第十六話 自販機について
話は少し遡る。
智昭が玲奈と別れた時、何をしていたのか。
「ちょっと飲み物買ってくる」
そう言って、智昭は走る。
そこには照れ隠しの要素が多分に含まれていた。智昭は認めようとしないが。
と、そんなわけで走り去った智昭ではあるのだが、飲み物を買ってくること自体は別に嘘でも何でもなかった。事実、智昭は自販機を探してウロウロしていたのだから。
何でそんなことになっているのか。
結局のところ、照れ隠しでも飲み物を買ってくるとか言ったので、ただ走り去っただけでは戻ってきたときに恥ずかしい思いをする。そこで、先程自分の言った台詞を思い出し、飲み物を買うことに決めたのだ。
だが、焦りのあまりか自販機がなかなか見つからない。
本来ならばそれはありえないことだった。なぜなら、この国の自販機の普及率は世界でも有数だからだ。確か合衆国が最も自販機の台数が多かったはずだが、国土面積やらなんやらを勘案すると、面積当たりの台数───仮に自販機密度と命名しよう───はこの国が最も多いと言えるだろう。
つまりは、焦っていて周りが良く見えていないのだ。勿論その焦りとは、自分の行動の後にあまりの羞恥から半ば逃げ出すように走り去って、ふと冷静になった時、これからどう相手すればいいのかわからなくなったことからの焦りであり、こう長々と書いているが、要約すれば『若気の至り』なのであった。
『認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものを・・・』という台詞が智昭の頭の中にふと浮かんできたが、なぜだか言ってはいけない気がしたとのこと。
そんなわけで、無駄に走り回る智昭。
すぐそばにある自販機に気付かず走り抜ける智昭。
一番近い自販機には目もくれず、視界に入る最も遠い自販機を目指して走る智昭。
これだけでいろいろと駄目さが伝わってくるから不思議である。(※注・特に不思議ではない)
そうして、遂に自販機のもとへとたどり着いた智昭なのであった。ここまで来るのに要した時間、およそ20分。
なんて無駄な時間なんだ!と誰かにツッコまれそうだが、不幸にもなのか幸いなのか、ここにはそれを指摘するような人物はいなかった。
そして2本の缶ジュースを購入し、意気揚々と戻る。が、そこであることに気が付いてしまった。どんな顔して玲奈に会えばいいのか・・・ということに。
ついでだが、本当に蛇足だが、智昭が購入した2本の缶ジュースは炭酸ではない。その理由は・・・走って戻るからだった(本当にどうでもいいです)。炭酸を持ったまま走るのはちょっと拙いだろ、とは本人の談。
目的も果たし、玲奈のところに戻るわけだが・・・智昭は少し違和感を感じていた。
虫の知らせとでも言おうか、そんな胃の腑が落ち着かないような、なんとも形容しがたい感覚に襲われていた。
その感覚を、智昭は決して軽視しようとはしない。
このからだになってから勘が異常に良く当たる。具体的な喩えを用いれば、テストで正解だと思った解答は必ず当たっている。逆に、良くないものだと感じたものは大体において、外れる。
そのような的中率を誇っているのだ。必然的に軽視するなど馬鹿げた考えであることなんてすぐに分かる。
これが何を示しているか、なんてことも考えるだけ馬鹿らしい。
何かが起きている。それだけで十分。
またも走り出す智昭。
けれど、今度はさっきとは違う。
今回は全力疾走だ。
余すところなく、自分の肉体のスペックを使う。
そこには何の考えもなかった。玲奈の身を案じる、それ以外の思考は。
5分で玲奈のもとに辿り着く智昭。
そこで彼が目にしたのは・・・・・・
地に倒れ伏している玲奈と手を振り上げている男の姿だった。
◇
「おい、そこを退けよ。木偶の坊」
智昭は自身の怒りを全く隠さずに、しかし怒りで声を荒げることもせずに、静かにそう言う。
彼の怒りは何に対する怒りなのか。
玲奈を殺そうとした男へか。
玲奈をこんな状態にさせてしまった自分へか。
答えはどちらも間違いで、正解だ。
彼はこの2つに対して大きな怒りを感じている。
言いようのない大きな怒りを。
しかし、智昭はその凄まじいほどに膨れ上がった怒気をすぐには解放せずに、溜めこんだ。そして然るべき時に開放することを選ぶ。
「君は・・・? まあいいや。取り敢えずこの娘が先だ」
そう言って、ジョアッキーノは再び手を振り上げて、玲奈にとどめを刺そうとする。
それはまたも止められることになった。智昭によって。
智昭はジョアッキーノとの距離およそ10mを一瞬で詰め、殴りかかったのだ。
意識が完全に玲奈の方に向いていたジョアッキーノに避けるすべはなく・・・普通に喰らって吹っ飛ばされた。
