第十七話 PKフ〇シュ
逃げ出した智昭は近くの公園に移動した。
「取り敢えず、ここまで来ればすぐには追いつけないだろ・・・」
智昭は誰ともなしに呟く。
腕の中の玲奈をベンチに寝かせ、自分も一息つく。
「予想以上だった・・・。あれがプロか・・・」
智昭は未だに勘違いをしていた。あの男が、何らかの依頼を受けて玲奈を狙っている者だと思っているのである。
そもそも、智昭は先日の仕事の時にジョアッキーノを見てはいない。それは玲奈も同様ではあるが、相手の行使しようとしていた術やら目的やらでなんとなく察してはいた。だから、勘違いしてるのは智昭ただ一人なのだ。
しかし、智昭はそんなことを考えてはいない。
彼の考えていることは、奴の強さ、それのみだ。
先日のような仕事自体は何度かしたことがあるが、このような戦いは初めてである。大体、普通の奴が智昭と同等に戦えるはずがない。智昭は経験こそ少ないが、曲がりなりにも〈神殺し〉である。身体能力では同じような存在でしか並び立てない。だからこそ、普通の存在では勝つことはできない。いや、言葉が悪い。初から勝負にすらならない。
故に。
今の智昭と同等に戦うには、少なくとも一流以上の能力で、更には経験豊富な者でしか成し得ないことだ。
つまり、彼は相手が何らかの依頼を受けたプロであると思っているのだ。
壮絶な勘違いではあるのだが、今回の件で勘違いをしていても何ら影響はなかったりする。
奴───ジョアッキーノ───は、かなりの戦闘能力と経験がある。つまり、一流のプロとまるで遜色のない実力があるのだ。
これもいい経験であるとか、智昭は考えている。
唯一の誤算は玲奈のことだけだ。
何をすればいいのか、知識のない智昭ではわからないため、ベンチに寝かせたままではあるが、一向に目を覚ます気配がない。
どうしたものか、と智昭は内心頭を抱える。
放っておくわけにもいかないし、かといってここでずっと休んでいるわけにもいかない。先ほどの様子を見れば、あの男は玲奈に執心であることは間違いがないのだから。必ず追いかけてくるだろう。その時、玲奈の意識がないままでは都合が悪い。ふとした拍子に攫われることもあるかもしれない。今回こそ間に合ったが、次に間に合う保障などどこにもない。そのまま攫われてENDなんてことも有り得る。それは避けなくてはならない。
だとすれば、これからの行動に対していろいろ考えを巡らせなければならないことはちょっと頭を働かせればわかることだ。
智昭は対策を立てはじめる。
一番良いのは、玲奈を何処かに隠して智昭だけ戦うことだ。
及第点として、玲奈を誰かに預ける、というのも悪くはない。だが、そうすればその預けた相手にも危険がある可能性もある。
最悪なのは、玲奈をこのままにしておくことだろう。
結局、智昭は玲奈を何処かに隠しておくことにした。
この時、智昭の頭からは誰かに頼ることなど抜け落ちていたのだ。おそらく、方波見にでも連絡すれば、すぐに駆けつけてくれ、智昭との共闘であっという間にケリがつくだろう。
しかし。
焦りがあるときは、基本的に視野が狭くなるものだ。冷静な時には簡単に思いつくようなことも、なぜか思いつかない。思いつかないことに焦り、余計に焦るのだ。そうして悪循環になっていく。
幸いにして、智昭は誰かに助けを求めることを思いつかない程度には焦っていたが、恐慌をきたすほどではなかった。ある程度は周りが見えている。そのぐらいの余裕はあった。
したがって、現在のこの状況が悪いことには悪いが、最悪には程遠いこともまたわかっていた。
今、智昭の頭を悩ませている玲奈だが、その悩みを解決できる最良の策は玲奈が目を覚ますことなのだ。玲奈さえ目を覚ませば、意外とどうにでもなったりする。
そのために、智昭はいろいろと考えながらも、一縷の望みをかけて玲奈が起きるのを待っていたりするのだ。
玲奈の覚醒が早いか、それともジョアッキーノの到着の方が早いのか、それこそ神のみぞ知ると言えるかもしれないが、なかなかに智昭に形勢が傾いてきた。
「んんっ」
玲奈がベンチの上で僅かに身じろぎする。もうすぐ目を覚ますようだ。
どうして、玲奈がここにいるのか。隠すとか言ってなかったか?と思うかもしれないが、暫し待って欲しい。智昭は考えた。一体何が最善手なのかを。確かに先程玲奈を隠そうと考えた。だが、ギリギリまで待っていみようとも思ったのだ。隠すのは場所さえ確保してあればギリギリでも構わないだろう。とすれば、時間的に間に合うぐらいまでは玲奈が目覚めるまで待ってみるのもいいかもしれない、と思ったのだった。
