第六話 謎の少女
少女の姿を確認した智昭はすぐさま、怪しげなる数人組──三人の覆面で、体格的に男であると推測される──の方に突っ込んでいった。
突如として現れた闖入者に覆面野郎たちは軽く驚きながらも、その動揺を一瞬で鎮め冷静に対応してきた。
覆面の内二人が智昭の前に出てくる。それぞれの手には凶器を持って。
智昭はそれをチラリと見て、更に加速した。10数mあった距離をあっという間に詰めるべく動く。
二人はさらに加速した智昭の動きを目で追うことができず、一瞬姿を見失う。
それを好機とばかりに智昭は覆面との間合いを詰め、そいつの目の前に現れて、覆面がまともに反応できていない内に取り敢えずぶん殴った。
顔を殴られた覆面はいっそ清々しいくらいの勢いで吹っ飛び、塀に叩き付けられて、そのままズルズルと地面に滑り落ちていった。
その一連の動きを目で追い、覆面の一人を無力化できたかどうか確認した智昭は、これは大丈夫だと確信し二人目に向き直る。
向き直るとそこには手に持った鉄パイプを振りかぶってこちらに叩き付けてくる動作の途中である二人目の覆面の姿が目に映った。
一瞬智昭は迷う。
敢えて受けてから反撃するか、避けるかを。
喩え受けたとしても自分の肉体であればそこまでのダメージは負わない。しかし、態々それを相手に見せる必要があるのか。受けても大丈夫であるという事実を隠すために、逆に避けるべきではないのか。
そのような思考が一瞬のうちになされていた。
だが、それがいけなかったのだろう。
智昭は完全に失念していた。もう一人覆面がいたことを。
三人目の覆面はすでに魔術による火炎を完成させていた。
こいつらは時間稼ぎか、と智昭が理解した時には時すでに遅く、火炎は智昭に向かって放たれていた。とは言え、たかだか直径数十cm程度の火球である。実際は直撃しようと一切の怪我を負うことはない。しかし、これが直撃して無傷というのは、敵に見られると非常に拙いものであることは確かだ。大した威力がなさそうな魔術だとしても、何らかの防御もせず、ただ受け止めた場合に無傷というのは流石に有り得ない。となれば、そこから自分の正体につながる情報を与えることに等しいのだ。それだけは避けなくてはならない。そうでなければ今まで何のために平凡な生活を送っていたのか理解に苦しむことになるだろう、とそう予測できた。
予想外の方向からピンチがやってきた智昭は一瞬動きが止まってしまう。
徐々に迫りくる火炎を見ながら、もう駄目か、と観念した時だ。
それは途中で飛んできた何かによって迎撃されたのは。
何だ何だ? と覆面と智昭が振り向くと、そこには何時の間に到着したのか、二人目の覆面をこれまたいつの間にか持っていた薙刀で吹っ飛ばしながらこちらに何か投げたであろう玲奈が立っていた。
「注意散漫ですよ」
玲奈はそう叱咤する。
「すまん。あと、助かった」
智昭はそう言いながら、完全に虚をつかれた形になる動きの止まった三人目の覆面の胸部に強烈な蹴りを入れる。そいつはその攻撃を受け止めきれずに勢いよく吹っ飛び、一人目と同じ末路をたどった。
一先ず覆面達を無力化してから完全に覆面の三人が気絶していることを確認した智昭と玲奈は、先程から立ち止まっていた、もともとは追いかけられていた少女に話しかける。
「おい、大丈夫か?」
「え? あ、はい」
話しかけられた少女は一瞬ポカンとしていたが、話しかけられたのが自分だと分かり、慌てて返事をする。
それはそうだろう。今まで自分を追いかけていた謎の覆面をいきなり出てきた男女二人にあっという間に倒されてしまったのだから。目の前の事実をなかなか受け入れがたいというのも理解できる話だ。
智昭は、あーどこから話したもんかな? と頭をガシガシ掻きながら玲奈の方を見る。
玲奈はいきなり智昭に視線を向けられて、え? 何ですか? と混乱したが、智昭が音を出さずに口の動きだけでどうする? と伝えてきて、あーそういうことですか、と理解した。
こういう場合は同じ性別の方が話を聞きやすいでしょうしね、とも思い、話を聞くことに納得する。
「あの、いきなりで申し訳ありませんが、一体どのような理由であの覆面共に追いかけられていたのですか?」
少女は困惑し、警戒からもなかなか口を開こうとはしない。すぐさま逃げられるような態勢さえ取っている。
それも当然の話だ。まず、突然出てきた二人を信用することなどできようはずもない。いかにも助けたような素振りを見せつけてはいるが、怪しい人物ではないという保障も証拠もない。先程の怪しい覆面達とグルである可能性だってある。助けてもらって安心していたら、油断したところを攫われるなんてことになったら目も当てられない。そんな理由でその少女は警戒しているのだ。
「それに答えるのは、まず貴方たちが何者であるか証明してからにしていただけないかな?」
いつでも逃げられるような態勢を取りながら、その少女はそう答えた。
智昭と玲奈は互いに顔を見合わせて、どうする? と相談し始めた。
やがて、その相談も終わり、玲奈が口を開き、
「ええと、その私たちは通りすがりの一般人みたいな?」
「・・・・・・」
少女は無言で更に警戒レベルを上げた。
