第七話:父の疑問
朝日が村を照らしても、昨夜の空気はまだ消えていなかった。
壊れた柵、掘り返された土、疲れた顔の大人たち。世界は明るいのに、みんなまだ夜の延長線上にいるみたいだった。
俺は家の裏で井戸水を顔にかけていた。
冷たい。
「起きてたか」
父だった。
服は着替えているが、首に擦り傷がある程度。あれだけ戦ってそれだけか。本当に何なんだこの人。
「そっちこそ」
「歳を取ると寝不足でも起きる」
「十五歳の息子に言う台詞じゃない」
父は井戸の縁に腰を下ろし、少し黙ってから聞いた。
「お前、どうして敵の位置がわかる?」
来た。
まあ来るよな。
俺は少し考え、答えられる範囲で答える。
「見える」
「何が」
「人の位置とか、地形とか、建物の中とか」
「どこまでだ」
「半径1kmくらい」
父は静かに息を吐いた。
「倒れた後からか」
「たぶん」
「前兆は?」
「ない、と思う」
父はしばらく俺を見ていたが、やがて言った。
「無理に全部話せとは言わん」
「いいの?」
「お前は昨夜、村を救った」
それだけで十分だとでも言うような声だった。
押しつけがない。
その優しさが、ちょっとくる。
「ただし気をつけろ」
父は続ける。
「その力が外に知れたら、利用したがる奴はいくらでも出る」
「うん」
「奪えないものほど、人は欲しがる」
妙に実感のある声だった。
この人もきっと、そういう世界を見てきたんだろう。
「父さんは何者?」
聞き返す。
昨夜の強さを見た後で、普通の農民だとはもう思えない。
父は鼻で笑った。
「農民だ」
「無理がある」
「昔ちょっと冒険してた」
「その“ちょっと”の範囲が広すぎる」
「人には色々ある」
便利な逃げ方しやがる。
でもまあ、俺も秘密を抱えている。お互い様だ。
父は立ち上がり、俺の頭をぐしゃっと撫でた。
「少なくとも、俺はお前を信じる」
「……重いこと軽く言うな」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど」
「ならいい」
言うだけ言って去っていく。ずるいな、この父親。
朝の村では、昨日の話でもちきりだった。
「レインが“左から来る”って言ったら本当に来たんだ!」
「まるで見えてるみたいだったぞ!」
やめろ。全部事実だけど大声で言うな。
とはいえ、完全に隠し通すのはもう無理だろう。少なくとも村の中では“レインは妙に敵の動きがわかる”で定着してしまった。
そこへミリアがやって来た。
「人気者」
「嫌な言い方するな」
「でも事実でしょ」
彼女は少しだけ真面目な顔になる。
「昨日、ありがとう」
「何が」
「倉庫の裏」
ああ、あの侵入者か。
俺が父へ指示を飛ばさなければ、倉庫は危なかった。
「別に。見えたから言っただけ」
「それが普通じゃないって言ってるの」
やっぱり気づいてる。
でもミリアはそれ以上踏み込まなかった。
「まあいい。あんたは昔から変なとこで頼りになるし」
「昔から、はちょっと盛ってる」
「昔はもうちょっと頼りなかった」
「正直だな」
昼過ぎ、父が薪を割りながらぽつりと言った。
「賢いのはいいが、性格はほどほどに悪くしとけ」
「何だその教育方針」
「行き過ぎると嫌われる」
「父さんに言われたくない」
「俺は好かれてる」
「母さんにはね」
父の手が一瞬止まった。
よし、一本取った。
村は守られた。
だが、これで終わりじゃない。
俺の物語はまだ始まったばかりだ。
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