第十四話 既知との遭遇
料理が出てきてからは特に何か会話するでもなく、黙々と目の前の料理に向かう2人。特にガツガツと品のない食べ方をしていたわけではないが、割と早い時間で食べ終わる二人。
「これがファミレスの味ですか・・・」
目を閉じて余韻に浸るような玲奈。
「こんなもんだろ」
「そうですね」
作っている人が聞けば激怒しそうな会話を繰り広げる。
そして、食べ終わったのにいつまでも居座っていても仕方がないとばかりにその場を後にする。意外と他の客は損でもなかったりするが。中学生っぽいのが4人ほど集まっ騒々しく携帯ゲームをしていたり、コーヒーだけで何時間も粘っているおばさんたちがいたり、ノートパソコンでなにやら打ち込んでいる青年がいたり。そんな感じで食べ終えたからすぐに出る雰囲気ではなかったが、2人はそうではないらしい。
その後は、2人で色々と駅周辺を案内がてら歩き回る。今は死語となったウィンドーショッピングやら何らやで、様々な店舗の軒先を見ながらいろんな店を冷やかす。
およそ2、3時間程歩き回ったあたりだろうか。ふと、玲奈が店先で止まる。その店は、小物店、英語で言えばファンシーショップというやつであった。なぜ、わざわざ英語で言い直したかは不明。
「どうした? 何か気になるものでもあったか?」
「いえ。何でもないです。では、次に行きましょう」
智昭は暫く、玲奈が気になっていたものを見ていたが、やがて歩き出した玲奈のあとについて行った。
「こ、これはっ」
突然の声に智昭は驚き、歩みを止める。
「な、何だ?」
と周りを見渡すと、その原因が分かった。
玲奈である。彼女は、クレーンゲームの前にしゃがみ込んでその中の景品を見つめている。その中には何だか良く分からないネコとクマを足して二で割ったような生き物のぬいぐるみが大量に入っている。
「・・・・・・じー・・・・・・」
ずっと見つめている。
流石にそれを見兼ねた智昭
「それ、欲しいのか・・・?」
ガバッと音がしそうなくらいの速さで振り返る玲奈。
「手に入れられるんですかっ!?」
「知らなかったのか? これUFOキャッチャーだぞ」
「これが・・・」
慌ててクレーンゲームの筐体の周りを歩き回りながら観察を始める。傍から見ると、不審者にしか見えない。だが、玲奈なら不審者とは思われないだろう。美人だからだ。容姿が良いことはこんなところで得なのだ。羨ましい。
「それで、どのように手に入れられるんですか?」
「やってみるか?」
「是非!」
即答されたことにやや面食らう智昭。
こんな変なぬいぐるみなのに欲しいのか・・・と思ったとか。
「どのようにやるのですか?」
「まあ見てろ」
そう言うと、智昭は徐に財布から百円玉を取り出し、投入する。そして、ボタンを押して、クレーンを動かす。
───ウィーン
そのような音を出して、動くクレーン。やがて、一つのぬいぐるみの上で止まると、その下のぬいぐるみを持ち上げる。
しかし、狙いが悪かった。
持ち上がったことは持ち上がったが、運ばれている途中で落っこちてしまったのだ。
「ああっ!」
玲奈が悔しそうな声を上げる。
智昭も見せてやる、とか言っといて失敗したのでかなり恥ずかしかったようだが、それを噯にも出さず、やってみろとばかりに玲奈に譲る。
「なるほど。こうですね」
玲奈も財布から百円玉を取り出し、投入する。
そして、筐体の前で姿勢を正し、爆弾処理班が爆弾を解体するときのような慎重な手つきでボタンを押し、クレーンを操作する。
やがてクレーンは獲物であるぬいぐるみの上で止まり、その下にあるものを持ち上げはじめる。
固唾を呑んで見守る玲奈。
結果は失敗だった。
僅かに持ち上がったと思ったら、すぐに落ちてしまったのだった。
「今のは練習です。これでやり方を理解しました」
眉一つ動かさず言い切る玲奈。
「そりゃ一回やりゃ理解できると思うが・・・」
半ば呆れる智昭。
「もう一回です」
そう言って再び、財布から百円玉を取り出し、投入。
今にも取ってやる、と怪気炎を上げている様子がわかる。
けれど、結果はまたもや失敗。
ぬいぐるみの足を僅かに持ち上げただけにとどまった。
「今度こそ完璧に理解しました。もう大丈夫です」
3度目の正直と言わんばかりに挑戦する玲奈。
そう言っておきながら、結局取れない。
「く~・・・・・・」
今にも血管が切れそうなほどに怒っている。
流石にもう止めるか・・・と智昭が思っていたら・・・
玲奈はまたも財布から百円玉を取り出す。
