第四話 やってきたよ転校生
智昭の朝はいつも早い。それは長年でもないが、そこそこ一人暮らしを続けてきたためにそういう生活スタイルとなった。
必ず早起きし、朝食をしっかりと作り、それを食べる。
やること自体は全く以て普通ではあるが、一人で決まった時間にちゃんと起きるのは意外と大変なことである。
ところが、智昭はいつも朝は爽快な気分で目が覚める。
だが、智昭は今朝目覚めてから気分が優れなかった。理由は明白である。昨日の玲奈の台詞が後を引いているのであった。
「こういうのはテンプレ通りにいくと・・・。マズイな。非常にマズイ。あいつ等には絶対にバレちゃいけないのにな。どうしたものか。」
リビングをうろうろと歩き回りながらブツブツと呟く。傍目から見ると、とても気味が悪い。
一人暮らしが長引くと、独り言が自然と多くなるらしい。おそらくこの気味の悪い行動は一人暮らしによる弊害であるといえる。
そんなことは置いといて、いつまでも考えていても仕方がないので、智昭は登校するために家を出る。
「おはよ。大丈夫? 何か元気ないみたいだけど」
登校途中のことである。智昭は彼の中で数少ない友人といえる相手に遭遇した。
そして声を掛けてもらったというわけだ。
「お前の顔見てると癒されるような気がする」
「そんな言い過ぎだってば」
智昭も認める友人の一人である神谷 有希は頬を軽く染めながらバシバシと智昭を叩く。
「うおっ! いてぇ」
「おいおい。朝っぱらから見せつけてくれるなあ。人目も憚らずイチャイチャとするなよ。一応校則では不純異性交遊は禁止されてんだぜ」
そんな言葉と共に現れたのは大類 和宏である。彼も智昭の少ない友人の一人だ。顔が良く、運動神経も良い彼は学校という閉鎖空間では非常にモテる。あまりに智昭とは学校での立場は違う。和宏がどうして智昭と友人関係にあるのか疑問に思う人間もいるくらいのことである。しかし、非常に馬が合うとしか表現できない。
そもそも智昭の友人は彼等2人だけと言ってもいい。学校での交友関係はこの二人でほとんど閉じている。これは決して智昭が人付き合いが悪いとかそういう理由ではない。
原因は彼の奇特な友人観ともいえるものに起因している。
智昭は友人に求めるものが普通とは違う。彼が友人と認めた人間は損得抜きに付き合っていける者、という存在である。一般的には親友というものである。
だからこそ、彼には友人が少ないというわけだ。
別に友人が二人しかいないからといってそれなりに仲良くしている者が皆無なわけではない。クラスメートとはそこそこ上手くやってるし、嫌われているということもない。
しかし、女性にはモテないのであった。和宏とは対照的である。
話を戻すが、現在は智昭の友人である有希と人目を憚らずイチャついている所だ。
「別にそんなことしてないし」
「一回自分たちを客観的に見つめた方がいいぞ。お前らの周囲だけ異常に甘い空気が発生してんだよ。どうにかなんないのか? 周りの奴等も『リア充爆発しろ!』って呟いてるぞ」
「そうかなぁ。私たちそんな風に見えてるんだぁ」
クネクネと身悶えする有希。
動きが気持ち悪い・・・・と智昭は思ったが、口が裂けてもそんなことは言えない。言ったら確実に恐ろしいことが起こる。詳細は語れない。ただ、”恐ろしいこと”としか。
なまじ見た目が良い所為かより気持ち悪さが増量(当社比30%増)されていて、周りも引き気味である。
そうなのだ。不思議なことに智昭の友人は顔が良い。智昭自身は大したことないのに。しかし、和宏の凄さに比べれば有希は若干グレードが下がると言わざるを得ない。クラスで言えば、『クラスの美人と言えば?』という質問で3位以内には入るぐらいのものである。微妙といえば微妙かもしれないが。
「それはそうと、昨日はどうだった? やっぱりお楽しみだったか?」
意地の悪い笑みを浮かべる和宏。
「智昭君。それは一体どういうこと?」
ゴゴゴという音が実際に聞こえてきそうな程の気迫をした般若、いや有希の姿がそこにあった。
何故だか必死に釈明しようとする智昭。
