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第6話 箱の中の解

「・・・」

3人は、『やはり見られてたんだ』と言わんばかりの分かりやすいリアクションでお互いを見やった。


「そう。俺見てたんだよね昨日。君たち3人が小さな仔猫をどこかから拾ってきて、この廃棄された冷蔵庫の中に笑いながら放り込むのを。秋とはいえ日差しは今日よりかなり強く、パッキンで酸素も取り入れられないこの黒い鉄の箱の中は、生まれて間もない仔猫には快適とは言えない環境だったんじゃないかな。正気の沙汰じゃないよね」

少年達は更に青ざめたが、聞いていた僕も不快感に胃が重くなり、思わず拳を握りしめた。


「俺はそこでハッと気がついたんだ」

光瀬は一人芝居をする役者のように、大げさに手を広げ、その手をパンと打った。

「これは実験なんだ、と。今まさにこの3人の少年は世紀の大発見をしたんではないだろうか。電気の入ってない冷蔵庫の中を、新たな力を使って快適空間に出来るのかもしれない。いや、もしかしたらタイムマシンになっていて、フタを開けると中の仔猫は大人になってるのかもしれない。俺はこの世紀の大発見を記録すべく、この携帯のビデオカメラで君たちの様子を全て録画したんだ」

早口でそう言うと、光瀬はもう一度携帯を彼らの前にかざした。

「と・・・撮ったのか?」

太っちょの少年Cが青い顔で思わずそう言った。

「安心していいよ。この携帯のビデオカメラはかなりの高画質高機能なんだ。君たちの顔も、楽しそうな笑い声も会話も、とてもクリアに収めることができた」

少年3人はもう顔を見合わせることもせずに、そのメタリックレッドの携帯を見つめたまま固まってしまった。


“よし!”


僕は思わず握った拳をガッツポーズに変えた。

虐待の証拠を掴んだんだ。仔猫もきっと光瀬が救出したんだろう。

少年達は見られてしまったのかと思い取りあえずここまで来たが、まさかビデオ録画されてるとまでは思わなかったに違いない。

今はじめて僕の中で光瀬が神々しく光り輝いた。


「さあ、今からまた動画の続きを撮る。実験の結果を見ようよ、博士たち。ナレーションが必要なら俺が入れてあげるよ。何と入れたらいい?『箱の中の仔猫は果たしてどうなっているでしょうか!』にしようか?」

そう言いながら光瀬はビデオカメラのスイッチを押した。携帯のレンズの下に、録画中のランプが点灯する。


「そ・・・そんなの。猫はあんたがもう外に出しちゃったんだろ? 中にいるわけないじゃないか」

痩せぎすの少年Bが言った。AもCも、思わず頷く。

「は? 俺が猫を逃がすだって? まさか。あり得ないね。仮にも俺は物理学を志すものだ。実験がどれほど大事なものか知ってる。人の実験を途中でぶち壊すなんて事あり得ないよ。箱の中はそのままだ」

光瀬は本当に心外だとばかりに肩をすくめた。


え・・・。芝居だよな。

僕は思わず苦笑いをした。

握った手が汗ばんできた。隣をみると、ソラも固唾を呑んで見守っている。


・・・違うのか? 芝居じゃないのか?


「あー、もう録画時間が終わっちゃうよ。博士たち、早く頼みますよ。うまくいったらホームページに載せるんだから。少年3人による、恐怖の大実験! って見出しを付けて」

その言葉に3人はギョッとした顔で光瀬を見た。

「俺のホームページさあ、18禁にしてあるのにけっこうな閲覧者が来るんだよね。来るのは君たちみたいな中学生ばかりかもしれないな。グロイのや、ヤバイのや、イタイのが好きなお子様がね」


え・・・。


「昨日の君たちの録画はPC用にもう編集してあるんだ。今日君たちに出会えてよかった。あれだけじゃ、面白くないもんね。ドラマも実験も結末が大事だ。この扉を開けた映像とセットにして今夜あたり更新しようと思ってるんだ。なあ、どうかな」

光瀬はニヤリと笑った。どこか狂気じみた笑いにも見える。


・・・なんだ? 趣旨が変わってきてないか?

なんだそのHPっていうのは。なんだR18っていうのは。


「バ・・・バカじゃない? あんたイカれてるよ」

「そうだよ、僕らはちょっと・・・」

「え? 聞こえないなあ。ちょっと、何?」

たじろぐ少年達に光瀬は更に微笑みかける。

なんだ? さっきまでヒーローだった光瀬の顔が、まるで悪魔に見えてきた。これは・・・何だ?


「さあさあ、博士たち、早く中を見せてくださいよ。博士達も見たいでしょ? この中身を。しっかり録画してあげるからさあ、世界中に見せてやろうよ」


そう言えば僕は光瀬の事をあまりよく知らない。

同じ工科大に通い、ルームシェアしている物理オタクだということくらいだ。

照りつける陽射しのせいか、少し吐き気がしてきた。


箱の中には解がある。

僕の知らない『光瀬』という男にまつわる解が。


今一番、そのブラックボックスを開けて欲しくないのは僕かもしれない。

扉を開くまで答えは確定していないというシュレーディンガーのパラドックス。

願わくば、今もそうであって欲しい。

その目の前の箱の中の仔猫の生死は、まだ決まってなければいい。

だったら僕はこの3人の少年に、決して箱を開けさせない。

そうすれば、猫の生死は永遠に決定しないのだから。


「さあ、早くドアを開けてよ、博士たち」

光瀬の声が、楽しそうに響いた。



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