第十話 目の前には
いやあ、だいぶ遅れましたな。決して執筆をさぼっていたわけではないのですが、一か月以上間が空いてしましました。取り敢えず、これからはいつもぐらい、大体最大で二週間程度の間隔になるとは思います。ですが、私は非常に遅筆なのでこれからもずっと不定期且つ亀更新だと思っといてください。一応遅れた理由は活動報告の方にて書いてありますが、どうでもいいことなので無視してくださって結構です。
それでは本編を。
「さあ出発です」
良く晴れた早朝のこと。玲奈はそんな掛け声を発する。
「何でそんなに張り切ってるんだよ」
朝早いこともあり、ゲンナリした様子の智昭は半眼で玲奈を見る。
「そんなことはどうでもいいのです」
わからないかなあ、という思いではあ、とため息をつきながら
「些事に拘泥していては大成できませんよ。ここはその程度のことでは動じない大きな器を持っていて欲しいものです」
ふっ、と鼻で笑いながら玲奈は智昭を見る。
ほ~、大したこと言うじゃねえか、と智昭は笑う。が、その笑い方はどこかぎこちなく、また目が笑っていなかった。更には肩とかプルプルしてるし。
「そうですか。喜んでいただけて幸いです」
にっこりとほほ笑みながら玲奈は言う。何も知らない男が見たら一瞬で魅了されるような笑みだ。おそらく魅力指数が高いのだろう。これに対抗するには魅了対抗値の高い装備が必要になる。まあそんなもの装備している人間などいないだろうが。
勿論智昭は魅了されていないので悪しからず。寧ろそうだったら頭が足りないとしか言えない。例の踊っている宝石並みに賢さが低いのだろう。簡単に状態異常になる、よくある武闘家とか戦士みたく混乱して味方にダメージを与える迷惑極まりない存在だな。或いは不思議な踊りを踊るのかもしれない。MPがっ!
「ああそうかい。しかし・・・よくもまあこんな朝っぱらから元気なこった」
智昭は駅のプラットフォームにあるベンチにどっかりと座りながら言う。
「本当にそうねえ」
未だに眠そうな燿が、その目を半ば閉じかけながら同意する。
一体彼等三人は何処にいて何をしているのか。
既に出てきたと思うが、彼等は駅に居て、これから香取神宮に向かうところなのである。先日智昭が敵から取引を持ちかけられたことから、いつまでも悠長にしているわけにはいかないとの思いで打って出ることにしたのであった。
「それで、どのくらいだ?」
「何が、ですか?」
智昭の問いかけの意味が良く分からなかったらしく、? と疑問符を顔に浮かべながら玲奈は首を傾げる。
「電車が来るまでだよ」
この時、智昭は言葉の不自由さをまざまざと痛感したという。話し言葉では度々主語や目的語が抜けることが多く、そのことを失念し相手に話しかけると、かみ合わないことが起こる。その度にきちんと説明しなければならないことに面倒さを感じていたのだ。そう思うなら初めからしっかり話せよ! と思わないでもない。
ああ、というふうに玲奈は納得し、
「あと二十分程ですよ」
時刻表を見ながらそう答えた。
うげーという顔をしながら、智昭は
「じゃあさ、時間になったら起こしてくれ」
行儀は良くないがベンチに寝転がる。
そして寝ようと目を閉じたところ、一瞬ふわっとした感じがして体に衝撃が走った。突然のことに驚き智昭は慌てて目を開くと視界が随分低い。横を見るとベンチの足が見えた。
「おい、これはどういうことだよ!」
智昭は叫ぶ。地面に横たわったまま。
仕方のないことであろう。端的に言えば彼はベンチに寝転がって寝ようと画策───というほどのものではなく杜撰な思いつき程度の考えであったことは否定できない───していたところ、ベンチから突き落とされ地面に叩き付けられたのだから。
いくらダメージがあまりないといってもやっぱり不愉快な気分にはなるわけで。
怒りを露わにした智昭は玲奈に詰め寄る。
だが、玲奈は反面涼しげな顔である。まるでそんなものに気付いてないといわんばかりの態度だ。なかなかに面の皮が厚いと見える。
「大して気にするようなことではないでしょう? そもそもこういうところのベンチで寝ようと思う方が間違っているのです」
正論だった。
寧ろ玲奈より智昭の方が面の皮が厚かったようである。そんなこと既に知っていたが。
「ねえ、あんたら少しは静かに出来ないの?」
