第八話 悪意の終息
予定ではもっと長引く予定だったのですが・・・何故かこんなに短くなってしまいました。あまりひどいことはかけないんですかね?
思いのほか、反響は少なかった。
懸念されるような事態に陥っていないのは、不幸中の幸い以外の何物でもない。
「しっかし、また見事に予想を覆す反応だよな~。」
和宏はそう零す。
「ええ。流石にこうなるとは・・・。」
「大変そうだね。」
目の前の光景を見ながら、有希もそう言うしかなかった。
結局、何が起きたのか。
玲奈に密やかな恋情を寄せている男子たちは、最終的に智昭が諸悪の根源という結論に落ち着いたのだった。どう見ても密やかではなく思いっきりバレバレなのだが、気付かぬは本人のみということだ。
とどのつまり、智昭への攻撃が苛烈かつ熾烈になっただけで、現状に変化はないのである。
しかし、今までの追いかけっこによって、智昭は非常に疲れている。
確かに、智昭の体力は無尽蔵ともいえるし、身体能力だって一般人と比較すれば天と地の開きがある。だが、いくら肉体的疲労が皆無だからといって、精神的疲労が皆無というわけにはいかない。やはりそこは年相応であり、かなり疲れている。
尤も、恨みの籠った視線を向けられ、怒声と共に追いかけられていたら、精神的疲労を感じない方が異常だ。どれだけ図太いのかわからない。
そんなわけで、玲奈の印象が悪くなるということはなかった。
やはり見た目が良いのは得だ・・・と、智昭は思ったとか。
何とか追っ手を振り切って教室に戻ってくる智昭。
「良いのか悪いのか判断に困る状況だな、これは」
和宏は苦笑混じりだ。
「考えようによってはまだ良いとも言えるが、正直もうやだ」
机にべたぁとへばりつく感じで倒れ込む智昭。
「あれだけ追いかけられていたらねぇ」
「私にとっては有難いですけど。ですが、流石に行き過ぎのような気がしないでもないです」
罪悪感が無いでもないのか、玲奈はやや控えめに言う。
「仕方ない。あの超強力な担任教師を使うしかないか・・・」
さも苦渋の決断のように見せているが、演技なのがバレバレな和宏。笑いを堪えているのがはっきりとわかる。
「何で笑いを堪えたような顔してんだよ」
憮然とした智昭の口調。
「いや。結局どんな手段だろうと、最終的にとばっちりを受けるのはお前なんだと思ってさ」
「それはまあどうしようもない。誰かが憎まれ役にならなきゃいけないからな。それにしてもだ。一体誰がこんなことを始めたか、突き止めなきゃいけない。そして、世にも恐ろしい報復をしてやらなければ、腹の虫が収まらない」
「口ではそう言いますけど、実際のところどうするんですか? 個人を特定するなんて簡単なことではないと思いますが」
玲奈の疑問に答えたのは有希であった。
「そんなに難しいことじゃないよ。もう大体目星はついてるから。こんなことしそうな人なんて結構限られてるんだよ」
その答えに驚いたのは当然、玲奈である。玲奈以外が驚く方が驚く。何言ってるのか全然わからん。
「その通り。候補者を絞っていけば、自ずと誰がこんなことを企んだのかはわかる」
智昭はそう言い切った。
「それは兎も角、春チャンに頼んで、写真の件を説明してもらおうぜ。放っておくと悪化するかもしれないしな」
和宏は方波見に頼みに行く。
「えー。この間廊下に貼ってあった写真だが、あれで大騒ぎするのはいい加減にしろカス共! 静かにやれ! 蓮華をどうしようと勝手だが、騒ぐな! わかったな。兎に角、蓮華と城戸崎は同じマンションの住人で何も疾しいことはないと、ここで私が宣言する。それを聞いたなら、後は騒がないことを前提に好きにしろ」
教師にあるまじき暴言を吐きながら説明する方波見。
これを見て、智昭は素直に驚いた。
