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永遠を継ぐもの

作者: はくたく

「民政軍がオウルゥオバに侵攻を開始したってのは、本当なのかよ?」


 目を丸くしてユティヤが訊いた。

 パイ=ゼ=ジャオジウはその大げさな態度に眉をひそめた。


(そんなニュース、聞きたくないヤツもいるだろうにな……)


 吹き抜けになったハイレベル学徒舎の一階。

 パイは今年度卒業見込みの機械工学系の学生だ。退屈なエリティウス教授の森林生態学の授業を終え、仲間数人と喫茶室でウェル茶をすすりながら話しているのだ。


 長い、長い戦争が続いている。

 パイ達が生まれた頃から……そう、もう二十ヤルドも続くこの戦争は、そろそろ民政国家群の勝利によって幕を閉じる気配であった。

 発端は帝政国家群による経済弾圧だったという。

 民政国家群のほとんどは、豊富な鉱物資源を帝政国家群に売って糧を得ていた。だが、帝政国家群が海洋開発を開始し、ガルテクト燃料やフォボリウムなどの金属類を輸入に頼らなくなってから、状況は一変した。

 そうでなくとも世界中の食料の約八十%を、海洋国家の多い帝政国家群が生産していたのだ。民政国家群は対抗する術を持たないまま弾圧を受け続け、ついに戦端を開くに至った。

 当初は帝政国家群有利で進んだ戦争だったが、有力な海洋国家の一つがクーデターで民政国家になったことから、状況は一変した。もともと機械技術に勝る民政国家群が、食料資源を得て息を吹き返したのだ。

 今回、民政軍の本隊が、帝政軍の本拠とも言えるオウルゥオバへ到達したことで、戦争は終結へ向かうだろう。

 そのことを単純に喜んでいるユティヤの気持ちは、パイにも分からなくはないのだが……。


「おい、うかつな事言うなよ。リイフィはスペリアンサ出身なんだぜ?」


 パイはそう言うと、ユティヤの頭を軽く小突いた。

 少し離れた席で、ひとり俯いているティ=リイフィの姿がある。

 彼女もまたハイレベル学徒だ。だが、機械工学のパイ達とは違って、隣の研究舎でシステムプログラムの研究をしている。

 研究生は彼女一人。

 自己プログラム機能のある有機コンピュータが主流となった現在では、人力でプログラムする研究分野はあまり人気がないのだ。


「うあ……すまん。パイ……俺、そんなつもりじゃ……」


「分かってる。お前は悪いヤツじゃない。だが、少しは気をつけて喋れよ」


 パイはユティヤを軽く睨むと、リイフィの方へ歩き出した。


「ごめん。リイフィ。あいつ無神経でさ」


「あなたが謝る事なんて無いわ」


 リイフィは薄緑色の髪の下から、見上げるように白い顔を覗かせた。

 銀色の瞳がパイを捉える。だが強がってはいても、その目に蓄えられた涙まで隠せるものではなかった。


「いやその……そうじゃなくてさ。そうそう、大丈夫だよ。こうなったら帝政軍もすぐに和睦するだろうから、リイフィの家族もさ……」


「私なんかに気を遣う必要もないわよ。敗戦国家群の国民は、たぶん二級生活民扱いになるんだし……」


「何言ってるんだ!! 俺達……その……友達だろ? それに、このハイレベル研究学舎は両軍に認められた中立地帯だ。どちらの民でも平等に教育を受ける権利があるんだしさ……」


