表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

最愛と災難との出会い

 鬱蒼と生えた木々に囲まれ、学生鞄を胸に抱き、私は途方に暮れていた。

 辺りは小高い山になっているのか、何時かの3Dゲームで見た中世ヨーロッパ風の街並みが眼下に広がっている。

 それを端から目で辿ると、中心にフランスの古城を思わせるお城が悠然と聳え立っていた。

 王家の紋章なのかは知らないが、大きな赤い垂れ幕に金色の刺繍が見える。

 大柄な猫にも見えるが、(たてがみ)は立派なライオンそのものだ。

 それを目にした時、脳裏の隅っこに畳んでいたある知識が呼び出された。


 ──ここは所謂、"乙女ゲームの世界"。


 『Fantasia~Luna Septet~』

 突然異世界に召喚された主人公が、メインの五人とその他の美形に囲まれて、時にすれ違い成長する、高難易度のダンジョン付き育成要素満載のRPG乙女ゲームだ。

 このダンジョンはなくてもクリアできる仕組みになっていて、手っ取り早くイケメンの攻略に勤しむ乙女には「正直、要らない」と不評だった。

 "ファンタジア"とタイトルにもなっている通り、ファンタジー要素が要所要所に散りばめられて、魔法や魔獣に妖精とドラゴン、果ては魔王などが存在していて戦闘シーンも格好良いし何より面白い。


 まぁ、私の場合はたった1人の親友が一時期ハマっていたから借りた程度で、最重要イベントである攻略対象の表と裏の顔のギャップが垣間見えるストーリーに「有り得ねぇ」と、お腹を抱えて笑っていた。

 結局長く借りていたが、メインの中から分岐する隠しキャラには興味を唆られなかったので知らない。


 そう、プロローグ中に仲間になるちびドラゴン育成に時間を注いでいた私からすれば、攻略対象や隠しキャラはおまけ中のおまけである。

 ちびドラゴンは、Lvによっては厳ついムキムキになってくれて、物語中盤になって分かる『竜人(イルア)』という種族だから精悍な人間にも成れるという、隠れ筋肉フェチな私からしたらご褒美な子でした。

 Lv.100までいったのに攻略対象でなかったのがこのゲーム最大の悔いです。

 私とは同士のちびドラゴン派の方々が非公式なファンサイトを立ち上げられて、夢小説や漫画にイラストと、私の心を日々非常に潤わせてくれたものでした。


 だから、ゲームの世界だと分かっても私には全く関係がないし、その一点以外に興味を惹かれない。

 私が踏み込んだ方法は、ゲームのあらすじと違い『目が覚めたら突然召喚されてました。』とかではないのだ。

 学校の帰り道、通学路のど真ん中に歪な空間が陽炎のように空いていて、好奇心に負けた私が手を突っ込んで紛れ込んでしまっただけ。

 人が一人も居なかった事にあの時気付けば良かった。


 それにもし主人公に私がなったなら、初期装備は紺の生地に水色の線が入った夏用長袖セーラー服に、黒色の学生鞄。

 鞄の中身はお弁当と水筒、予備のペットボトル、ぎゅうぎゅうに詰め込んだ筆記用具に、置き勉しないので教科書とノート合わせて9冊と、今日使うはずだった英和辞書が幅を利かせている。

 明らかに勇者の戦闘向きではないお粗末さ。格闘技好きの私は泣きたくなる。

 主人公ですら召喚されて用意された装備は一般兵と大差ないけれど、気付いたら手にあった"聖者の剣"一振りでチートだった。

 召喚されていない事実が目の前、いや私自身にある。

 後悔したって元に戻れる方法が見付かる訳じゃないのも理解していたから、ある目的を先に成し遂げる事にする。

 そう、こういう時こそポジティブに。


「――ちびドラゴン! あの子にお目にかかりたい!!」


 欲望に忠実な訳ではないです。ええ、決して。

 ちらりと一目見るだけで良いのです。

 確か、主人公は王宮の神殿に召喚されてから、攻略対象を選んで秘密裏に街へ散策。

 案内された時に迷子になって、衰弱したちびドラゴンが売られているのを見つけた主人公が可哀想になって助ける、ってイベントだったはず。

 私が最初で最後、主人公に共感したのがこの辺です。それ以外でパーティメンバーやちびドラゴンが命を投げ出して盾になるシーンですら優柔不断な少女に同情する余地などございません。


 見下ろした街の比較的近い一角に、異様にボロい道が見えた。

 闇の商人っぽい人たちが行き交うそこは、ゲーム内の背景と酷似していて当たりだろうと目を付ける。


 取り敢えず目的を決めたので、それを目指して駆け下りた。



 * * *



 茂みを通り近付くに連れて、腐敗した空気が鼻に突く。

 道の端々に今にも消えそうな灯りのランプと、布だけを敷いた薄暗い露店が沿っている。

 中にはハエが飛び交っている店先も見えた。

 それに加え、誰もが目に生気がない事に寒気がする。

 この国が抱えた闇の部分を元はやんわりと表現をしていたからか、現実になるとぼかされた部分がやけに具体的で空恐ろしい。

 道の外れ、一際広い露店の店先に見覚えのある怪しい商人が立っている。

 顔の上半分を汚れたフードで隠し、不機嫌なのか手に持った鞭を振り回す。

 あいつだ。


 その傍らに、弱々しく顔を上げて空を眺めるセントバーナードほどの大きさのドラゴンがいた。

 濃紺の羽は所々破れ、鉄の首輪に連なった鎖で身体を縛られて、傷が痛むのか軽く身じろいでいる。

 こびり付いた血は既に固まっているのか赤黒く、その上を新しい血が流れていく。

 不意にちびドラゴンが呻いた声に商人が反応して鞭を振り翳した。

 何度も、何度も耳障りな音が打ち付けられる。

 それに合わせて飛び散る赤。


 これは、この感情は、何て言ったらいいんだろうか? 怒り? 憤り?

