第三話 これは高校生ですか?-いいえ、〇〇〇です。
「ここが苑宮市ですか。噂の彼はこの街にいるのですか。探し出すのに苦労しそうです」
ブツブツと少女は呟く。だが、彼女は気付いていない。駅のプラットホームで独り言を言っている為に、周りの人間から引かれていることを。
正直独り言を呟いている人間からは誰しも離れたいと思うだろう。彼女の容姿が優れていることもまた、その恐ろしさを助長しているように見受けられる。
その類稀な程の容姿をした少女の名は城戸崎 玲奈。彼女には崇高なのか良く分からないが目的があってここ苑宮市に来たようだが、正直傍目にはイタイ子にしか見えないのであった。
やがて彼女は駅を出て、これから住む予定の住居へと歩いていく。
・・・その一時間後のことである。彼女はまだ街を彷徨っているのであった。なぜなら、彼女は決して認めようとはしないが極度の方向音痴である。知り合いに言わせれば、通路が2つに分かれている時に彼女が選んだのと別の道を行けば必ず目的地に辿り着ける、とのことであった。
「う~。一体何処にあるのでしょう。全然わかりません」
玲奈は地図を見ながらぼやく。
余談ではあるが、地図は現在地がわからなければ全くと言っていいほどに役に立たない。そして、女性は地図を読めない人の割合が高いと言われている。この2つの要因が単純に合わさって、彼女は目的地へと辿り着けないのである。(決して複雑に絡み合ってはいない)
しかし、『捨てる神あれば拾う神あり』とはよく言ったもので、救世主(玲奈にとっての)が現れた。その時の彼には後光が差していた、と後に玲奈は語る。
「道に迷っているのか? 良ければ案内するぞ」
智昭がこの残念な少女を見かけたのは方波見の呼び出しによって職員室へ出頭した帰りのことである。あまりに挙動不審なので一応声をかけてみただけのことである。しかしこの行動によって後々後悔する羽目になるとは現時点では智昭は知る由もない。
智昭を見て、玲奈は驚きの表情を浮かべる。
「なんだ? 俺の顔に何か付いてるか?」
「いえ、別に。気分を悪くしたようならすみません」
ペコペコと玲奈は頭を下げる。そして照れ隠しに微笑む。
「別にいいけど・・・。兎に角、目的地どこ?」
ぶっきらぼうに答える。言うまでもないが、これも照れ隠しである。
美少女に微笑まれたら、特に女性慣れしていない智昭にはどうすることもできず、顔を逸らして、話題を変えることくらいしか対応策がなかった。
「ここです」
玲奈は地図と住所を書いた紙を渡す。
ここで、驚愕の事実が発覚する。
「これ、俺の住んでる部屋の隣じゃねえか」
なんと玲奈の新しい住居は、マンションで快適な一人暮らしを謳歌している智昭の隣の部屋だったのである。そういえば、最近隣に住んでいた田中さんが引っ越したのを思い出した。つまり、その後に玲奈が引っ越してきたということだろう。
「え?うそっ」
玲奈は驚愕のあまり目を見開いた。
「いや、間違いない。これは俺の部屋の隣だ。それなら、家に帰りがてら案内してやれるがどうする?」
まさか、機関がここまで徹底してくるとは思わなかった玲奈は暫し思考が停止する。
それを迷っている、と考えた智昭は行動に出る。
「いつまで迷ってんだよ。ほら、行くぞ」
あまりに時間がかかっているのに耐えられなくなった智昭は玲奈の手を取って連れて行こうとした。ここで、一つの不幸な事件が起こってしまう。
「きゃっ!」
いきなり手を掴まれたことに動転した玲奈は思わず智昭を投げた。
「え? うわっ!」
─────ドシンッ!