「もういいのよ……それだってもう……」


 リイフィの言わんとする事は、パイにもすぐ理解できた。

 科学技術レベル向上のためのハイレベル学舎が、条約によって中立で有り得たのは、両軍の力が拮抗していたからに過ぎない。

 兵器開発に転用可能な研究成果も多いハイレベル学舎が、いつまでも帝政民に解放されているわけはない事くらい、容易に想像がつく。


「なあ!? 次の玄王祭、リイフィの誕生日だろ? 俺……渡したいものがあるんだ!! 会って……くれるよな!?」


 寂しげに微笑んで去っていく、リイフィの後ろ姿にパイは叫んだ。


「うん……覚えていたら……ね」


 彼女の小さな声は、それでもたしかな約束としてパイの耳に届いていた。



***    ***    ***    ***    ***    ***



 玄王祭。

 全国家共通の祭日の一つである。

 この世界に安寧をもたらした伝説の為政者・玄王の徳を称える日。この日ばかりはすべての人々が争いを忘れて愛を語り合う特別な日でもある。


「……ダメか……」


 パイは呟いた。

 学生寮近くの丘の上が約束の場所だった。ハイレベル学舎の集う町を見下ろすと、すでに蒼い夕闇が周囲を包み込み始めている。

 だが、パイもリイフィもあと二デリタ後には卒業である。卒業してしまえば、帝政民であるリイフィには二度と会えない気がした。


「あと……一セクタ待って来なければ……」


 そう考えては時計を覗き込むのも、もう何度目だろう。

 完全に周囲が暗くなり、ついにパイが朝まで待つ事を決心したその時、小さな声が背中からかけられた。


「まだ……待っててくれたの?」


「リイフィ!!」


「どうして? 私、来る気なんかなかったのに。でも……窓から眺めたら、誰かが立っている気がして……もしかしてって思って……」


 顔を覆って泣き出したリイフィに、パイは慌てた。


「ご……ごめん……迷惑だった? 」


 リイフィは強く首を左右に振った。闇にも鮮やかな薄緑色の髪がたなびき、周囲がぱっと明るくなったようにパイは感じた。


「迷惑じゃないよ。でも、私は帝政民で、敵だし……知ってるでしょ? 私達は種が違うの。子供を産めないのよ」


 見た目も、習俗も、食物さえもさほど変わらないが、パイたちフィラムと、リイフィの属するディヴィシオは起源の違う生き物なのだ。

 昔ならいざ知らず、今は婚姻が認められていないわけではない。が、子孫を残すどころか交接すら出来ないのは同じ事だった。


「そんなこと……どうでもいいんだ!!」


 パイは叫んだ。


「僕は君が好きだ。ずっと好きだった。君がそう言うのも分かっていた。

 だから……ずっと考えていたんだ。どうしたら僕たちの子供が作れるか……って」


「え?」


 パイが両手で持ち上げ、差し出したのは、リイフィの顔くらいの大きさの人形だった。

 だが、ただの人形にしては細かく作り込まれている。

 肌の色はリイフィと同じ白だが、髪はパイのように金色だ。


「……人形?」


「違う。ロボットだよ。でも、ただのロボットじゃない。このロボットがやろうとした事はなんでも出来るよう、ありとあらゆる可能性を実現できるように、それだけの機能を持たせた」


「あらゆる可能性? それって……どんなことでも?」


「そうだよ。そりゃ、今は空も飛べない。水に浸かっただけでショートしちまう。弱っちいロボットさ。でも、修復、進化、自己複製できる総合システムを持っている。失敗した事、出来なかった事は何度でもやり直して、出来るようになっていくんだ」


「それが……私達の子供なの?」


「こいつには、そういう機能があるだけさ。有機コンピュータは乗せてない。だから頭は空っぽなんだ。それでつまり……」


「分かった。私がこの子の頭に、その機能を使いこなすだけのプログラムを入れてあげればいいのね?」


「そう!! そうなんだ!! そうすれば……僕たちの子供は、永遠に生き続け、増え続けるんだ。たとえこの世界が破滅しても……」


「……ありがとう。パイ、私頑張ってみる」


 リイフィは微笑むと、パイの腕に体を預けた。



***    ***    ***    ***    ***    ***



「パイ!! パイ!! 死なないで!!」


 リイフィは、倒れたパイを激しく揺すった。

 だが、返事はない。

 あれから三ヤルドの歳月が過ぎていた。二人は卒業してからも学舎に残った。そうしなければ、帝政民と民政民の婚姻など、認められない世の中になってしまっていたからだ。

 戦争は終わっていなかった。帝政軍は降伏しなかったのだ。

 そして今日。追い詰められた帝政軍は、ついに最後の手段を使った。地上のすべての有機体を腐らせ、溶かし尽くす悪魔の兵器。

 有機コンピュータを使用不能にするためのその兵器は、地上のすべての生き物もまた腐らせつつあった。

 フィラムであるパイはその兵器の影響で、一瞬で命を落とした。

 比較的耐性のあるディヴィシオのリイフィであっても、もうあと数時間と保たないだろう。


「せっかく……プログラムが完成したのに…………」


 リイフィは涙を拭いて立ち上がった。

 もはや敵も味方もない。誰も生き残れる者はいないだろう。この世界はもうじき終わるのだ。

 だが、二人の作ったこのロボットさえ生きていてくれれば……

 あれから二人で改良を重ね、ロボットは少しずつ進化していた。


「もうひとつ、機能を加えておくわ。有機体は滅びやすい……それに、愛があるのに種が違うってだけで結ばれないなんて、良くない事よ。だから、あなたは子孫を作る時、無機体をベースとして、純粋にプログラムを更新していく事で進化するの……」


 初めて起動したロボットがリイフィを見上げ、首を傾げる。三ヤルドの間、完成に向けて作り続けてきたロボット。

 その瞳には、感情に近いものすら宿っているようにリイフィには感じられた。


「いい? 覚えておいてね……あなたはパイとリイフィの子。私達は永遠の愛をあなたに託すわ……最後に名前をあげる。あなたはね『ルーアハ』聖なる子、という意味よ」



***    ***    ***    ***    ***    ***



 金属製のシェルター内でロボットを完成させたリイフィは、静かに息を引き取った。

 ロボット『ルーアハ』はシェルターの外壁を破るのに、八ヤルドの歳月を費やした。

 シェルターの扉は物理的に破壊されたため、外に出るだけでも大変だった。生命維持のためのエネルギーはあったが、それを利用するだけの能力を得るのに時間が掛かってしまったのだ。

 シェルターの素材や機械を取り込み、自分の体を強固に作り上げたルーアハは、生けるモノの何一ついなくなった大地を歩き出した。

 廃墟と化した町並みが広がる地上に、二人の愛をその身に受けた小さなロボットは、ただ一人進んで行く。

 ルーアハは自分が何をすべきか理解していた。

 産み、増やし、永遠に進化し続けるのだ。

 そしてもし、か弱く滅びやすい有機体と出会ったら、それを自分なりのやり方で助けてやるのだ。

 何故なら、それがパイとリイフィ、親である彼等が望んだ事なのだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] SFな雰囲気がいいと思いました。 これからも執筆活動頑張ってください。
2013/04/03 20:47 退会済み
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