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第9話 もうひとつの解

「仕方ないな。猫は飼ってもいいよ」

しぶしぶ、と言った感じで承諾した僕にソラは「ありがとう」と嬉しそうに笑った。

全部僕のお芝居だと分かっていただろうに、なんとも律儀な子だ。


光瀬はさっそく子猫を抱きあげ、顔を見ながら名前を考え始めている。

「よし、シュレちゃんだ」

「物理から離れろ!」

僕が反論すると、スッと近づいてきたソラが光瀬に向かって無邪気に言った。


「ねえ、1番は?」

「え? 1番? そんな名前変だろ」

僕がそう言うとソラは笑って首を横に振った。

「そうじゃなくてさ、さっきのは光兄が2番目に正しいと思った答えでしょ? 1番目はなんだったの?」

もうすっかり終わってしまったパラドックスの話を、なぜかソラが再び蒸し返した。

正直、僕はそんな話どうでも良かった。休みの日に物理の話を延々とするのは疲れる。


「聞かない方がいいよ、ソラ。どうせくだらないオチで終わるんだから」

「え? そうなの?」

「そうに決まってる」

僕が断定的に言うと、さすがに黙って聞いていた光瀬も、ムッとした表情をして子猫を床に降ろした。


「俺が今までにくだらないオチで話を終わらせたことがあるか? 比奈木」

「そうじゃなかった事が記憶にない」

「記憶回路の故障だな」

「人をロボットのように言うな」

「・・・ふ」

「何で笑うんだよ」

「ねえねえ、一番はなあに?」

再びソラが僕らの突っ込み合いに入り込んできた。こういうところは妙に頑固な子だ。


「聞きたい? シュレーディンガーのパラドックスの解」

光瀬が改まった声を出し、僕とソラの前に座った。三角座りだ。

「うん、聞きたい」

ソラが目を輝かせた。

何度も言うようだが、ソラはシュレーディンガーの猫が何なのかも知らないはずだ。

まだ元素記号を暗記するレベルの14歳だ。

彼はいったい何が楽しいんだろう。女の子のように長いまつげの、ぱっちりとした目でじっと光瀬を見つめている。


「知ってるんだったら勿体つけずに言ったらいいじゃないか」

僕はウンザリしてそう言ってみた。

「デコヒーレンスだよ」

「それはさっき聞いたよ」

「なぜデコヒーレンスが起きるんだと思う?」

「え?」

「玉手箱や鶴の恩返しの障子じゃあるまいしさ。どうしてちょっと干渉しただけでパラドックスが崩れて消えてしまうんだ?」

「それは量子のこと?」

「シュレーディンガーの猫の話だよ。なぜ、ミクロの世界をマクロの世界に持って来れない? 反映できない? 同じ一つの世界なのに。小さいってだけで、どうして覗けない?」

僕とソラは顔を見合わせた。ちょっと光瀬の顔が怖かった。

「なんで?」

「バレてしまうからさ」

「ん?」

「量子の秘密が何なのかが、バレてしまうからだよ。だから何らかの力が二つの世界に壁を作った。パラドックスにデコヒーレンスを与えて解けなくしたんだ」

「ごめん、よく分からないよ」

僕は両手をあげて、降参のポーズを作った。


「じゃあ、話を簡単にしよう」

光瀬はニコリと笑った。

最初からそうして欲しかった。



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