第五話 怪しげなる・・・
ここで愚痴るのもなんですが、最近本当に執筆時間が取れません。プロットもしっかりと作ってあるのに、執筆時間がないのでなかなか進みません。それが非常に口惜しいです。
「どうする? 帰るか?」
その日の授業が終わってやってきた放課後のこと───
玲奈はいきなり聞こえてきた声にビクッとした。色々と考えていて周りへの注意がやや疎かになっていた時に突然誰かの声が聞こえてきたからである。
慌てて声の主の方を振り返る。
そこには───
既に帰る準備を終えた智昭が自然体で立っていた。
玲奈は若干動揺したことが気付かれるのが恥ずかしく、平静を装って返事する。
「そうですね。私は特に事前準備とかいらないようなので帰りましょうか。でも、練習とかしなくていいのですか?」
玲奈の疑問は当然といえよう。なんだかんだ言ってもクラス対抗戦は一応勝敗はスポーツで決めるのだ。策略も大事だが、本番で勝たねば何の意味もない。故に練習が必要なのは自明の理と言えるだろう。しかし、現実は小説よりも奇怪で無情で理不尽なのである。つまり、何が言いたいのかというと、練習は必要がないということなのであった。
取り敢えず、何から説明するか迷った智昭は簡単に纏めようと思った。
「いいんだよ。理由はまあかなり巫山戯たものではあるんだけどな・・・」
が、良く考えると簡単に纏めることが困難そうなことに気が付いた。
どうしようか・・・と智昭は思ったが、やっぱりきちんと説明することにした。
「いいか。俺達がやる競技ってのはよくあるようなクラスでの団結の為に大人数でやるようなものじゃあない。もっと少人数の個人個人の能力が結果に大きく響くような競技だ。おそらく陸上系かなんかだろうな。で、更にはそこに他クラスの妨害が入る。だから、参加組は本番当日までしっかり休んでどんな状況でも大丈夫なようにしておく必要があるんだよ。ま、そこまでは建前で本音というか本来の理由としては練習ができないからなんだけどな」
「はあ・・・。つまり、いまいち要領を得ない説明ではありましたが、要は競技自体がまだ決まっていない、ということでいいのですか?」
その玲奈の言葉にグサっときたのか、智昭の顔が若干引きつる。しかも、自分の言いたかったことを簡単に纏められて更にガクっときたようで、何とも言えない表情をしている。
「あ、ああそうだ。競技は公平を期するために、直前まで競技内容は公開されない。だから、事前の妨害などでその競技における有力選手が潰されるのを防ぐことが出来るんだよ」
「一応考えられてはいるんですねぇ」
ふむふむ、と玲奈は頷いている。
ということは、
「私達は練習もなく、妨害工作もない。要するに、何の仕事もないニートのような存在であると、そういうことですか」
玲奈は一人で納得する。
「そうなるな」
だが、そんな智昭の相槌は無視され、何の反応も帰ってこなかった。哀れである。
◇
何はともあれ、特にすることもないので、玲奈は智昭の誘いに乗り帰ることにした。
帰り道、玲奈は一つの提案をする。
「今日は寂しく二人なので、何処かに寄って行きませんか?」
「そうだなぁ。あの二人も何らかの工作をするとか言ってたし、暫くは二人で帰ることになりそうだしな。俺は俺で特にすることもないし・・・いい案かもしれないな。よし、乗った」
放課後、時刻的には夕方ではあるが、この季節だ。周りはまだ昼のように明るい。健康的な高校生であれば、すぐ家に帰ってしまってはもったいないと感じるほどだ。家に帰るなど暗くなってからで十分。そんな子供みたいな論理が適用されそうな、それ程の好天だ。この季節にしては珍しいほどに。
「それでは、ここに行ってみませんか?」
そう玲奈が指し示すのは、いつの間にか手に持っていたチラシである。
「ん? 何だそれ?」
智昭はそれを覗きこみ、絶句した。
「ちょ、おま、それ何処で貰ってきた!?」
あまりの驚きに智昭の言語野がおかしくなったがそれはどうでもいいことである。誰しも驚いたときには言語野がおかしくなるものだからである。たまにならない者もいるがそれはおそらく人間ではない何かか、あるいは驚いていないかのどちらかであろう。
そんなわけで、驚きのあまりおかしくなった智昭は捨て置くことにする。いや捨て置いたら駄目じゃねえか。失敬、言葉を選ぶ必要があった。智昭は放置しておこう。あまり変わってないとか野暮な突っ込みは受け付けていないので悪しからず。
まあ、話を戻すが。
智昭は一体何を見たのだろうか。
チラシには『THE・冥土喫茶』と書かれていた。
「以前歩いていた時に配っていたので、そのまま貰ったものです。面白そうじゃありませんか? というわけで行きましょう」
有無を言わせない感じで玲奈は歩いていく。
それを見つめながら