未だに眠たげな燿はそのほとんど閉じた瞼を少しも上げようとはせずに不機嫌そうな声音で呟く。眠いときに騒がれて機嫌が悪くなってしまったのだった。
なんか子供みたいなところあるなあ・・・と智昭と玲奈は生暖かい目で燿を見つめる。
まあ見た目はそのまま子供そのものだが。
そんな燿を見たせいか、気勢を削がれた智昭は怒る気も失せてそのままベンチに座って、ボーっとすることにした。
玲奈もそんな様子の智昭に対して何も言わずただ空を見上げていた。
やがて電車が駅に到着し、乗り込む一同。
はふう、とため息を吐く玲奈。
そのため息を聞く者はいない。なぜなら、他の二人は椅子に座ったまま寝ているからである。
窓から外を眺めつつ、考えてしまう。
今回の件で妙に引っかかりを覚えてしまうことに。
どうにも不自然な点がいくつか見られる。一体どういうことなのか。パーツがいくつか欠けたプラモデルを組み立てるかの如き違和感を感じるのだ。
これが杞憂であれば良いのに・・・と思う。確信は持てないけれど。
だが────だがそれでもこのまま手を拱いているわけにはいかないのだ。どこかで攻勢に出なければじり貧になる。そのためには・・・と思い、不自然な点には目を瞑る。どうせその内すべてが明るみに出るだろう。例え出なかったとしてもそれは知るべきではなかったのだ、という考えの下無理矢理にでも自分を納得させる。
今の時点で考えなければならないのは、これからあの組織をどのようにして相手していくかであってこの状況の不自然さについて、そのすべてを明らかにすることではないのだ。
その場その場で適切な判断が出来ない奴から死んでいく・・・これは誰の言葉だったろうか。おそらく玲奈の師であった者の言葉であったはずだ。
・・・いや、さっきから余計なことばかり考え過ぎだ。
パンパンと自らの頬を叩き首を振って余計な考えを振り払う。
目の前でグースカ寝ている無神経なのか鈍感なのか、はたまた大物なのか良く分からん奴を見て、少し気持ちを落ち着かせる。
何故か──本当に何でかわからないがコイツを見ていると色々なことが大したことではないように錯覚できる。まるで悩みなどとは無縁のようなそんな姿を見ることで、海のような大きなものを見たときのような、そんな安心感のようなものを感じられるのだ。
ふっ、と玲奈は笑う。とても穏やかに。何気ない日常の一コマの如く。
◇
電車が駅を出て行った。
ほぼ無人の駅。
しかし人の姿が確認できる。
智昭達ご一行だ。
「取り敢えず到着しましたがどうします?」
改札を出たところで玲奈は振り返り、そう問いかける。
「まあ、何日も何処かに宿泊するわけでもないんだし、いきなり訪ねて行ってもそう問題はないだろ」
と言って智昭は歩き出す。
まあ、それもそうですね、と玲奈も同意し歩きはじめる。
それに無言でついていくのは燿だ。
何か思うことでもあるのか、電車に乗ってからずっと無言である。とは言っても電車内ではほとんど寝ていたが。
ごそごそと鞄に手をやり、中を探ってから地図を取り出す玲奈。
「さて、それでは行きましょう」
地図を片手に意気揚々と歩き出す。
その二時間後のことである。
「おい、まだ着かんのか?」
困惑した声で智昭は玲奈の背中に投げかける。
この二時間歩き続けているのに全く目的地に着けない。聞いた時には駅からそう遠くはない、という話だったのだが。少なくとも数時間必要というほどではない。
「あれ? おかしいですね」
地図と睨めっこしながらそんなことを呟く。
ここで智昭は理解した───否、思い出したのであった。彼女がとんでもない方向音痴であったことを。
そういえばこいつ激しく方向音痴だったなあ・・・と智昭は内心頭を抱える。
貸してみなさい、と言って地図を受け取るが、はたと気付いた。
そもそも地図というものはどんなに正確だろうと、どんなに地図がしっかりと読めたとしても現在地がわからなければ全く無意味な代物だ。
どうやら玲奈は───わかりきっていたことではあるが───全く地図が読めていていなかった。まるで滅茶苦茶に進んでいたようで、現在地がどこなのかさっぱりわからない。
こんな状況では地図など持っていたところで無意味。寧ろ邪魔でさえある。
