第十話 居場所は・・・
午後9時50分。智昭は待ち合わせ場所の校門前に佇んでいた。
待ち合わせ時間は午後10時である。やや早めといって良い時間に彼は待ち合わせ場所に着いた。
それは性格ゆえか、あるいは・・・まあ、そんなことはどうだっていいので、智昭が一人で寂しげに校門前に立っていた、という認識でいいだろう。
10分前という何とも言えない時間の早さだが、待ち合わせの場合は正しいだろう。これが、誰かの家に訪ねる場合だと、10分ぐらい遅れた方が良いらしい。準備とかもあるし、早く来られても困るというのが理由だろうが。
5分ほど所在なさげに立っていた頃だろうか。智昭の目に、近づいてくる人影が映った。勿論、初夏(本文では初夏などと言っているが、実際は6月上旬なのだ)であるとはいっても時間が時間である。暗闇に紛れて顔など判別できるはずもない。だが、まあ輪郭とか身長などの要因から誰が来たのかは容易に分かるというものだ。なんたって3人だけだから。
「待ちましたか?」
「いや、今来たところ」
「そうですか。それは良かったです」
何故彼らが、初めてのデートに於ける待ち合わせでの会話をしているのかは不明だが、大したことではあるまい。その場のノリだと思われる。
「あれ? 方波見先生はまだですか?」
「ああ。あの人は、待ち合わせには時間ギリギリで来る人だからな。10時丁度に来るはずだ」
そんな取留めもない話をしている内に時間が来たようで、校舎側から誰かが出てくるのが智昭には分かった。
その人物は、悠々と玄関から校門へと歩いてきて、既に閉まっている校門を跳び越えて智昭達側にやってくる。
言葉にすれば、たったこれだけのことなのだが、常人には不可能な動きであったことに留意せねばならない。言うだけであれば至極簡単なことだろう。だが、校門の高さは約2m。足を掛けるようなところもない。いくら手をついたとはいえ、軽々と跳び越えられるような代物ではないのだ。
そのようなものを軽く跳び越えた、という事実からもその人物が只者ではないことがわかる。
と、そんなことをいっても諸君はお気づきであろうが、謎の人物とは方波見に他ならない。
「相変わらずの登場だなあ・・・」
「だろう。登場シーンには気を使わないとならないからな」
軽口を叩きあいながら互いに笑っている智昭と方波見。
「なら、決め台詞も必要ではないですか?」
「いいことを言うな、城戸崎。こんな感じか? 『ヒーローは遅れてやってくる!』はどうだ?」
玲奈の提案にすっかりその気になる方波見。実は結構気にしているのかもしれない。
「イマイチですね。そもそもヒーローではないですし。それなら『この私を呼んだのは誰だ?』ぐらいの方が良いんじゃないでしょうか」
「お前等センスねえ」
疲れたような智昭の声。しかし、音量が小さかったようで、玲奈と方波見の耳には入らなかったようだ。2人はまだ話し続けている。
流石にいつまでも話しているわけにもいかない。だから、智昭は大声を出す。
「おい、いい加減に本来の目的を思い出せよ!」
ようやく、2人の世界から戻ってこれたようで、ビクッと反応する玲奈と方波見。
「吃驚させるな、馬鹿者」
理由はわからないが、本来の目的を思い出させたのに怒られる智昭だった。理不尽にもほどがある。
智昭がこの世の理不尽さを噛み締めていると、玲奈が口を開く。
「ところで、一体これから何処に向かうんですか?」
「まあ、ついて来ればわかるさ」
方波見は具体的な場所は言わず、さっさと歩きだす。
それを見て、智昭と玲奈は小走りでついて行く。
方波見は結構歩くのが速かったのだった。
◇
「ここですか・・・」
何とも言えない表情で、目的地である建物を見上げる玲奈。
「これは予想外だな」
思いっきり顔を顰めている智昭。
「このくらいで臆したのか?」
2人の反応が不満なのか、敢えて挑発するような言い方をする方波見。
三者三様の反応だと言える。
で、目的地はどこかと言えば・・・
「このぐらいの廃墟は大したものじゃないだろう」
そう。彼等の目的地、というか捕縛対象が潜んでいるのは廃墟であった。具体的にどんな廃墟なのかというと、廃校になった学校である。
学校とは言っても小学校である。このところ、少子化が進み、児童の数が減ってきたために小学校の統廃合が進んでいる。それによって、児童数が少ない学校は廃校となる。壊すのもお金がかかるので、そのまま放置されることが多い。それに目を付けたのが、今回の対象というわけだった。