「こ、これは・・・」
思わず唸ってしまう智昭。なぜなら、一時期噂になったこの店のことを智昭は知っているからだ。あくまでどんな店か知っているだけで、行ったことはないのだが。
この店、名前が明らかにそういうもののように思えるのだが、実は違うので、一見さん特に名前で選んだ人は大体引っかかっている。『罠だっ!』とかなんとか叫んで逃げ帰るのだ。
ところで、この店は一体どのような喫茶店なのだろうか。
賢明な方ならお分かりかと思うが、ここは決して冥土なメイドがいるわけでもないし、客を冥土に落とすメイドがいるわけでもなし、べっべつにメイドがいるってわけじゃないんだからね、ということでもない。くどいようだが。簡単に言えば、字の通りに冥土、つまり黄泉の国のことである。まあ、店員が鬼の姿やいかにもな幽霊の格好をしていたり、何か三途の川的なものがあったり、賽の河原的なものもあったりする。的というだけあって実際にそのものがあるわけではなく、なんかモチーフにしたものがあるだけなのだが。てか本当にあったら怖い。怖すぎる。それただの黄泉の国だから。
とまあそんな感じで色々と危険なところである。
玲奈が先に進む中、明らかに行きたくなさそうな顔の智昭は立ち止まった。
「どうしたんですか? 行かないのですか? こんなに面白そうなところなのに」
一人でどんどん先に進んでいた玲奈はふと後ろを振り返ると、智昭がさっきから歩みを止めて進んでいないことに気が付いた。
「いや、折角天気もいいしさ、建物の中に入ってるよりかは外の方が良いんじゃないかと思うんだよ、俺は」
言外に行きたくないと告げる智昭。
しかし、玲奈はそれに気づいているのか気付いていないのかは定かではないが、その提案をピシャリと撥ね退ける。
「いえ、こういう時こそ寧ろ新たな場所に行くべきではないかと。この好天が私たちに新たな場所を開拓せよ、と囁きかけてくるのです」
最早何を言ってるのかわけがわからねぇが、取り敢えず玲奈の決心が非常に硬いことだけは良く分かった。
それでも智昭は諦めずに遠まわしにこの店は止めようと訴え続けるのだが、玲奈は聞く耳持たず。最終的には実力行使で智昭は店の前まで連れてこられてしまった。
「そうか、ここがか・・・」
無理矢理連れてこられた智昭の背にはどこか哀愁が漂っていたとかいなかったとか。
「意外とちゃんとしたとこだなあ」
信じられないかもしれないが、これが智昭の店内で発した第一声である。
最初は嫌がっていた智昭が何故このような発言をしたか・・・その経緯を追っていこう。
初めは嫌だとか贅沢なことを言っていた智昭だったが、おそらく鬼であろう格好をした店員が注文を取りに来て、注文の品が届いたあたりから徐々に態度が軟化していった。それは何故か。偏に品物が良かった、ということだけである。だが、それが大事なのだ。確かに外装は客を集めるのに重要な要素をもっていることは否定できない。しかし、それだけでは初めは物珍しさで訪れていた客もすぐにさてしまい、固定客が獲得できない。が、逆に商品そのものの価値が高ければ、ちゃんと客が来る。勿論外装を疎かにしてはならないが。つまり、結局のところ、智昭が注文したコーヒーが非常に美味であった故に智昭の態度が軟化した、という訳である。現金な奴め。
◇
そんな感じで小一時間ほどゆっくりとしてから、特に目的もなくぶらぶらとしていると、大分日も長くなったとはいえ、いつの間にやら日も大分傾いていた。
「もうこんな時間か・・・」
薄暗くなってきた道を歩きながら智昭はそう呟く。
見上げれば焼けるような赤が西の空を覆い尽くしている。
「そう、ですね。時間が経つのは早いものです」
二人は歩きながら徐々に沈んでいく太陽を眺めていた。
そして、日も完全に沈み夜の帳が下りてくる。
暗くなってきた夜道を歩きながら智昭はふと時計を見る。そこに表示された時間を見て小さく声を上げた。
「あーどうすっかねえ?」
この季節の日の長さを完全に失念していた智昭は夕食をどうしようか、と考え始めた。明らかに今から帰って準備をすれば、かなり遅い時間に食べることになるのは間違いない。
それは玲奈も同じだった。
「そうですね・・・何か買って帰ります」
「俺もそうしよっかな」
特に他にいい案も見つからないのですぐさま決断した智昭。
「じゃあコンビニでも寄ってくか」
そう言って進路を若干修正した時だった。
何処からか誰かの叫び声のようなものが聞こえたのは。
智昭と玲奈は二人で顔を見合わせる。
「今何か聞こえなかったか?」
「えっと、聞き間違いではなさそうですね」
二人は走り出す。声の聞こえた方向に。
2,3分ほど走っただろうか。予想通りだが智昭が先に辿り着き、そこで見たものは。
怪しげな数人組に追いかけられている少女の姿であった。