いきなりであった為に受け身も取れなかった智昭は背中から地面に叩き付けられ、暫く痛みに悶絶することとなった。
どうもこうも本当に不運な奴である。今日は3回も強烈な攻撃を受けている。不幸補正がかかっているのかもしれない。
「ごめんなさい」
玲奈は申し訳なさそうに謝る。当たり前のことだが。もし、謝るときに申し訳ない感じが出ていなかったらそいつはどれだけふてぶてしいのか想像に難くない。
「ま、まあ気にすんな。いきなり手を掴んだ俺も悪いしな」
とは言いながら、智明の顔は若干引きつっていた。無理もない。突然投げられて全く気にしていない人間がいたら寧ろ注意すべきだ。それは極めて特殊な嗜好の持ち主であるか、仏のように慈悲深い人間のどちらかであるからだ。どちらも普通の人間からは程遠い。
「ちょっとびっくりしてて、止まっていただけです。まさか偶然あった人が隣人だなんてそうあることではないでしょう?」
尤もな意見だ、と智昭は思う。
「そうか。じゃあついてきて」
「わかりました」
そう言うと、玲奈は智昭の後ろをついてくる。
程なくして目的地が見えてくる。
「ここだったんですか・・・」
玲奈は目の前が暗くなりかけた。なぜなら、行こうとしていたマンションは駅からそんなに離れていなく、さらに言えば一回既に通ったところであったのだ。これぞ方向音痴クオリティと褒めたたえたくなる程に悲惨である。一体さっきの一時間は何だったんだろう、と人生を儚んでも仕方がないくらいに悲しい結末ではある。
「もしかして、一回ここ通ったとか?」
智昭はあくまでも冗談のつもりで言った。しかし、玲奈の様子を見ると軽く笑い飛ばせなかった。それ程までに彼女は落ち込んでいた。事情を知らない人が見たらそれこそ自殺を心配してしまうぐらいに。
「そう、です・・・。どうしてわからなかったのでしょうか・・・」
玲奈は俯きながら笑い始めた。これに身の危険を感じた智昭は無理矢理話題を変えることに決めた。
「そういえば、ここに何の理由があって来たんだ?」
あからさまな話題変更ではあったが、玲奈はいつまでも嘆いていても仕方ないと思い、気分を変えるためにそれに乗る。
「いろいろとありまして」
玲奈ははぐらかす。本当の理由を言う訳にはいかないからだ。言ったところで実はそんなに問題はなかったりする。ただ、可哀想な人認定をされるだけである。
「そう言えば、蓮華智昭って人を知ってますか?」
爆弾が投下された。その威力たるやTNT火薬1t分ぐらい。いまだに爆弾の威力とかはTNT火薬いくら分とかを目安にしていたりする。そんな話は置いといて、この言葉で智昭は確信した。彼女が何らかの組織の人間であることに。
ここが所謂アドベンチャーゲームとかで言うルートの分岐点である。この選択肢においてどちらを選ぶかによってこの先の未来が変わる。そんな決断を智昭は強いられている。
しかし智昭はあっさりと決めた。こんな選択はこの先いくらでも出てくるなら、今すぐに決められなくては男ではないとかそんなかっこいい覚悟があったわけではない。何も考えずに反応したのだった。
「俺のことか?」
「貴方のこと?」
「名前はそうだが」
「まあ細かいことは後でいいです。取り敢えず部屋に行きましょう。こんなところでいつまでも長話しているわけにもいかないし」
そこで、智昭はいまだに入り口付近にいることに気が付いた。
「わかった。まずは部屋についてからだな」
しかし、この時は智昭は気付いていなかった。実は最初から智昭の正体がバレていたことに。
◇
彼等の部屋は五階にある。この建物自体は九階まであるのでそんなに高い位置にあるわけではない。つまり、この場合はナントカは高いところが好きと言う諺は当てはまらないのである。
そんなこんなで新しい住居に上がった玲奈は既に引っ越し業者によって運ばれてきている荷物を開け、軽く着替えた。それから、隣の智昭の部屋を訪ねる。
──────コンコン
親しき仲にも礼儀あり。つまり親しくない仲にはより礼儀が必要なわけで、一応玲奈はドアをノックする。