無理もない。唯の通りすがりの一般人が薙刀を持っていたり、大の男であろうと予測される覆面達を軽く吹っ飛ばせるはずもない。そんなことが出来る人物が一般人のはずがないのである。どう考えても一般人ではない。まだ通りすがりの変質者という方が信憑性はあろう。
少女の態度が硬いままで、軟化する様子が全く見られないことから、それどころか更に警戒されたために、智昭と玲奈はコソコソと相談を始める。
「どうする? この状況?」
「そうですね。取り敢えず彼女をここに足止めして、方波見先生を呼んだ方が良いのではないでしょうか?」
「いや、きっと話せばわかる。かの歴史上の人物だってこう言った。『話せばわかる』と」
「・・・その人その後殺害されましたが」
「・・・・・・」
いつまでも小声でコソコソと相談しているのを見て、少女は思った。
アレ? これ私がここにいる意味あるのだろうか? と。
そう思った少女はそこからの行動は素早く、走り去ろうとした。
が、恐るべきことにそれは阻止されてしまったのだ! 智昭によって。
いざ走り出そうとした少女の目の前に、その動きに気付いた智昭が、逃がすか! とばかりに目も留まらぬ速さで飛び出してきた。
人は予想外の出来事が起こると体の動きが止まる。特に突然目の前に人、あるいは物が飛び出してくると動きは止まる。少女も例外ではなかったらしく、走り出そうした姿勢のまま、目の前で起こったことに対して理解しようと努める。勿論動きは止まったままだ。
少女が呆然と見つめてくる中、智昭は口を開く。
「まあ、待ってくれないか? どうせ俺達が怪しい人物だろうとなんだろうと逃げられないからさ」
この男言っていることが最早悪人と等しい内容である。かの有名な大魔王も仰った。大魔王からは逃げられない、と。尤も智昭は大魔王ではないが、厄介さや危険さから言えば、〈神殺し〉も大魔王もさして差はないので強ち間違いでもないのか・・・? そこら辺はイマイチ良く分からないが、どうでもいいことである。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
智昭の言葉に少女だけでなく、玲奈も言葉を失った。
何言ってんだ、コイツ? とか玲奈は思い、思わず殴り飛ばしたくなったが、それをやると多分自分の手を傷めることになるのでなんとか自重した。
少女はどうやら逃げることを観念した様子で項垂れている。結局状況は何一つ好転はしていないからだ。あくまでも彼女の主観的事実ではあるが。
◇
取り敢えず、話を聞くという名目で、逃げるという気力を失った少女は二人に連行され、玲奈の部屋へと向かった。
無事に何事もなく玲奈の部屋につき、居間に三人が座る。
智昭は改めて明るい部屋で連れてきた少女を眺める。
凡そ歳は13,14程で黒髪をサイドテールにしている。また、肌は白磁のように白く、しかし唇は対照的に紅い。パッチリとした大きな、強い意志を感じさせる目。おそらく顔立ちは世間では十分に可愛らしいものであると評価されるだろう。だが、如何せん背が150㎝程度とあまり高くなく、見た目もかなり幼く見えるため、綺麗ではなく可愛らしいという評価にしかならないであろう。
少女はその可愛らしい顔を悲しげに歪ませて、
「何でこんなところに連れてこられたのかな・・・」
と、小さく呟く。
気持ちは分からないでもない。何だか良く分からない二人組に拉致同然に連れてこられたからだ。良い子の皆はこんなことやっちゃダメだぞ。未成年略取・誘拐罪でタイーホされちゃうからな。
智昭は、それを聞いてうんうんと頷きながら
「何でだろうな?」
と言った。
この時、玲奈とこの少女の気持ちはシンクロしたという。
『お前が言うな!』と。
玲奈は智昭の発言を無視し、気を取り直して再度質問する。いちいち智昭の相手をしていたら精神が持たなさそうだと判断したためだ。
「私たちの質問に答えていただけたら、いつでも家に返しますよ。再度聞きますが、何故あなたはあの覆面共に追いかけられていたのですか?」
先程智昭に何言ってんだ、コイツ? とか思っておきながら玲奈も大概であった。どう考えても、この発言も悪人の発言である。少なくとも通りすがりの一般人の発言ではない。
この玲奈の言葉に智昭は恐れ戦き、
「それ、どう考えても通りすがりの一般人の発言じゃねえな!?」
と、ツッコミを入れたが、玲奈は『そんなこととっくにわかっていますよ! 全く!』とか過激なことを内心で思っていたりするのだが、現在目の前に見ず知らずの少女がいるので、不用意に怖がらせてはいけないと考え、怒りを押し殺し、表面上はニコニコしていた。それはまあ手遅れではあるのだけれども。
「あー、はいはい。分かりましたよ。答えればいいのね」
と、色々と追い詰められた挙句、目の前で下手な漫才のようなもの見せられ、自棄となっていた少女は乱暴にそう答えるのであった。
出来れば今回で少女の追いかけられていた理由とか明かしたかったんですが、予想以上の文量となったために分けました。
何か第二章は一話の文量が若干少な目のような気がしますので、もしかしたら結構な話数なるかもしれません。