第二十二話:ダンジョン前夜
初ダンジョンが決まると、村の空気がほんの少し変わった。
いや、正確にはうちの周囲だけだ。
母は保存食を準備し、ミリアは薬草や包帯をまとめ、ガロンはなぜか朝から丸太を担いで走っていた。
「何してんの」
俺が聞くと、ガロンは汗だくの笑顔で答える。
「鍛えてる!」
「今さら?」
「今さらでもやる!」
偉いのか馬鹿なのか判断に困る。
たぶん両方だ。
俺は俺で、庭先に棒切れや石を並べていた。
戦えないなら、戦えないなりの準備がいる。地形が見えるとしても、実際にどう指示を飛ばすか、狭い通路で誰をどこに置くか、混乱した時にどう体勢を整えるか。
頭の中だけでは足りない。
だから簡単な模擬配置を作って、ミリアとガロンを付き合わせた。
「ガロンのために説明だが、ダンジョンは地下にできた迷宮のことだ。昔から世界のあちこちにあって、中には魔物が住み着く。」
「迷宮って……自然にできるの?」
「さあな。誰が作ったかは知らんが、奥には宝や古い遺物が残ってることが多い」
「例えばこれが通路だとして」
「狭っ」
「地下迷宮だぞ?広いわけないだろう、で、ガロンはここ」
「前だな!」
「前。ミリアは一歩後ろの右」
「了解」
「俺はさらに後ろ」
ミリアが眉をひそめる。
「かなり後ろね」
「当然だろ。俺が前にいたら終わる」
「そこは否定しない」
ガロンが棒切れを踏みそうになったので、俺は慌てて止めた。
「踏むな」
「おお、すまん」
「謝れるのえらいな」
「俺、素直だぞ!」
「知ってる」
ほんとに知ってる。
この大型駒、扱い方はかなりシンプルだ。
敵が前にいたら止める。押す。殴る。細かい判断は期待しない。その代わり、指示を短く、はっきり出す。
逆にミリアは細かい指示が通る。
弓はまだ実戦レベルではないが、視野が広く勘もいい。何より、俺の言いたいことを半分くらい先読みする時がある。
……相性は悪くない。
夕方、準備が一段落した頃、父が庭に出てきた。
何も言わず、俺が置いた石や棒の配置を見る。
「悪くない」
「珍しく褒めた」
「珍しいか?」
「かなり」
父は苦笑し、棒切れを一本拾った。
「ただ、下がる合図を決めろ」
「合図?」
「戦闘中は長い説明が通らん。『引け』『右』『止まれ』、使う言葉は最初に固定しろ」
なるほど。
それはかなり実用的だ。
「あと、ガロン」
「おう!」
「突っ込むな」
「わかった!」
「絶対わかってない」
ミリアが即答する。
父も否定しなかった。
「だからレイン、お前が止めろ」
「はいはい」
父は少しだけ視線を細めた。
「お前、前より顔つきが変わったな」
「そう?」
「腹を括る顔になってる」
その言葉に、少しだけ胸がざわつく。
前世の俺は、腹を括る前に言い訳を探していた気がする。
でも今は、怖くても先に進む方を選べる。
それが成長なのか、前世で死んだせいで感覚が変わったのかはわからない。
夜、ミリアが家の裏までやってきた。
「起きてる?」
「うん」
外に出ると、村は静かだった。遠くで犬が鳴き、風が畑を撫でている。
ミリアは少しだけ言いにくそうにしてから、弓を見せた。
「明日、これ持ってく」
「知ってる」
「……最近ほんと腹立つ」
「ごめんて」
彼女は小さく息を吐く。
「でもちょっと怖い」
「何が」
「初めてでしょ。ダンジョン」
図星だった。
俺も怖い。かなり。
「怖いよ」
素直に言うと、ミリアは少しだけ驚いた顔をした。
「……言うんだ」
「言うよ。怖くないわけない」
「そっか」
「でも、やるしかない」
しばらく沈黙が落ちた。
やがてミリアは、俺の袖を軽く引いた。
「じゃあ、ちゃんと指示して」
「うん」
「私もちゃんと動くから」
その言葉は、思った以上に心強かった。
仲間がいる。
前にガロン、横にミリア、そして少し離れた場所に父と母。
一人じゃない。それだけで、怖さは少し減る。
明日は迷宮。初めての本当の実地試験だ。