智昭は勝機が見えてきたことと、玲奈が起きることに安堵する。実は心配していたのだろう。
玲奈の目がゆっくりとだが開いていき、
「ここは?」
と、尋ねてきた。
「ここは公園だ」
智昭は答えてやる。
「あれ? 私は確かあの男と戦って・・・それからあの術を止めようとして・・・」
疑問符がいっぱいのその顔を見て、智昭は自分も疑問に思っていたことを訊こうかな、と思った。
「えーと。いろいろとあったんだけど、簡潔に纏めよう。取り敢えず、お前はあの男と戦ってヤバい状態に追い込まれた。そこで俺が駆けつけてアイツと戦った。それで、しばらく殴りあっていたんだが、動けるまでに回復したお前がアイツを持ってた薙刀で切り付けた。ここまではいいか?」
「はい。そこまでは記憶にあります」
「それでだ。アイツは多分危機感を持ったんだろう。突然何か唱え出して、アイツの体が光ったんだよ。で、それをお前が止めようとしたんだが、生憎と間に合わず奴の術は発動した。すると、急に体が輝いて、お前が倒れた、と。これは拙いぞ、と思った俺はお前を担いでここまで逃げてきたわけなんだが・・・」
そこまで智昭は言うと、玲奈は何やら考え込み始めた。
「なるほど・・・。それで、逃げ切れたんですか?」
「いや、多分追いかけてくるだろ。あと十数分ぐらいでここに辿り着くんじゃないか?」
智昭は肩を竦めながら、そう答える。
「そうですか・・・」
玲奈は誰でもわかるくらいシュンとした。
一応説明したし、こっちも質問していいかな?とか智昭は思ったので、実は疑問に思っていたことなどを一気に解決すべく、質問してみることにした。
「そういえばさ、こっちもいろいろと質問があるんだけど・・・」
「・・・時間が許す限りならいいですよ」
一瞬迷う素振りを見せた玲奈だったが、ここで両方の疑問を解決しておいた方が後々良いのではないか、と考え直し了承する。
そこには全くと言っていいほど知識の欠如した智昭が心配だという思いもあったかもしれない。
「二つほど質問があるんだが・・・まず、いつの間に薙刀なんて持ってたんだ? 流石に持ってこれなくて置きっぱなしだが」
「ああ、あれですか。あれは私が召喚法で呼び出したものです。もう一度呼び出せば、また使えますよ? 今はやりませんけど」
何故か疑問を解決するための答えなのに、更に疑問が増えて混乱する智昭。
「ちょっと待て。召喚法ってのが多分武器を呼び出したんだろうってことはわかる。だけど何で今使ったらダメなんだ?」
「簡単です。今使ったら、あの男にここを突き止められるからに決まっています」
ここまできて智昭は思った。
『俺、全然知識ないこと忘れてた・・・』と。
つまり、藪を突いて蛇を出した感が強い。そもそもの知識が足りていないため、質問をすればするほどわけがわからなくなっていく。
誰か助けてほしい。切実に智昭はそう願った。
このまま質問を続けても埒が明かない・・・そう感じた智昭は質問を変えることにした。
「それはそうと、あのピカーって光ったやつは何?」
「あれですか・・・。あれは、あの光を見た者に対して精神ダメージを与えるものです。ですが、かなりの魔術なので、使えるものはそうはいません。と言うか、あれを一人で使えるあの男はかなり異常です」
頭痛を堪えているのか、玲奈は頭を押さえている。
智昭はイマイチ実感がわかず、ふーんといった感じ。
そんな智昭の様子に驚き呆れる玲奈。
「なんでそんなに余裕なんですか?」
暗に馬鹿ですか?とか聞いてるみたいな言い方。
現に玲奈はジト目である。
「あれが普通の魔術だってわかっただけでも収穫だ。それに俺は〈神殺し〉だし。アイツ程度の魔術が効くような、そんな柔な体はしてない」
そう言えば、あなたも規格外でした・・・と玲奈はため息をつく。
「あの光るやつって精神ダメージとかいうけど、どんなもんなんだ?」
なかなか想像がつかないようで、智昭はさっきから首を捻っている。
精神だなんて目に見えないものにどうやってダメージを与えるのか、と魔術に対する様々な疑問がさっきから湧き出ている。
考えてみれば、魔術には不思議なことが多い。方波見の攻撃が智昭に対して有効ダメージを与えることとかも。
「簡単に言えば、相手の意識を刈り取るなどといった効果が期待できます」
「それって凄いの、か・・・?」