ジョアッキーノは、智昭に殴られた際に口の中を切ったらしく、唇から垂れた血を拭いながら
「なかなかやるね。どうやら優先順位を替えなくてはいけないらしい。彼女から君に」
と言う。
「てめぇは一体何者だ? 何故城戸崎を狙った?」
智昭は視線だけで射殺せそうな程に睨みつけている。
「そんなのは簡単なことだよ。ここら一帯で魔力が高く、尚且つ戦闘能力が低い人物が彼女だった。それだけのことさ。そして、僕はさっき彼女に自己紹介したんだけどね。もう一回しよう。ジョアッキーノ・コンコーネ。それが僕の名前さ」
「そうか・・・。つまり俺はお前を心置きなくぶっ飛ばせばいいってわけか・・・」
と言って、そのまま殴りかかる。
とはいっても、智昭は何か武術をしていたわけではない。したがってだ。大振りのテレフォンパンチしかできなかった。要はそこらへんの喧嘩で見られるような技術も何もないただ勢いに任せた拳。
先程は意識が玲奈に向かっていたために避けられなかったが、本気で戦いに集中しているジョアッキーノがそれを避けられないわけがなく・・・かなりギリギリではあるが、直撃は避けた。
けれども、ギリギリだったことにジョアッキーノは内心驚きを隠せないでいた。完璧に動きは読めていたはずなのに、それでも余裕を持って避けることが出来ない。そんな久々の戦いに知らず知らずの内だが興奮が滲み出ていた。
「お、前は、俺、が、絶対に、ぶっと、ばして、やるっ!」
そう言って、智昭は殴りかかる。
「君は奇妙だ。力は凄いのに、戦い方がまるで洗練されていない。一体どういうことなんだろうね」
相変わらずギリギリで直撃を避けつつ、ジョアッキーノはそう言う。
そして、一発のパンチを躱した時の大きな隙にカウンターで蹴り飛ばす。
今度は智昭が吹っ飛ぶ番だった。
吹っ飛んで塀にぶつかる智昭だったが、すぐに立ち上がり、構える。素人構えではあるが。
ジョアッキーノは口笛を吹いて、
「君は凄く強いな。まさか僕の蹴りを喰らってすぐに立ち上がれるなんてね」
智昭の打たれ強さに感嘆する。
「へっ。こんなもん方波見先生の一撃に比べれば屁でもねぇ」
智昭はそう吐き捨てる。事実間違えがない。方波見の攻撃はいちいちそれだけで一般人なら頭がつぶれたトマト、あるいは熟れたザクロのようになってしまうほどのものだ(勿論、それは智昭に対してだけで普通の生徒にはそれなりの攻撃しかしていない。当たり前のことだが)。その一方、ジョアッキーノの一撃は精々がプロの格闘技家の本気の一撃程度である。今まで方波見の攻撃に耐えてきた智昭であれば、多少のダメージがあるにしても、そこまで問題がある一撃ではなかった。
そして、再び殴りかかる。
だが、戦いは膠着状態に陥っていた。
玲奈の時と同様に攻める智昭と躱しながら地道にカウンターを当てていくジョアッキーノ。智昭は玲奈と違い、圧倒的な程に体力があり、耐久力も半端ではないので攻める手は全く衰えない。それが、膠着状態にさせている原因なのだが・・・。
5分ほど殴りあっていた頃だろうか・・・
戦況に変化が出た。
「このままでは終わらせません!」
さっきまでダウンしていた玲奈が突然立ち上がり、ジョアッキーノに切りかかる。
ジョアッキーノもいきなりのことで驚き、何とか避けるが、それでも避けきれずに腕が軽く切れる。
「この状況は拙いね。ここらで一回起死回生の手段を打とうかな」
そう言うと、突然何か唱え出す。
「なっ!」
玲奈はそれはさせまいと切りかかる。
しかし結果間に合わず、失敗に終わり、何が何だかわけがわからないがジョアッキーノは突然光り出す。
玲奈は動いたが、智昭はなんのことだかさっぱりわからず、立ちすくんだまま。
そして、光が強くなり、カッとジョアッキーノが輝いた。
あまりの光量に目を開けていられなかった智昭は咄嗟に目を閉じる。
光が止むと・・・
特に外傷はないのに倒れている玲奈の姿があった。
「ふむ。どうやら君にはあまり効かないようだ。まあそれでもいいけどね」
と、状況がまた振り出しに戻ったことに、にこやかな笑顔を浮かべるジョアッキーノ。
それに歯噛みする智昭。
何かを考える様に、一瞬動きを止め、その後突如として動き出す智昭。
一体何をするのか、と身構えたジョアッキーノだったが、その後の行動を見て、呆気にとられる。
智昭は玲奈を担いで逃げ出したのだ。
えーと。今回の話では自販機について語っていたと思いますが、自販機の話自体は大体本当です。ですが、国名は敢えて出しませんでした。それは何故かと言いますと、一応この作品では現実の世界の国名と作品中の国名が違うからであります。その内、国名は出しますが、現時点では出せません。すまないです。