意外にも智昭の反応は早く、すぐにドアは開けられた。
「あれ? 着替えてきたんだ」
「当たり前です。それぞれの場に適切な服装というものがありますので」
「そうか?あれでもよかったと思うけどな」
「一応礼儀ってものがありますから」
「そうだな。まあ上がれよ」
そう言って、智昭は玲奈を招き入れる。
彼の部屋は玲奈の部屋の間取りとそう変わらず、一人暮らしにはやや贅沢に感じる2LDKである。
『やや』ではない、『かなり』かもしれない。世の中には六畳一間とかそれよりもっと狭いところで暮らしている人がいるからして。
智昭は玲奈をリビングへと連れて行き、取り敢えず『お客にはお茶』という精神からお茶を用意する。緑茶を。
その間、玲奈はボーっと中を見渡す。特に深い意味はなかった。専門家なら家具の配置やら何やらでその人の考え方とかそういうのがわかるかもしれないが、生憎玲奈はそれの専門家ではなかった。
「待たせたな」
そう言ってお茶を手に智昭が現れたのは5分後のことである。
何故5分だなんて微妙な時間なのかというと、彼は既にお湯は準備していた。しかし玲奈にどのカップあるいは湯飲みを使うかで少々迷っていた。ちょっと人には言えない類の恥ずかしい話である。
「それで何故俺を探していたか、というところから話を始めていきたいんだが」
「ええ。それで構いません」
「何で俺なんかを探してた? こんな良くいる一般人である俺を。もっと特殊な特別な人間なんかざらにいる筈だ。俺である必要性がまるで感じられない」
「そんなこと言って、本当はわかっているんじゃないですか? 何故、その一介の高校生が様々な組織に血眼になって探されているか。惚けても無駄です。こちらはもう既に調べがついていますので。これはもう既に始まった時点で終わっていた類の問題です」
「いや、本当に何のことだか良く分からない。俺は一般的な男子高校生であり、それを大きく超えるようなことはない。同姓同名の人違いじゃないか?」
あくまで智昭は惚け続ける。なんというかあまり認めたくなかったからの行動である。
「もういいです。さっさと本題に入りましょう。ねえ、〈神殺し〉さん」
バレていたか、と小さく舌打ちする。
「バレバレです。演技も下手くそですし。でも実際に会ってみると何か全然そんな感じがしません。人違いって言われたら本当に信じてしまいそうな程に平凡だし、覇気もないです。一体どうやってその力を手に入れたか逆に疑問に思ってしまいます」
「余計なお世話だ」
「後学のために話してくれませんか?」
「気が向いたらな」
素気無く智昭は断る。あまり人には話したくないのだろう。そんな表情をしている。それに玲奈も気づき、問い詰めようとした口を閉ざす。そしてこの空間には何とも言えない沈黙が訪れる。流石に気まずくなってきた智昭は話題を振ろうと考える。しかし、女性に対してあまり免疫のない智昭は考えれば考えるほどにドツボにはまり、まるで話題が出てこなくなる。
この停滞を先に破ったのは、やはりというか当然というか玲奈であった。
「いつまでも黙っていても気持ち悪いし・・・本題に入ります。私の所属する王生機関はあなたと友好関係を結びたいと考えています。そしてその代表に選ばれたのが私です。これからよろしくお願いします」
「やっぱそうか・・・。予想はしてたがな」
長大息をつく。
「ため息をつくと幸せが逃げますよ」
よくある忠告ではある。だが実際ため息如きで幸せが逃げるのだろうか、という疑問は常について回る。仮に逃げるとしてもその前から全力疾走で幸せが逃げている場合はどうすればいいのか。答えはいつも闇の中なのだ。
そんな愚にもつかないおかしなことを智昭は考えている。そうでもしていなければ気が滅入ってしまいそうなのである。
「ホントこれからどうすりゃいいんだか」
「いつも通りで良いと思いますが。それと神殺しの力って一体どんな力なんですか? っていうか神なんて本当にいるんですか?」