「お、お、落ち着けっ! き、昨日は特に何でもなかった! ただ単に方波見先生に呼び出されて課題を大量に渡されただけだ。わかってて和宏は言ったんだよっ!」
焦りのあまりドモってしまう。
周りの人間は次第に二種類に分かれていく。
一つは『なんだ。痴話喧嘩か。』と生暖かい視線を送る者。
もう一方は『リア充爆発しろ!』と怨嗟の声を上げる者。
その二つに囲まれて、始業前の朝の時間は過ぎていくのだった。
ついでにこの騒動は校門を超えるまで続いた、と記しておく。
いくつもの死線を越えて教室に入った智昭は、いつもの雰囲気と違うことに気付く。
なにやら騒がしい。
「一体この騒ぎはなんだ?」
取り敢えず、近くにいる熊谷君に話を訊く。
「どうやら転校生が来るらしい。しかも超美少女だと聞いた! これだけでご飯三杯はいける!」
興奮しているのか、唾を飛ばす勢いで語ってくる。最後の言葉がそれを裏付ける。
このクラスにこんな危険人物がいたなんて・・・と愕然とする智昭を尻目にHRが近づくにつれボルテージのどんどん上がっていく男子。女子はそれを見て眉を顰める。
当然といえば当然?の反応である。
そして遂に運命の時はやってくるのであった。
「おい愚図共静まれ」
教室に入って早々生徒に対して暴言を吐く方波見は、それでも喧しい生徒を黙らせるために黒板をドンドンと叩く。教卓ではなく、黒板である。理由は、以前それをやり過ぎて教卓を破壊してしまったからだ。
「えー、知っている奴もいるとは思うが今日から同じクラスで一緒に勉強する仲間が増えた。暖かく迎えてやって欲しい」
そんな言葉と裏腹に男子のテンションは上昇中である。到底『暖かく迎え』られるとは思えない。どう見ても熱烈歓迎の様相を呈している。
「それじゃ入って来てくれ」
瀬川は廊下から転校生を連れてくる。
入ってきた人物は男子の予想をいい意味で裏切った。
つまりは超美少女だということだ。
予想以上の美少女であったためにクラスは静まり返った。あまりの美しさに言葉を忘れる者ばかりである。
比類なき美人。比倫を絶するほどの圧倒的な、まるで神自らが作り出したかのような、まごう事なき美人というやつであった。
顔のパーツはそれぞれがこれ以上ないほど素晴らしく、その配置でさえも芸術的といえるものである。そして体の方も出るとこは出ながらにしても全体のバランスは均整が取れている。そして、腰ほどまである黒髪が枝毛も見当たらず、素晴らしい。
やがて、教室のあちこちから、ほうとため息が漏れてきた。呼吸も忘れている者がいたようだ。
一方、智昭は別の意味で言葉が出なかった。
『あいつ、やっぱり転校してきやがった。しかも同じクラスとか何処の小説だよ』と、一人苦虫を噛み潰した様な顔をしている。
この場に苦虫がいたら本当に噛み潰しそうだ。
やがて転校生は壇上に上がり、自己紹介を始める。
「城戸崎玲奈です。よろしくお願いします。皆さん、仲良くしてくださいね」
微笑みと共に最後の台詞が効いた。
その言葉と共に男子が沸き立つ。野太い歓声が響く。最早その威力は最終兵器である。これから、彼女を最終兵器玲奈と呼称すべきであろうか。
そんな戯言は置いといて、何故か男女ともに盛り上がる教室。
「仲良くしまーす」
「寧ろ仲良くなりたいです」
「はあ、はあ、・・・・仲良くなろう・・・」
「先生。別の意味で仲良くなろうとしてる人がいます」
「お前ら黙れ!」
方波見はあまりの盛り上がりに収拾がつかなくなりそうだったので、とりあえずは生徒を黙らせる。
「今日の一限目は私の授業だからな。一限目を自習にして質問時間にしよう。このままだといつになっても静かにならないからな。ただし、あまり煩くしないこと! それを破ったら、私直々に制裁を加えてやる。あと、転校生は蓮華の後ろの席が空いているから、そこに座れ」
そう宣言して教室の後ろに引っ込む。
智昭の席は窓際の後ろから2番目である。よい場所だといえよう。玲奈が後ろに来るまでは。
だが、質問時間が始まるとみて移動しない玲奈。
「それじゃ、これから質問ターイム。どんどん質問しちゃいましょう」
途端に仕切り始める、自称お祭り好きの平間 香奈枝。黒板の前に陣取ってチョークを片手に質問者をドンドン当てていく。