「まさか方波見先生が頼んだことをちゃんと実行してくれるとは・・・」
「ああ、あれはな、理由を含めて頼んだら、意外とすぐに頷いてくれたんだよ」
方波見はちゃんとした理由がなければ、どんなに頼んだところで決して何もしてくれない。が、逆に言えば、そういう理由さえあれば、大体のことは実行してくれるということを表している。限度はあるにしても。
とは言え、今回は玲奈が被害を被ることよりも、このまま騒ぎが拡大することに危惧を抱いた方波見が不承不承頷いただけのことなのだが、和宏は知らない。知る必要もない。それより被害を被るって同じ意味の言葉が被ってないか?被ってるね。
目下の問題である、例の写真について生徒たちが得心がいけば良いだけのことだったので、ぶっちゃけ行動理由が何であれ、結果的に解決すれば良かったという身も蓋もない理由があったからではあるが。
「取り敢えず、写真についてはこれで解決だな」
智昭と和宏はハイタッチをする───寸前に手を引っ込めて相手に恥をかかせる行動を同時にして、互いに怒って殴りあっているが、そんなことはどうでもいい。
「あとは犯人を見つけるだけかな」
「そうですね」
阿呆な男子二人を尻目に、これからを話し合う玲奈と有希の姿がそこにあった。
◇
彼等は焦っていた。あらゆる行動が上手くいかないのだ。何をしても、憎き城戸崎玲奈にダメージを与えることが出来ない。まるで印象が悪くならないのだ。というよりも、ほぼ不発に終わっていた。誰も嫌がらせと気が付かないのは構わないが、全く効果を発揮しないのも又困りものであった。
このままでは拙い・・・と思い始めた彼等は、誰にも気づかれない嫌がらせと馬鹿な連中を煽るだけでは足りないと感じていた。もっと悪い印象を与えられるような、そんなことを探し始めた。
そして、遂に発見したのが智昭と玲奈が同じマンションに入っていくということであった。良く考えてみれば大したことではないと気が付きそうものではあったが、何分焦っていた。そのまま写真を撮り、廊下の掲示板に張り付ける。
ところが、これさえも効果がなかった。ゼロではないが、あったともいえない。対象が智昭になってしまったからだ。これは予想外という他ない。
結局、彼等の計画は何一つとして成功はしなかった。玲奈の評判は良くなることこそなかったが、一方で悪くなることもなかった。悪くなったのは蓮華智昭ただ一人である。
この結果を受けて、より一層焦るのは仕方がないとしか言えない。試みが悉く潰えてしまったのだから。そして、彼等は冷静さを欠いていくのであった。
『窮鼠猫を噛む』と言う諺があるように破れかぶれになった彼等はなりふり構わず一矢報いることを決意する。まるで頓珍漢な行動であるが・・・。それさえもまともに判断できないほど、精神的に追い詰められているのだった。
◇
「・・・・・・」
「・・・・・・」
智昭と最上 澪は誰もいない教室で見つめあっていた。先に注意しておくが、これは決して艶っぽい話でもなんでもない。
忘れ物をしたからと教室に戻ってきた智昭が目にしたのは、玲奈の机に罵詈雑言を書き込んでいる最上の姿だった。
最上はクラスの中でも割と可愛いほうに位置し、そこそこに彼女のグループでも発言力があり、リーダーであった。よくいうお山の大将というやつだ。
そんな彼女が、玲奈が突然転校してきて容姿も目立たなくなったのを、逆恨みするようになるのは火を見るよりも明らかである。勝手に恨み羨んで、嫌がらせを行おうと思う過程を想像するのは非常に容易いことだ。
現在の状況は、そのような手前勝手な考えの下、玲奈の机に悪戯書きをしている所をバッチリと智昭に目撃され、互いに何と言葉を発していいのか良く分からないというものである。
