第十一話 夜の学校
智昭達は廃校となった学校に侵入する。何故、侵入という言い方をするかといえば、許可を得ているわけではないからだ。
やはり、例え廃校となった場所でも許可を得て入ったわけではないので侵入が一番合っている様に思う。
どう表現するかはどうでも良くて、一番大事なのは、これから智昭達がすることである。
目的の連中を見つけねばならない。が、簡単にいくとも思えない。何と言っても、邪教徒というヤバさがむんむんとする名前だし、何するのかまるで分らない。
人間は理解できないものが一番怖いと言うからして。
普通の人に理解できるような存在ではない連中を見つけねばならないのは、自然恐怖を伴うに決まっている。普通の人ならば。
だが、智昭達はお世辞にも普通の人とは言えない。方波見も玲奈も魔術師だし、智昭にいたっては最早人外である。智昭が聞けば、自分だけは違うと反論しそうだが。
そんな連中なので、恐怖とはほぼ無縁であった。智昭は微妙にそうではないようなのだが。
ただ、気味の悪さは感じているようで、智昭なんかはキョロキョロ辺りを見回しているので、挙動不審になっている。方波見なんかはまるでそんなものを感じていなかったが。
「ここらで、二手に分かれるか?」
このまま探索し続けても時間がかかりそうだと思い、智昭は提案する。
「戦力の分断は拙いかと思いますが・・・」
「わかっていると思うが、敵は三人だ。おそらく、私たちがここに乗り込んできたこともわかっているだろう。だとすれば、どこかに潜んでいて、返り討ちにしようと企んでいるはずだ。だからこそ、余計に分かれるのは拙いと思うぞ」
玲奈と方波見にそういわれて、すごすごと引っ込む智昭かと思わせて、実は違った。
寧ろ、火が付いたと言える。
「確かにそうかもしれない。だけど、先生は多分一人でも問題ない。そして、俺は言わずとも知れている。だから、分かれて殲滅した方が効率的だと思う」
その言葉を聞いて。
そうかもしれない・・・と、方波見は思い始めた。
方波見一人でもおそらくここにいる連中ならば、相当のことがない限り対処できる。そして、智昭ならば普通の魔術師の攻撃など恐れるに足らない。玲奈だけはどうかはまだ良く分からないが。
経験を積ませるのにも丁度いいかもしれない。
方波見は徐々にそう思うようになってきた。
ただ、一つ不安な点を挙げるとすれば、人質的な何かがいるかもしれないことだけだ。なんだかんだ言っても、怪しげなものを信仰している人間だ。なにをやらかすかまるで予想できない。離れていては、想定外のことが起こった時にフォローが出来ないのだ。
唯一そこだけが気にかかっている。
だが、意外と学校が広く、そして探索に時間がかかりそうである。なにか罠を仕掛けてくるかもしれないし、敵に時間を与えるのは自殺行為だ。
奇襲とは素早く潜入し、素早く殲滅するからこそ有効なのだ。敵に態勢を整えさせる時間を与えるわけにはいかない。
というわけで、方波見は智昭の案を取ることを決めた。
「よし。わかった。蓮華、お前は城戸崎と一緒に探索しろ。有事の際は盾になれ」
間違ってはいないが、傍から聞くと結構ひどいことのように聞こえるものだ。盾になれ、というのは。人権を思いっきり無視しているようにしか思えない。だが、間違っていないのが余計に性質が悪い。
「了解です。行くぞ」
智昭は玲奈に声を掛け、方波見と二手に分かれて進み始める。
智昭と玲奈は暗い学校を2人で歩いている。まるで、肝試しのようだが、実際は違う。
「本当に大丈夫なんですか?」
訝しげな様子の玲奈。
「大丈夫だって。普通の魔術なら効かないし、体も普通じゃないから」
智昭は強気な発言をしながらも、内心は少し不安を感じていたりする。
しかし、男のプライドというやつか、それを表には出さない。
「確かにそうですけど、別に不死身と言う訳ではないんですよ?」