 とにかく、あの子を打っている男を同じようにしてやりたい。

 沸々と込み上げるものに、震える足が一歩、また一歩と動いた。


 カサカサと葉が擦れる音に、はっとして理性を手繰り寄せる。

 衝動に身を任せるのは簡単、だけれどちびドラゴンを救うには抑えなければいけない。

 これもイベントの一種で、主人公が負けるとちびドラゴンが亡くなるのだ。

 死なせないためには、何の力もない私はどうすればいいんだろう。

 これ程、何も持たない自分に嫌気が差したことはない。

 今すぐ駆け出して手当をして、暖かい毛布で包んであげたいのに、毛布どころか包帯すら私にはないのだから。

 唇を噛み締めてちびドラゴンを見詰める。


 すると、焦点の定まらないその瞳とぶつかった。

 濃紺のドラゴンが持つ、アイスブルーの瞳には不思議な魔力が宿っているという。


 人をも動かす、力が。


「あんた、そんな事をして良いと思ってんの!?」


 突然叢から飛び出してきた私に、男は振り上げた格好のまま固まった。

 ちびドラゴンもよろよろと瞳を瞬かせている。

 頭が真っ白で何も考えていないけれど、何か言わなければと口を開く。


「あ、そ、その子は……わっ私の、なんだから! 傷付けないで!」


 が、咄嗟に出た言葉に吃りも手伝って、後から思い出して悶絶死する黒歴史決定の瞬間だった。

 男は吹き出して愉快そうに口の端を釣り上げる。


「子供が此処に紛れ込むとは、な。これは商品だ、お前のではない。それとも、お前が払えるのか?」


 この男の挑発に乗ってはいけないと解っているが、先立つ感情に理性が追いつかない。

 舐め回すように私を見るその視線に嫌悪感が増した。


「しょ、商品じゃない! この子はドラゴンなの、売り物じゃない!」

「……では、お前がなるか? その珍しい服と持ち物に」

「っ、触らないで!」

「貧相だが生娘なら王都でも高値で売れるだろう。……それとも、これ共々死にたいのか? お前がなるのなら、こいつは此処で放してやる。いい話だろう?」


 嘲を隠さない声と、つっと顎に触れた手が気持ち悪い。

 こいつはメインではないはずなのに、意外にも整ったビジュアルと憎たらしい程の美声で熱狂的なファンが居た。

 間近で見ると、例え様もなくイケメン。

 フードから覗く短めの髪は黒く落ち着いていて、裏の見えない楝色の瞳は人を見下す傲慢な態度とは打って変わって理知的だ。

 顎が長くない筋骨粒々のハンサムか、某ゾンビゲーのゴリゴリな主人公がタイプの私には靡く要素が1つもないが。


 しかし、戦うとしたらこいつはボスでもないのに相当強い。

 ファン以外に憎まれる理由が、最初の戦闘で、即死かHP1まで削られる鬼畜仕様に加え、魔法使いを連れていないと帰り道に別の敵に囲まれて瀕死、と中々に難易度が高い所が挙げられる。

 ちびドラゴンか私か、なんて本来ならこの手を払い除けて逃げ出すべきで、自己犠牲心なんてものはなかったはずだ。

 それが、あの一瞬で瞳に魅入られたのか、それでも良いとすら思えた。

 ちびドラゴンを一目見たいだけだったのに、私は一体何をしているのやら。

 自嘲を含め薄く笑った私は、心底面白がっている男をすっと見据えた。


「分かった。……先に、その子を放して」


 にっこりと見せ付ける様に微笑んで、男の手を剥がしちびドラゴンに向き合う。

 右肩の辺りが腫れていて、すぐ冷やした方がいいだろう。

 鞄に入っていたペットボトルを取り出して患部に当てた。


「痛かったね。ごめんね。もう、大丈夫だから」


 ぴくり、と反応した頭を優しく撫でる。

 くすぐったそうに首を引いたちびドラゴンの顔を空いた手で包み、頬を労わる様に撫でれば喉がクルクルと嬉しそうに鳴った。


「馴れ合え、とは言っていない」


 真上から降った不機嫌な声にちびドラゴンが震える。やっぱり、こいつは嫌いだ。

 強引に腕を引かれ、ちびドラゴンと距離を置かされる。

 ちびドラゴンに絡まった鎖が、男の手によって鈍い音を立てて剥がされていった。

 重そうな首輪もあっさりと取り払われ、ほっと、息を吐いた所で目の前に立った男が嗤う。


「これで、お前は私の所有物(もの)だ」


 嬉しくもない宣言と、固く着けられた鉄の臭いを放つ首輪に、此処に来て初めて深い深い溜息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