今度こそいけるか・・・と思いきや、案の定取れないのであった。
「私としたことが少し取り乱してしまったようですね。問題ありません。次こそは取れます」
と言って、両替機に走っていき千円札を百円玉に両替する。
こりゃ、しばらくかかるな・・・と判断した智昭は一旦その場を離れようとした。
しかし、意外にも目敏い玲奈はそれを見咎める。
「どこへ行こうとしているんですか?」
何故か、逆らってはいけない雰囲気を感じた智昭は本来行こうと思っていたところを正直に告げられず、誤魔化す。
「ちょっとお手洗いにね」
一応女性の前なので───現在は修羅のように見えるが───僅かばかり濁す。いや、修羅というよりは般若だろうけれど。
「そうですか。では素早くしてください」
クレーンゲームのことで頭が一杯なのか、平然と無茶なことを言う。だが、逆らうと何が起こるのかわからないので、無難に従う振りをしておく。
「へいへい。わかりましたよ」
ゲーセンから立ち去る智昭。
その30分後である。
智昭は目的を果たして、玲奈のいるところへと戻ってくる。
玲奈は未だにクレーンゲーム相手に戦っていた。
「おい、一体いくら使った?」
心配になった智昭は尋ねる。
「大して使ってませんよ」
ほっと安堵のため息を漏らす智昭。それは一瞬で儚く吹き飛んでしまうような安堵だった。
「たかだか五千円です」
智昭はギョッと目を見開く。
その時思ったことは、『駄目だこいつ。早く何とかしないと』だったらしい。
「お前、一旦やめろ。絶対ギャンブルとかで有り金全部使い切るタイプだぞ、お前」
そう言うと、若干涙目の玲奈を押しのけるようにして、クレーンを操作する。
今度は、寸分違わず獲物の上にクレーンが移動し、しっかりと一体のぬいぐるみを摘み上げる。
「っ・・・・・・!」
ゴクリと喉を鳴らす。
それが誰の音だったのか2人にもわからない。もしかしたら玲奈だったかもしれないし、智昭かもしれない。あるいはその両方かもしれなかった。
そんな2人の思いなどどうでもいいかのように、今まで通りのスピードで動くクレーン。
やがて。
───ぽとり
そんな擬音が聞こえてきそうな動きと共に、一体のぬいぐるみは穴に落ちる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
目の前の現実がなかなか認識できない2人。無言である。
思考が追いつくと。
「っしゃあ!」
「やりました!」
2人で健闘を讃えあう。
玲奈は筐体の前にしゃがみ込み、取り出し口から一体のぬいぐるみ───智昭がとったものだ───を取り出し、抱きしめる。
その姿があまりにも絵になっていて・・・智昭は少々見惚れる。
「この子の名前を決めてあげなくては」
その言葉で、智昭は我に返る。
「そんなことしなくても、タグかなんかに商品名が書いてあるだろ」
そう指摘すると、
「あ、ありました。名前は『くまねこ』ですね」
「なんだそりゃ!? そのまんまなネーミングじゃねえか!?」
あんまりな名前に思わずツッコミを入れてしまう智昭だった。この製作者ネーミングセンス全然ねえ。
「そういえば、何処かに行ってませんでした? 暫くいなかったと思うのですが」
「ああ、それはな」
と、ここで言葉を切り、智昭は懐から包みを取り出す。
「・・・これは?」
「まあ、開けてみろって」
「あっ・・・!」
包みを開いた玲奈は言葉を失う。
包みの中には、数時間前、とある店頭で見たものが入っていた。
髪留めだ。
少々子供っぽいが、意匠を凝らしてあるものだ。パンダの絵柄が可愛らしい。河合さんなのだ。
「これ見てただろ?」
恥かしげな智昭はそっぽを向きながら言う。
「ありがとうございます」
一瞬戸惑ったようだったが、柔らかく微笑む。
「気にすんな。たいしたもんじゃないからな」
「はい!」
智昭は飲み物を買ってくると言って何処かへ行ってしまった。おそらくは、照れと恥ずかしさの成分が多分に含まれた逃走だろう。照れが80%に恥ずかしさが40%と、いくらかオーバーしているが恥ずかしさのあまり、これでもいいかなと思ってしまうぐらいには恥ずかしい。何言ってんだコイツ?
しばらく智昭から送られた髪留めを見つめていた玲奈だったが、やがてポケットにしまう。
そしてゲーセンから少し出歩く。
その時だった。
周囲の空気が変わったのは。
はっとした玲奈は振り向く。
そこには。
この間の仕事で邪魔をした謎の男が立っていた。