「それはわかってるさ。だけど、できる限り早く終わらせたい。だから、わざわざ二手に分かれるなんて言ったんだよ」
智昭は本音の一部を告げる。
彼の本音は、それもあるが実のところ、彼自身の実力を試してみたかったのだった。この体になってから全力を出したことはほとんどない。故に、自身の力が如何ほどのものなのか、それを確かめてみたいと思った。
子供っぽい理由といえばそれまでだろう。しかし、自らの能力をしっかり把握することが、これから大事であることもまた、真実であるわけで。
つまり、良くはないが、悪くもない、というのが結論だろう。
「そんじゃ、探すとしますか」
そう言いつつ、智昭は周りの気配を探る。熟練の武術家程ではないが、一般人よりは気配に敏感なのでできないことはない。
「私も探しますよ」
と、玲奈。
彼女もまた、おそらく今まで修行やら何やらを積んできているはずなので、そういうことが出来るのだ。
そんな2人が気配を探りながら歩く。
けれども、一向に感じ取ることが出来ない。
「ここら一帯にはいないのか?」
「そうかもしれません。けれど、何か嫌な感じはしますね。そんなに離れてはいない、ということでしょうか?」
そんな話を小声でしながら、静かに歩く。
ある教室に入った時のことだった。
2人を強烈に嫌な感覚が襲う。
一体それが何なのか、まるで理解が出来なかったにせよ。
一瞬で戦闘態勢に入る。
が、事態は予想を大きく超えることになるのだった。
「これは・・・?」
「どういうことです?」
2人は目の前の状態を信じられないような目で見ていた。想定外もいいところだ。こんな結果を予想できるはずもないが。
彼らが一体何を目にしたのか。
空き教室。そこに2人の男がいる。しかし、彼等は床に倒れていて、身動き一つしない。つまり、そいつ等は物言わぬ体となっている、と智昭達は見たときに判断した。
仲間割れでもしたのだろうか、と。
そう判断した根拠は、教室の中に激しく乱闘した形跡があったからだ。床や壁、天井にまで傷があり、窓ガラスは割れていないにしても、いくつかは罅が入っている。黒板にも傷がある。
これだけの物的証拠がそろっているのだ。仲間割れの可能性が高いのは疑う余地もない。そして、仲間割れをすれば、相手の命がどうなっているか、は想像に難くない。
ところが、玲奈はその2人の男に近づき、脈を取る。
その行動を見て、何をするのか、と疑問に思った智昭。
だが、玲奈の叫びによって、驚愕のあまり様々なことが頭から吹っ飛んだ。
「この2人まだ生きています!」
「なっ・・・・」
考えられなかったわけではないが、改めて聞かされると驚くものである。
「生きているのか・・・。それじゃ、どうする?」
あまりにも驚くようなことが起き過ぎて、寧ろ冷静になった智昭は尋ねる。
「普通に考えれば捕まえればいいのですが、どうも不審な点があります」
「不審な点?」
鸚鵡返しに聞き返す智昭。
何を言っているんだ?という顔をしている。
「ええ。この2人から魔力がまるで感じ取れません」
「どういうことだ? 使い切っただけじゃないのか?」
当たり前のような顔をして智昭は言う。
それもありますが、と前置きしてから玲奈は続ける。
「確かに、何らかの戦闘で使い切った可能性はあります。しかし、魔力というものは気や、生命力などといったものとも関係があります。つまり、感覚として使い切ったと思っても、零になることはほぼ有り得ません」
「えーと。そいつらが魔力を持っていなかったってのは?」
「それはないでしょう。彼等も一応そういった類の立場にいます。魔力がないのにこうやって何らかの活動をするのは考えにくいです。寧ろ、魔力を奪われた、というほうが現実味がありますね」
「そんなことが可能なのか?」
こいつ全然知らねえのか、という顔をしながら玲奈は口を開く。
「可能かといえば、可能です。それに、それをした人物は今私の目の前にいますし」
この言葉に驚いた智昭はあたりをキョロキョロしてから言う。
