のひやっとした感触で現実に戻されては、成長したちびドラゴンの妄想に浸ってしまう。
ああ、ダメだ。好きすぎて、目的地に着いた時に放してあげられなくなりそうだ。
ふと、目も当てられなかった傷口を撫でる。
濃紺のドラゴンは魔力に比例して治癒力も桁外れらしく、ここ数十分間で全身の生傷が完治していた。
腕時計は正常に時を刻んでいたから間違いはないだろう。
緩みかける頬がもう直ぐ決壊しそうになった時、男が口を開いた。
「さっきからニヤニヤと気持ち悪い。……そんなにそれが欲しいなら、お前が飼えば良いだろう」
心の篭った前半の言葉にカチンときたが、『飼う』ってなんだ。
どうやら、私とは考えていた今後が違うらしい。
複雑な性格をしているようなので、怒り出さないように恐る恐る目を合わせながら訊ねる。
「私はどこかに売られるんでしょう? それなのに、飼えるの?」
疑問をただ口にしたはずだが、サッとそっぽを向かれた。
な、何なんだこの男、謎すぎる。
一向に返って来ない返事をちびドラゴンを撫でながら待つ。
すると、私には聞こえない声量で何かをぼやいた。
「それは……、――だ」
車輪がガタゴトと重要な部分を隠して伝わってこない。
やっと、ちらっとこっちを見た男に問い返す。
「ん、何? 今、何て言ったの?」
「煩い、黙れ、私を見るな」
聞こえなかったから聞き返しているのに、何故ここまで言われるのか、今のでカチンときた。
お望み通り、視界に入れずちびドラゴンと戯れる事にする。
(絶っ対、話しかけられても返事しないで無視してやる……ふふふっ)
私の怒りを察してちびドラゴンが震えている気がするけれど、キニシナイ!
ちびドラゴンの一層澄んだ瞳が潤んで、目が笑っていない私がそこに写される。
(場所が異世界といっても、性格変わらないって当たり前ですよね?)
開き直った私は、怖がらせたお詫びに優しく丁寧に頭を撫でた。
* * *
人気のない獣道。
そこに、とある目的の下に動く二つの影があった。
背の高い木々より一層飛び出した大樹の中腹辺りに存在するそれらは、何処と無く対照的だった。
「此処で待っていれば確実よ」
そう言って一人は妖艶に笑い、眩しい程の赤毛を惜しげも無く風に靡かせている。
陽を避けるように挙げられた手は、白磁の肌を遮り何者であるのかを隠し、空いたもう片方は、この世界では珍しいとされている漆黒を宿した鉱物で形作られた、細身の剣の柄を撫でていた。
「……この前もそう言って、躱されてませんでしたか?」
一方で、もう一人はそれを眩しそうに一瞥した後、静かに自身の剣を磨いていた。
僅かな太陽の光でも反射するそれは、最恐級難易度クエストの報酬"陽輝王の剣"。
剣に覚えのない者でさえも耳にする代物を、軽々と手にしている。
赤毛が振り返り、生真面目さの漂う仏頂面をした男に尋ねた。
何処か違う意図を纏って。
「いいのよ。逃げられたら、逆に追いたくならない?」
「いえ、別段。深追いは此方側も危険に晒されるので慎むべきだと思いますが」
何を言いたいんだという疑問を、一つも動かない表情以上に雄弁に語る眼差しに、赤毛の顔が綻ぶ。
「まぁ! イマドキの若い子ってそんなに淡白なのっ?!」
悪戯でも思い付いたかのような瞳は、冗談の通じない相手には微塵も伝わらない。
「いまどき? かどうかは知りませんが、他の方がどの様にしていても、やはり深追いをするべきではないでしょう」
「あらぁ、草食系って損ねぇ。逃げられても追いかける方が健全な気がするわ」
「草食? いえ、知人も含めて若い者達は肉類を中心に摂取していますよ。追いかけるそれが健全か、と言われると自身の鍛錬を怠足らなかったとしても、過信で臨むのは良いとは思えません。……あなたのみそれに該当はしませんが」
「あらやだ、手持ちでは魔石しか挙げられる物がないわよ」
「褒めてませんし、要りません」
眼前に押し付けられた魔石を鬱陶しそうに振り払うと、赤毛が苦笑する。
頭の硬い男を会話で誘導しようと遊ぶものの、余りの返答の硬さに面倒臭さが溢れ出した。
「……じゃあ、もう少しここで景色でも眺めるかしらねぇ」
赤毛が振り返った木々はざわめいて、何の動揺も浮かべない菫色の瞳は切り立った崖を映していた。