悪戯書き自体は『死ね』だの『不細工』だの『学校くんな』だの、こういう人間にはありがちな語彙の乏しいテンプレートのようなことしか書いていない。寧ろ笑ってしまうような稚拙な嫌がらせだ。唯一まともに嫌がらせになっているのは、油性ペンで書いている所だろう。流石に油性は落ちにくい。
「お前が主犯か・・・」
智昭はボソリと呟く。
一瞬ビクッとしてから、最上は叫び始める。
「そうよ! 何が悪いの! アイツがいなければ、私はもっと目立っていたのに! 城戸崎なんかが来るからいけないのよ!」
これを聞きながら智昭は全く別のことを考えていた。
『こんなに〈!〉ばっかりつけていて疲れないのだろうか・・・。』と。
「何か言いなさいよっ! いつまで無視してるつもりっ!」
その言葉で我に返る智昭。人の話を聞かないにも程があるな。
「別に無視してたわけじゃない。言葉もないほど呆れてただけだ」
さらに逆上する最上。
「アンタなんかに何がわかる! いつもヘラヘラしてるくせにっ!」
「何もわかるわけないだろ。人の考えてることが全部わかるはずなんてあるわけない。高校生になってもまだその位のことがわからないのか?」
「黙れっ! ゴホゴホ」
あまりに叫び過ぎて咽たのか咳き込む最上。
間抜けだ・・・と思ったが、大体聞きたいことは聞けたので放っておく智昭。
ここで一つ訊き忘れていたことを思い出した智昭は質問する。
「一つ訊き忘れてたんだが、他には誰が協力してたんだ?」
「そんなこと聞いてどうするのさ?」
喉が嗄れたらしい最上は掠れ声で聞き返す。
喉を傷めたせいで冷静になった最上は静かになった。あまりにも間抜けな理由だな。
「勿論報復活動を行うためだ。お前らのせいで、俺は散々追いかけられたんだからな」
「言わなかったらどうするのさ」
「何をしてでも聞きだす。いざとなればあの担任も利用する」
方波見の恐ろしさを思い出したのか、最上の顔色は途端に青ざめる。
「ふん。そんなの言う訳ない」
最上は教室を走って出て行った。
仕方ないので、玲奈の机を綺麗にしながら智昭はぼやく。
「油性落ちにくい」
翌日、和宏たちに昨日のことを伝えていると、校門前に最上とその取り巻きその他諸々の集団が立っていた。
「何だ? どうしてあいつ等がここに?」
一番最初に彼女たちを見つけた和宏は疑問を発する。
「さあな。俺にわかるはずもない」
「私にもさっぱりです」
「一体どうしたんだろうね」
智昭達も首を捻る。
彼女達は玲奈の姿を見つけると、駆け寄ってきて次々に謝り始めた。
「ごめんなさい」
「色々とすみませんでした」
「悪かったです」
謝ると、これまた次々に校舎へと走り去っていく。
最後に残ったのは、最上であった。
「何と言うか・・・こっちが勝手に僻んで嫌がらせとかして悪かった」
それだけ言うと、顔を真っ赤にして校舎へと走り去る。
「ホントに悪かったと思ってるのかねえ」
「さあな。そんなことはわからん。大事なのは謝りに来たってことじゃないか?」
和宏は笑っている。
「そうだよ。悪いと思っているから、ちゃんと謝りに来たんだよ」
「そうですよ。きちんと謝ってもらったので、今回のは解決ということでいいと思います」
それに若干不満そうなのは智昭だった。
「俺には謝りの言葉はないのか?」
「ないな」
「ないと思うよ」
「ないです」
三者三様の言葉だが、言っていることは同じだ。
「お前はとばっちりを受けただけで、特に何かされたわけじゃないからな。当然追いかけた連中に謝ってもらうしかないだろう」
和宏の容赦のない言葉に、智昭は泣きたくなったのだった。
なんでこんな終わり方になったのだろうか・・・?
もっといろいろと嫌なものが残る終わり方を予定してたはずなのに・・・