「どこにもいねえじゃねえか」
知らなかったのか、とため息をつきながら玲奈はその人物に指をさす。
指をさした先を智昭はじっと見つめ、更には後ろまで確認してから恐る恐る言う。
「・・・俺・・・?」
「そうですよ。それ以外に誰がいるというのですか?」
「・・・敵?」
二回目のため息をつきながら、玲奈は説明する。
「〈神殺し〉とはカミから力を奪うと言われていますが、実際は魔力や生命力などといったものを奪い取っているそうです。カミの強さの根源は馬鹿げた程の魔力と生命力なわけです。だからこそ、それを奪えば、同等の力を得ることが出来ると聞きました。それを成した者が〈神殺し〉というわけです」
「へえー」
としきりに感心しながら、相槌を打っている智昭。
そこで、ふと疑問に思ったことを玲奈に訊く。
「俺、そんなことした覚えがないんだけど・・・」
「えーとですね。聞いた話では、カミの力は勝手に倒した人間の体に取り込まれるそうです。原理とかは全くわかりませんが」
ずっと前に聞いた話を思い出しながら、説明を続ける玲奈。
「まあいいや。こいつ等も見つけたことだし、先生を探そうぜ」
「そうですね」
智昭と玲奈は、しばらくは目を覚ましそうにない男たちを見ながら、方波見を探しに行くのであった。
◇
一方、1人で歩く方波見である。
今更ながら、分かれた2人が心配な方波見であった。
「あいつ等、本当に大丈夫なのか?」
ブツブツと独り言を呟きながら、探索を続ける。
すると。
────ガタッ
何かが動く音が方波見の耳に聞こえた。
智昭程ではないが、十分に五感の鋭い方波見であるからこそ捉えられたほどの小さな音である。
方波見は出来る限り迅速に、かつ静かに音源へと走る。
そこには、2人の男がいた。
一人は倒れていて、身動き一つしない。もう片方は、悠然と立っていて、方波見の姿を確認すると、口を開く。
「これはこれは、美しい女性のお出ましだ。一体どのようなご用件で?」
「白々しい真似を。私はお前たちを捕まえに来ただけだ。それで、この状況は? 仲間割れでもしたか?」
「仲間割れ? とんでもない。こんな連中と私が仲間だなんて想像しただけで虫酸が走りますね」
両手で体を抱きしめて、体を震わせる謎の男。
方波見は大袈裟なボディランゲージに不愉快な気持ちになった。
「仲間割れじゃないのか?」
「いいえ。私はそもそもこいつ等の仲間ではありません。こいつ等は私の獲物。それだけのことです」
「良く分からないのだが」
「別にあなたの理解を求めているわけではありません。まあ、でも見つかったのでそろそろ逃げましょうか」
突然、男はニタァと笑って方波見に襲いかかる。
方波見は警戒態勢を全く解いていなかったので、簡単にそれを避ける。
方波見は追撃を警戒し、すぐさま振り返る。
すると、予想に反し、その勢いのまま、男は窓ガラスをぶち破って外へと逃げて行った。
「一体何だったんだ、あれは。だが、特にこの先関係があるとも思えないし、放置しておいて問題はなさそうだな」
この予想はある意味で当たり、ある意味で外れるのだが、そんなことを方波見は知るわけもなく、智昭達を探しに行こうとする。
すると、智昭達のほうから現れた。
「お。わかったのか?」
方波見は驚く。すぐにやってくるとは思っていなかったのだ。智昭達の方が時間がかかるとさえ思っていた。
「あれだけ大きな音がしたらわかりますって」
苦笑気味の智昭。
「一体何の音ですか?」
一体どう言おうか、と悩んだ末、ありのまま話すことに決めた。
「そんなことが・・・」
驚いたのか、目を大きく開く玲奈。
「私の方が驚いた。まさかそっちもそうだったとはな」
「取り敢えず、仕事は終了ってことですか」
「そうだな。イマイチあれだが。面倒な戦いがなかっただけマシか」
そんな感じで釈然としない思いをそれぞれが抱えたまま、夜の学校の探索は終わったのだった。