これは余談だが、小学生のことを児童。中学生と高校生を生徒。大学生を学生という。これは法律上で決まっていることなので留意されたし。
それで、この廃校となった学校に潜んでいる奴等を捕まえることが今回の仕事なわけだが、
「あまり、入りたくはないな・・・」
いかにもな状況を考えての智昭の発言である。
「そうですね。しかも邪教徒ですか・・・」
ただでさえ、幽霊とか出そうな怪しい雰囲気だというのに、更に邪教徒である。最早、何とも言えない。怪しさ爆発といった体で、入りたくもなくなる。寧ろ、進んで入ろうと思う人間は異常だ。それが、功を奏して奴等は上手く隠れていられたのだが。
「ここまで来といて逃げるのか? それは良くない」
などと、ニヤリと笑いながら智昭と玲奈の後ろに立っている方波見。
こっちの方が怖い。
前門の虎、後門の狼といった感じで、どちらの方が被害が少ないかと言えば、勿論決まっているわけで
「入ればいいんでしょ、入れば」
半ば自棄になりながらも、後ろの方波見の方が圧倒的に怖い訳で、最初から選択肢などなかったことに智昭はいまさら気付く。
「そうだ。人は何かを選択しなければならないからな。常に選択肢が目の前にある。そして、選択しないということは出来ない。なぜなら、選択しないこともまた、選択なのだからな」
と、深いんだか浅いんだか良く分からないことを方波見は言いだした。
言いだした本人もわかっているのかは定かではない。本人のみぞ知ることだからな。
「へいへい」
あっさりと聞き流した智昭は適当に相槌を打つ。
聞くのも面倒臭いといった顔である。本来なら聞いているのだが、状況が状況である。不平不満の塊である現在、聞く気はまるで起こらなかったのだった。
「へいは一回!」
方波見が智昭を叩く。
いつの間にか、この光景を見慣れたものに感じ始めたのは気のせいだろうか。いや、気のせいではない。こういっては何だが、哀れな奴である。
一方・・・。
へいで良いんだ・・・とか、玲奈は内心思ったらしい。
「それにしても、おどろおどろしい雰囲気であることに間違いはないな」
いまさら、さっきの話を蒸し返す智昭であった。
「まだ言うか」
いい加減しつこいな、とか方波見は思った。
確かに、何度も言うようだが、夜の学校は結構雰囲気がある。諸君も経験があるだろう。学校に泊まった経験が。その時を思い出して見ると良い。
やはり、方波見も怖いが夜の学校も怖いのであった。
「でも、仕事はしっかりやらないと・・・」
智昭と方波見の会話を実は楽しんでいた玲奈だったが、このままでは一向に進まないと判断したために口を挟む。
こいつらは放っておくといつまでも話し続けるだろう。そう判断してのことだった。
誰がどう見てもそうとしか思えない、と思われる。
「そうだな。頼まれたことをしっかりできないと、大人になれないぞ」
失笑気味な方波見である。
「わかりましたよ」
拗ねたのか、顔を背けながら言う智昭。
まだまだ子供だな。そろそろ覚悟を持って欲しい・・・と、方波見は思う。
それが出来なければ、智昭の立場ではこれから生きていくには辛すぎる・・・。世の中はそう甘くはない。
しかし、これが伝わるのは一体いつになるのか。それはまだ誰も知らないことである。
「さて、と・・・いつまでくっちゃべってても仕方ない。そろそろ、特殊部隊も真っ青な突入劇を奴らに見せてやろう」
「行きますか?」
玲奈が一応確認する。形だけのことだが。
「そうだ。蓮華も覚悟を決めろ。このぐらいの怪しい雰囲気如きに呑まれていたら、この先やっていけないぞ」
「そうですね」
若干まだ、不満が解消できていないのか、不機嫌な声である。
とはいっても、突入はしなくてはならないことを智昭はわかっている。ただ、こんな学校に無理矢理突入させられることに少々納得がいかないだけのことだ。
いままで、仕事を何度か手伝わされてきたが、いろんな意味でヤバさを感じたのはここが初めてだった。それまで、方波見がいくらか手伝わせる仕事を選んできたので、比較的まともな場所が多かったのが原因と言える。とは言え、ヤバさとはこの場合危険さ、ではなく恐怖の方なのではあるが。
そんなことは、方波見にとって些末なことではあるが、経験の少ない智昭にはやはりすぐに納得のいくものではないにしろ、仕事なのだ。最終的には覚悟を決めなければならない。
「それじゃ、行くか」
別に命の危険を感じるわけでもなく、ただ単になんか怖いみたいな感情であった為、気分的にはアレなのだけれど、突入する決心をつけた智昭。
それを聞いて微笑を浮かべる方波見。
「それでは、仕事開始だっ!」