「お前それでもそういう機関の人員か? そういうのに少しでも詳しければ大体皆知っているようなことだろ?」
「私は具体的なものが知りたいのです。古来、神殺しなんて日本には僅かにしかいません。一番最近の記録でも数百年前。海外の情報なんてほとんど入ってこないから実際どんなものかなんて知っている人は少ないと思います」
「大体神殺しなんてほんの少ししかいないだろうが」
それでは不服なのか、じっと智昭を見つめ続ける。
それに根負けした智昭は話すことにする。
「仕方ない。話してやるよ」
◇
説明しよう。神殺しとは端的にカミを殺した者のことなのだ。
ただし、この場合のカミとは多くの人が想像する全知全能やら創造神とかそういった類のものではない。簡単に言えば、力の塊のような存在である。いわば天災のようなものだと考えてもらって構わない。それを滅ぼした者が〈神殺し〉という訳だ。だが、これは想像通り有り得ないようなことである。要は台風に一人突撃して一人で台風を鎮めるに等しい行為だからだ。通常の場合は多くの魔術師を用いてこれを封印あるいは鎮める。しかし、神殺しはそれを幸運・偶然・能力と使えるものを全て使い、運よくそれをたった一人で滅ぼした者につけられる称号のようなものである。これをなし得た人物で、現在も生きている者は智昭を含め地球全体に4人しか存在しない。
また、神殺しを達成した者は圧倒的な力を得る。
神殺しの能力としてはまず、有り余るほどの魔力。そして凄まじい身体能力。筋肉だけでなく、骨や腱、神経なども強化されている。そして魔術耐性がつく。因みに寿命も当然延びる。現在生き残っている神殺しの中で最年長は500を余裕で超えているらしい。
最後にカミについてだが、これは良く分かっていない。カミとは名ばかりで、別に魔神とかそんな感じの名称でも良さげなものである。人を圧倒的に超越した力を持ち、無自覚に人間社会を危険にさらす。そんな存在を果たしてカミと称してよいのかどうかについては甚だ疑問だが、現在そのように云われているのだからどうしようもない。気紛れのように時たま人間社会に現れるため、その度に多くの魔術師が動員されているらしい。
ついでだが、『説明しよう』はよくヤッ〇ーマンで使われていた。
◇
「なんか怪しい電波を受信した気がするが、実際こんなところだろう。これ以上は説明できない」
「そうですか・・・実際資料と大して変わりませんね。あと、神ってどんな存在なんですか?」
「おいおい。まあそれだけなら答えられるな。そうだな・・・少女?だった」
智昭は懐かしく思う。〈彼女〉のことを。
思えばあれが初恋だったかもしれない・・・と。
いまいち要領を得ない答えを返す。それでは満足できなかったのか、玲奈は言葉を続ける。
「意味がわかりません」
「そのままの意味だ。それ以上は何とも説明できない。実のところ張本人である俺も良く分かんないんだ」
「そうですか」
「あと、敬語は止めてくれないか?」
「でも・・・一応そういう役目ですし」
「そういう役目?」
なんだそりゃ、という顔をする智昭。
「そうです。〈神殺し〉という凄まじい力を持つ貴方に対する贈り物というやつです。いわば人質ですね。私を差し出す代わりに庇護を求めるという、戦国時代に大名たちがやっていたアレです」
「なんだと・・・」
言いようのない怒りが智昭の中を駆け巡る。
「お前はそれでいいのかよ!」
「良くないですよ?」
あまりにあっさりと正直に答えるために、威勢を削がれた智昭は鼻白む。
「は? じゃあ何でここに来てるんだ?」
「結局誰かがやらないといけないことですし。多分貴方なら無茶な要望をしないだろうと予想してましたので」
しれっと玲奈は答える。
そこで少しの間沈黙がその空間を支配する。
「お前存外逞しいな・・・」
「まあ、これから隣に住むことだけは確定してるんで。明日からよろしくお願いします」
何だか良く分からない邂逅であった。
そして、玲奈は部屋を出ていく。
思わせぶりな台詞と。
そこはかとない嫌な予感を残して。
智昭の前で扉が閉まった。