第十九話:弱みと貸し
町で一仕事終えた俺たちは、帰る前に少しだけ市場へ寄ることになった。
薬草の追加売却、生活用品の買い足し、それからガロン用の最低限の寝具。村に連れていく前提で話が進んでいるのが少し面白い。
市場は相変わらず騒がしかった。
人の流れ、露店の声、値切り交渉、笑い声、怒鳴り声。情報の海だ。
俺はエリアサーチを広げながら歩く。
すると、ある露店の裏で見覚えのある顔を見つけた。
ギルドの若い職員だ。さっきまで支部長の補佐をしていた男が、こっそり別の商人と話している。
商人の手の中には、本来ギルド倉庫に戻るはずの刻印入り道具箱が二つ。
「あー」
思わず声が出た。
「どうした?」
父が聞く。
「またよくないもの見つけた」
「町、怖」
ミリアが率直に言う。
ほんとそれ。
俺は少し考えた。
見なかったことにもできる。だが、ギルドに恩を売れるなら悪くない。
しかも相手は若い職員。たぶん大ごとになる前の横流し未遂だ。今なら“潰す”より“止める”方が、後で使いやすい。
俺は父にだけ小声で伝えた。
「ギルドの若い奴が、備品流しかけてる」
「確かか」
「刻印つき。裏で商人と話してる」
父は少しだけ目を細める。
「どうする」
「まず止める。その上で、支部長に恩を売る」
父は一瞬だけ俺を見て、頷いた。
「好きにしろ」
任された。
俺は一人でその職員に近づく。
相手は最初、俺をただの子供だと思っていた。だが俺が露店の影で止まり、静かに言う。
「それ、ギルドの刻印入ってるよね」
男の顔が固まった。
「……何のことだ」
「裏通りの露店、木箱、刻印」
相手の喉が動く。
わかりやすすぎる。
「今ならまだ、支部長に“報告前の相談”で済む」
「お前、誰だ」
「ただの勘がいい子供」
便利ワード。
男は青ざめた。
「ば、ばらす気か」
「ばらすというか、今のままだと普通に見つかる」
「その前に止めたいだけ」
「……」
「箱を戻す。商人との話は切る。自分から支部長に謝る」
「それで終わるのか」
「今回は“未遂”だ。自分から頭を下げれば、たぶん首はつながる」
男は数秒迷った後、観念したように肩を落とした。
「……わかった」
「あと」
俺は続ける。
「今後、ギルドで何か面白い依頼や妙な噂が入ったら、先に父さん――エドへ回して」
男が目を見開く。
「そういう魂胆か」
「違う」
俺は首を振った。
「今回見逃す代わりじゃない。君がこの先ちゃんと働くなら、その方がギルドにも得だろって話」
半分は本音だ。
もう半分は、こういう時に“借り”ではなく“使える関係”を残しておいた方が後で効くからだ。
男はまだ不安そうだったが、さっきまでより少しだけ呼吸が整っていた。
「……リットだ」
「ん?」
「俺の名前」
なるほど。
「じゃあリット」
俺は言う。
「今ここで変に隠すより、自分から謝った方が傷は浅い」
リットは無言で頷いた。
取引、というほど大げさなものではない。
ただ、落ちる前に手を出してやっただけだ。
前世の営業でも、全部を潰すより“引き返せるうちに戻す”方が、後で使える場面は多かった。
もちろん甘やかしすぎれば腐る。
だからこそ一回だけだ。
戻ると、ミリアがじっと俺の顔を見た。
「また何かした」
「交渉」
「最近そればっか」
「得意分野」
「胸張るな」
ガロンはよくわかっていない顔で肉串をかじっていた。
「今、戦ったのか?」
「別の意味で」
「頭いい奴の戦い方わからん!」
「知ってる」
父は何も聞かずに市場の袋を持ち直した。
その無言がありがたかった。
支部長への話は、町を出る直前にまとめて通した。
ただし“告発”ではなく、“未遂の段階で本人が自分から謝罪した”という形だ。
リットは青い顔で先に頭を下げており、支部長は頭を抱えながらも、今回に限っては厳重注意で済ませたらしい。
「温情だな」
父が帰り道で言う。
「そうだな」
「二度目はない」
「たぶん」
それで十分だ。
今後リットに対して効くのは、“横流しを知っている”ことそのものじゃない。
あいつが一度、支部長の温情で残された立場だと、俺が知っていることだ。
それは秘密というより、後がない人間の弱さに近い。
「貸しを作れたな」
父が言う。
「うん」
「使いどころは考えろ」
「わかってる」
俺は荷袋の紐を握り直す。
情報は力だ。
だが、ただ握るだけじゃ弱い。
貸しに変える。関係に変える。選択肢に変える。
それで初めて効いてくる。
「ほんと、性格悪い方向に賢いわね」
ミリアが隣で言った。
「褒め言葉?」
「半分」
残り半分は何だ。
でも、その半分でも悪くなかった。
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