第七話 悪意の始まり
今回はちょいと短めです
玲奈の転校劇から早一週間が経った。
そんなことがあったにも関わらず、智昭は今まで通りの学校生活を送ることができた。他の生徒たちに命を狙われることを除けば、だが。
「蓮華智昭待ちやがれ!」
「待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる!」
智昭は走りながら怒鳴り返す。
「この恨み晴らさでおくべきかっ!」
「憎い・・・貴様が心底憎いー!」
「俺も城戸崎さんと一緒に帰りたいんじゃー!」
智昭は驚嘆する。全力ではないといえ、自分を見失わず、後ろについてくる彼等の底力にだ。おそらくだが、彼らはその力の源として恨み、憎しみ、嫉妬、羨望、怨恨等々様々な負の感情が挙げられるだろう。それでも、徐々に追いついてくるのだから逆に感心してしまう。
とはいえ、智昭も掴まると色々と危険なため、必死に逃げている。前述の通り全力ではないが。全力を出せば、彼の身体能力であれば途轍もない速度になる。
尤も、全力ではないと言えどもかなり速くはある。追いかけている連中は頭がそこまで回ってはいないが、冷静に考えるとかなり速い。
やはり、何度も言うようだが、彼らは異常な速度で智昭を追いかけているのであった。
しかし、そんな鬼ごっごも長くは続かない。
「お前ら、いい加減に静かになれ!」
破壊神が現れたからだ。
方波見の圧倒的な暴力・・・もとい教育的指導によって斃されていく生徒達。
彼女によって、智昭を追いかけていた生徒達が力で蹂躙されている様は、寧ろ清々しい。
誰一人として抵抗という抵抗もできずに地に伏していくのであった。
残念なことに智昭もその中に含まれているが。
「私は贔屓はしない。」
そう宣言して、騒いでいた連中を全員(智昭も含め)叩きのめして去っていく。
「かっこいい・・・」
その生き様に惚れた生徒もいるようだ。
そんな呟きが、廊下と熱い接吻を交わしている智昭に聞こえてきたのであった。
そんな感じで、徐々にエスカレートしていく現状に智昭は不満を訴える。
「何で俺ばっかりこんな目に遭うんだよっ!」
「仕方ないだろ。実情はどうあれ、城戸崎と一緒に帰ったりしてるんだから」
さも当然といった感じで和宏は真実を告げる。
「でも二人だけなわけじゃないだろ。お前らも一緒なんだから、おかしいじゃねえか」
「見た目の問題じゃね?」
客観的に見れば事実とはいえるだろうが、言ってはならないことを和宏は言ってしまった。
「それは一体どういう意味だ・・・?」
「お前が平凡な顔だからだと思うぞ。それで余計あいつ等の嫉妬心が煽られているんだろう。」
「そりゃお前から見たら大体そうだろうが!」
叫び声と共にゴンという音が聞こえてきた。
智昭が和宏を殴った音である。
バタリ、と和宏は倒れた。
「ちょっとやり過ぎじゃない?」
この現代で唯一の良心といわれる有希が眉を潜める。
「でもな、容姿云々は基本的には本人に言うべきことじゃないだろ」
「それはそうだけど・・・」
言い淀む有希。
そんな有希を説得するべく智昭は言葉を続ける。
「確かにな、暴力は基本的には容認されるべきことじゃあない。だけど、時と場合ってものがある。これは暴力であって暴力じゃない」
「それじゃ、何?」
「これは制裁なんだ。俺だってそうしたかったわけじゃないんだが、そうせざるを得ない状況に持ってきたのは奴の責任だ。だから、俺はこんな措置を取らなきゃいけなかったんだ」
心苦しそうに言う智昭(演技だ)を見て、簡単に騙される有希。
この子大丈夫かしら・・・と、玲奈は思ったとか思わなかったとか。
「そうだったんだ。それなら仕方ないね」
先程とは打って変わって微笑みを浮かべる有希であった。
「親友である俺を殴り倒すとは、非道が過ぎるんじゃないか?」
意外にも早く復活した和宏は起き上がって早々文句を言う。
「喧しい。見た目がどうとか言う方が悪いんだよ。例え真実でもな」
やはり、智昭も薄々感づいてはいたのだろう。最後の言葉はあまりはっきりと言わなかった。おそらく聞き取れたのは、有希を除く二人だけだっただろう。
「それについては悪かった。だが、そろそろ笑い話じゃすまないな。これに乗じて、もっと危険なことが起こるかもしれない」
滅多にしない真面目な和宏の顔を見て、驚いたのは玲奈だけだった。
現状はそう言えるだろう程に深刻である。
「多分裏に扇動者がいるんだろうさ」
智昭は吐き捨てるように言う。
この手の連中は相変わらず汚いな、と苦々しく過去を思い出す。
そんな智昭の表情に気付いたのか、和宏は
「そうだな。潰すか」
と、仲間内だけに聞こえるような声で宣言する。
「え、え?」
突然の過激な発言、しかもいつもヘラヘラしているように見える和宏の口からそんな言葉が出てくるとは夢にも思わなかった玲奈は狼狽する。
「ここら辺が潮時だろう。どうせなら、我等が担任の力を借りるのも悪くはないな」
クックック、といかにも悪そうな笑い声をあげる智昭。
「違いない」
悪戯っ子みたいな表情をしている和宏。
この二人をみると、誰しも時代劇のとある有名なシーンを思い浮かべるだろう。
そんな二人だった。
未だに状況の整理できていない玲奈を見て、有希は言葉を発する。
「諦めなよ玲奈ちゃん。この二人ってば、まだ子供なんだよ。こうやって時々悪戯を考えるんだ。何時まで経っても成長しないよね~」
のほほんとした有希の口調に玲奈は色々と反論したかった。
だが、彼女の穏やかな口調からだとまるで大したことのように聞こえるから不思議である。
そんなわけで、反論の矛先を失った玲奈は取り敢えず黙っていることにした。
悪代官のような笑い声をあげている智昭達と、その一方でのほほんとした有希。そのあまりにも両極端な彼等を見て、玲奈は混乱の極致にいた。カオスである。救いは、なかった。
宣言通り、何やら怪しい活動を始める智昭と和宏。
そんな彼らを黙ってい見ている有希と玲奈。
しかし、そんな彼らを嘲笑うかの様に、事件が起こる。
いきなり、ざわめき始める廊下。
「なんだなんだ?」
いきなり騒ぎ始めれば誰でも気になるように、智昭達も例外ではなかった。
誘蛾灯に誘われる蛾ではないが、それでも気になり、現場へと向かう一向。
そこで固まる生徒達を押しのけて見たものは智昭達を驚かせるのに十分といえるほどのものであった。
「おいおい、拙いぞこれは。」
「マジかよ・・・。」
思わず頭を抱えてしまいたくなる智昭。
そこには───
智昭と玲奈が一緒のマンションに入っていく写真が貼ってあったのだった。