智昭がそう思うのも無理はない。凄いというから期待してみたら、実際は相手の意識を刈り取るだけの効果しかないのだから。尤もマンガ的な凄いものを期待するだけ無駄だと言えるが。
「ええ。相手をほぼ無条件で無効化できます。殺さずに取り押さえたい時などに重宝しますね」
「・・・へー」
若干智昭の返事が投げやりなのは否めない。
期待外れもいいところなので。
普通は光ったらもっとすごい効果を期待してしまうだろう。例えば、爆発するとか、衝撃波で周りを吹き飛ばすとか。
それどころか、無傷で相手を捕まえる程度の魔術とか・・・。
ショボイにもほどがあるな。
わかりにくい方はMOTH〇RのPKフラッシュを想像するとわかり易い。
つまりは、非殺傷系の高等魔術なのだ。智昭は知る由もないが、分類的には幻術系に属する。太〇拳みたいに相手の目を一時的にでも潰す、といった効果は実は見られないのだ。あくまで意識をブラックアウトさせるだけの効果しかない。
「てか、そろそろ来るな。作戦とか決めなくてもいいのか?」
そろそろ奴が来るだろう時間になってしまったので、智昭は提案する。
「そうですね・・・。簡単なものを決めてしまいましょう。どうせ連携とかできませんし、大まかなものだけでいいので」
正鵠を射た玲奈の答え。
練習もしていない2人が突然息を合わせた連携などできる筈もない。勿論例外もあるが、何の武術もやっていない智昭が玲奈の動きに合わせるのは不可能に近いので、結局は無理だ。
それを聞いて、それもそうかと思い直し、簡単な作戦を決める2人。
そうして、3分ほど経った頃だろうか・・・
公園の入り口に奴は立っていた。
「何処に行ったのか、と思っていたけど、ここにいたんだね」
と、相変わらずの笑顔を浮かべる。
何故だか、智昭はそれを見てピエロを思い浮かべた。そんな顔をしているのだ。
「何で、お前は城戸崎を狙うんだ?」
多分答えないだろうと思ったが、気にはなっていたので一応聞いてみる智昭。
「さっきも答えたと思うんだけど」
何言ってんだ、コイツ?みたいな表情をするジョアッキーノ。
それを見て、イラッときたが我慢する智昭。
「ちげーよ。なんで魔力が多い奴を狙っているのかってことだよ」
「ふむ。君達なら教えてもいいかな」
「勿体ぶってねえで答えるなら早くしろっ!」
口ではそんなことを言いながら、内心では驚愕であった。素直に教えてくれるとは到底思えなかったからだ。
「そうだな。冥土の土産ってことでいいかもね」
そうして、饒舌にも目的を語り始めた。
◇
そもそも僕はね、所謂カミとかいう巫山戯た存在に家族を殺されたんだ。
その時の様子は今でもハッキリと覚えている。
僕の両親は両方とも魔術師でね。2人ともかなりの力を持っていたんだ。
けれど、あの男が、圧倒的なまでの力で完膚なきまでに叩き潰した。そう。文字通りさ。2人の死体は最早原型など留めてはおらず、ただの肉塊だった。
そして、何のためなのか僕を見逃し、あまつさえ僕に倒してみろだなんて言ってきた。
だが、わかるだろう。人の身でカミに勝てるわけがない。勝てるのはほんの一握りの人間だけ。
でも、僕は勝たなくてはならなかった。悪魔にこの身を売ってでも。そうして、様々な文献を漁り、僕は魔力を奪う術式を考案した。
これを使えば、人の身でカミの領域へと届くだろうと。
しかし、一つだけ。たった一つだけ誤算があった。カミと同等の力を手に入れるには相当量の魔力が必要だった。これだけが今までで一番大変だった。だけどね。それももうすぐ終わる。もうすぐ必要量が貯まるからね。だからこそ、ここで君に逃げられる訳にはいかない。
ここで確実に奪う。そうすれば、あの日の仇を晴らすことが出来るからさ。
◇
智昭と玲奈は悲痛な面持ちでこれを聞いていた。
だけれど。
そんな過去を抱えていたとしても。
だからこそか。
そのような所業を許すわけにはいかない。
「確かに、お前の話はわかる。だが、それを受け入れるわけにはいかない。ここでお前をぶっ倒す!」
智昭はそう宣言し、ジョアッキーノに向かって殴りかかる。
『お前の間違いを正してやる!』という思いと共に。
後半が・・・というより最後がとてもクサイです。自分で書いておきながら何言ってんだコイツとか思われるでしょうが、正直きついです、これは。
と、話は変わりますが、一応もうすぐ一章は終わりです。なんか急展開が続いたな、と思ったらもう終わりです。そんなもんですかね。