今の状態で頼るべき存在がいたらなあ・・・と智昭も玲奈も同じことを同時に考えた。だが現実は無情である。そんな存在などいようはずもない。世界は優しくないのだ。『泣きっ面に蜂』『踏んだり蹴ったり』などの諺にも表されている様に世界とは辛い思いをしている者に優しく・・・どころか更なる非道な仕打ちをすることで有名である。世界とはとことんサディスティックな一面があるのだなあ。
と、ここで・・・一人智昭の頭に思い浮かんだ人物はいるのだが、毎回頼むのもなあ・・・と言う考えの下ばっさり切り捨てる。
道の途中、それも真ん中でいきなり立ち止まり腕組みしながらうんうん唸っている二人の姿がそこにはあった。とても迷惑極まりなく、そして誰もが関わり合いになりたくない姿である。そんな連中を目にしたらほとんどの歩行者は間違いなく視線を逸らし、見つからないように歩くに違いない。気にしないのは余程豪胆な者か同じような異常な者達ぐらいだろう。
そして遂に。
その状況を見兼ねたのか、助け舟が出された。
「あんたたちいい加減にしなさいよね!」
今の今までずっと無言で、さもRPGのパーティメンバーの如く先頭の動きに合わせて動くだけのNPCっぽかった燿が言葉を発した。
「こんな調子じゃ日が暮れてもたどり着けないじゃない!」
プンスカ怒るNPC───いや、燿の姿がそこにはあった。
とは言いつつも、外見からだと子供が駄々を捏ねている様にしか見えないのが難点ではあるが。
その様子を微妙に温い目で見た二人は、
「じゃあどうするんだ?」
と訊く。
「私に任せないさいよ!」
そう叫ぶと、一人で歩きはじめる。
この時智昭は思った。
コイツなんで地図も見ないで目的地がわかるんだ? と。
そしてその旨を玲奈に尋ねると
「馬鹿じゃないですか? あの子これから私たちが目指している神宮の神主さんの娘じゃあないですか。つまりここら辺の地理はしっかりと把握しているということですよ」
と蔑まれた目で見つめられたが、智昭は思った。
「それならさ、自分で地図持って行くんじゃなくて、初めから案内してもらえばよかったんじゃないのか?」
すると、玲奈はふっと鼻で笑い
「そんなことぐらいわかっていましたよ。ですが、私はあの子を試したのです。本当に自分で言っていた立場の人間なのか」
確かに。
そう納得しかけた智昭ではあったが。
じゃあさ、とため息を吐きながら
「なんで目泳いでるの」
指摘された玲奈は、しどろもどろに
「な、何を言っているのか良くわかりませんが。べ、別に地図読むための練習とかそういうわけではないですからねっ!」
混乱してわけのわからないことを言い始めた。そしてほぼ自爆している。
どことなく今のセリフツンデレっぽいなあとか智昭は思ったが、言い方は兎も角内容がまるでツンデレっぽくはなかったので特に言うこともなかった。
それよりも台詞の後半部分がとても気になる。
おい、と智昭は呼びかけ
「地図読むための練習ってどういうことだ? お前は極度の方向音痴なんだからそんなことしようと思うんじゃない! 黙って誰かについて行けばいいんだよ!」
諸悪の根源に対して叫ぶ。
諸悪の根源は、うう、と呻き
「別に叫ばなくたって良いじゃないですか。血管切れますよ」
それでも尚且つ毒を吐いてきたが、やはり少しは悪いと思っているらしく若干弱めだ。
それよりも。
「もう、うるさいな!」
後ろで騒がれて迷惑な燿は怒る。
そりゃそうだ。自分の後ろで痴話喧嘩されて愉快な気持ちになる人間などいはしまい。無関係の連中でさえ、爆発しろ、だなんて怨嗟の声を上げるのだ。それが自分の関係者だと思うと余計にイラつくのもわかる。周りの視線もあるし───と思いきや、時間が時間なのでほとんど視線などない。ただ単に自分の感情にしか関係しないのであった。
取り敢えず、燿に注意された二人は今度こそ黙って彼女の後ろについて行った。
二十分ほど歩いた頃だろうか。
目の前に神社の姿が見えた。
「これが香取神宮か・・・」
その厳かな姿を目に収め智昭はそう呟いた。
今回香取神宮が出てきましたが、これは実際に日本にあります。ですが、一応架空のものだと思ってください。実際にカミが封じられているわけではないですし。あと、この小説では駅から歩いていますが、実際に皆さんが訪ねたい場合は駅からタクシーなどの移動手段を利用した方が楽かと。詳しくは自分で調べてください。