「城戸崎さんの趣味は?」「読書です」
「好きな食べ物は?」「何でも食べますよ」
「好きな色は?」「青ですね」
「彼氏はいますか?」「残念ながらいません」
この質問により歓声を上げる男子。
「お前らうるさいぞ!」
方波見に注意されてしまう。
しかし、それでも質問タイムは続けられるのであった。
「スリーサイズは?」「トップシークレットです」
「今日の下着の色は?」「・・・黒・・・て言ったらどうします?」
後半の二つの質問が最後の質問となってしまった。なぜなら、下着の色についての質問の答えによって、いたる所で喧々囂々の議論が始まり、最早収拾がつかない事態になり、方波見がうるさい連中の頭に一人ずつ拳骨を落としていったからである。
「お前らが約束を破ったからな。授業を始める」
生徒達からブーイングの声が上がる。
「喧しい。もとはといえばお前らがうるさかったからだろうが」
と、生徒の言葉を封殺し授業を開始する。
「ねえ。教科書見せてくれませんか?」
後ろから声が聞こえる。
「どうして見せなきゃいけないんだよ」
「そんなの、転校生は教科書持ってないからに決まってるからじゃないですか」
補足するが、窓際の席は隣がいない。机が7列だからである。
必然的に前の人間が見せなければ見せてくれる人がいないのだ。
尤も、玲奈であれば横に頼めば見せてもらえただろう。しかし、彼女は敢えて智昭に頼む。
「わかったよ。教科書は見せてやる」
このまま断るのも悪くはないが、そうすると智昭のクラスでの立場が危うくなる可能性があった。第三者から見ると、可憐な少女で、しかもまだ学校に慣れていない転校生を苛めている構図になりかねない。それを危惧したのであった。
智昭は正直玲奈とどう付き合って行けば良いかわからなかった。
誰か教えてくれ、と叫びたいほどに。
「ありがとう」
玲奈は微笑む。
玲奈をチラチラと見ていた生徒は一斉に顔を赤らめる。男女の区別なく。一切合切。唯一の例外は智昭だった。
智昭は直視してなかったからに過ぎないが。
智昭は後ろを向くと一つの教科書を2人で読む。智昭は若干辛そうである。
それを見兼ねたのか、方波見が助け船を出す。
「蓮華。お前椅子をずらせ。ついでに槙野の机を2人で使え」
するとどうだろう。周囲の恨みの籠った視線が智昭に集中する。
冷や汗が止まらない。
◇
そんな感じで今日一日はクラス全体が終始浮ついた雰囲気であった。クラスだけでなく、学校全体も浮ついていた。
休み時間の度に、噂の美少女転校生を見に来ようと教室に様々なクラスの生徒が訪れた。
玲奈はいちいち彼等の質問に答え、微笑みを返す。それを見て、大体の生徒は返答がしどろもどろになるのであった。
その日の放課後のことである。
いつものように3人で話していた時に、和宏が玲奈についての話題を振る。
「どうだ? 転校生は」
智昭は今日一日の様子を考える。
「ここまでくると逆に冷めるな」
「そうだな。俺もそこまでは・・・って感じだったな」
「なんだよ。選べる身分ってのは違うもんだな」
「そういう意味じゃねえよ。なんていうかさ、違うんだよな。上手く言えないけど」
「どうせ二次元の方がいい、とかそんなんだろ?」
「まあそうなんだけど、それとは違うっての」
和宏はほとんど知る者がいないが、二次元大好き人間である。顔もいいのに残念な奴・・・と、この秘密を知った者からは度々思われている。秘密と言えるのかどうかはこの際問題ではない。
「有希はどうだ?」
誤魔化すように有希に話を振る和宏。
「ちょっとあんなに美人だと近づきがたいというか・・・気後れするというか・・・」
「自分よりかわいい存在は許せないってか?」
からかうような和宏の口調。
「違うよっ。ただ・・・・」
「ただ、智昭と一緒に教科書見てるのは許せないってとこか?」
「そうなんだよね。どうして方波見先生もあの席にしたんだろう?って違う違う。」
慌てて否定する有希。
それを横目で見ながら呟く。
「今日も平和だな」
しかし、その平和な日常がこの後すぐに完膚なきまでに破壊し尽くされるのを智昭はまだ知らなかった。