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半径1kmの神様  作者: ずむずむ
第二章:辺境ギルドとおバカな巨人

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第十九話:弱みと貸し

町で一仕事終えた俺たちは、帰る前に少しだけ市場へ寄ることになった。

 薬草の追加売却、生活用品の買い足し、それからガロン用の最低限の寝具。村に連れていく前提で話が進んでいるのが少し面白い。

 市場は相変わらず騒がしかった。

 人の流れ、露店の声、値切り交渉、笑い声、怒鳴り声。情報の海だ。

 俺はエリアサーチを広げながら歩く。

 すると、ある露店の裏で見覚えのある顔を見つけた。

 ギルドの若い職員だ。さっきまで支部長の補佐をしていた男が、こっそり別の商人と話している。

 商人の手の中には、本来ギルド倉庫に戻るはずの刻印入り道具箱が二つ。

「あー」

 思わず声が出た。

「どうした?」

 父が聞く。

「またよくないもの見つけた」

「町、怖」

 ミリアが率直に言う。

 ほんとそれ。

 俺は少し考えた。

 見なかったことにもできる。だが、ギルドに恩を売れるなら悪くない。

 しかも相手は若い職員。たぶん大ごとになる前の横流し未遂だ。今なら“潰す”より“止める”方が、後で使いやすい。

 俺は父にだけ小声で伝えた。

「ギルドの若い奴が、備品流しかけてる」

「確かか」

「刻印つき。裏で商人と話してる」

 父は少しだけ目を細める。

「どうする」

「まず止める。その上で、支部長に恩を売る」

 父は一瞬だけ俺を見て、頷いた。

「好きにしろ」

 任された。


 俺は一人でその職員に近づく。

 相手は最初、俺をただの子供だと思っていた。だが俺が露店の影で止まり、静かに言う。

「それ、ギルドの刻印入ってるよね」

 男の顔が固まった。

「……何のことだ」

「裏通りの露店、木箱、刻印」

 相手の喉が動く。

 わかりやすすぎる。

「今ならまだ、支部長に“報告前の相談”で済む」

「お前、誰だ」

「ただの勘がいい子供」

 便利ワード。

 男は青ざめた。

「ば、ばらす気か」

「ばらすというか、今のままだと普通に見つかる」

「その前に止めたいだけ」

「……」

「箱を戻す。商人との話は切る。自分から支部長に謝る」

「それで終わるのか」

「今回は“未遂”だ。自分から頭を下げれば、たぶん首はつながる」

 男は数秒迷った後、観念したように肩を落とした。

「……わかった」

「あと」

 俺は続ける。

「今後、ギルドで何か面白い依頼や妙な噂が入ったら、先に父さん――エドへ回して」

 男が目を見開く。

「そういう魂胆か」

「違う」

 俺は首を振った。

「今回見逃す代わりじゃない。君がこの先ちゃんと働くなら、その方がギルドにも得だろって話」

 半分は本音だ。

 もう半分は、こういう時に“借り”ではなく“使える関係”を残しておいた方が後で効くからだ。

 男はまだ不安そうだったが、さっきまでより少しだけ呼吸が整っていた。

「……リットだ」

「ん?」

「俺の名前」

 なるほど。

「じゃあリット」

 俺は言う。

「今ここで変に隠すより、自分から謝った方が傷は浅い」

 リットは無言で頷いた。

 取引、というほど大げさなものではない。

 ただ、落ちる前に手を出してやっただけだ。

 前世の営業でも、全部を潰すより“引き返せるうちに戻す”方が、後で使える場面は多かった。

 もちろん甘やかしすぎれば腐る。

 だからこそ一回だけだ。

 戻ると、ミリアがじっと俺の顔を見た。

「また何かした」

「交渉」

「最近そればっか」

「得意分野」

「胸張るな」

 ガロンはよくわかっていない顔で肉串をかじっていた。

「今、戦ったのか?」

「別の意味で」

「頭いい奴の戦い方わからん!」

「知ってる」

 父は何も聞かずに市場の袋を持ち直した。

 その無言がありがたかった。

 支部長への話は、町を出る直前にまとめて通した。

 ただし“告発”ではなく、“未遂の段階で本人が自分から謝罪した”という形だ。

 リットは青い顔で先に頭を下げており、支部長は頭を抱えながらも、今回に限っては厳重注意で済ませたらしい。


「温情だな」

 父が帰り道で言う。

「そうだな」

「二度目はない」

「たぶん」

 それで十分だ。

 今後リットに対して効くのは、“横流しを知っている”ことそのものじゃない。

 あいつが一度、支部長の温情で残された立場だと、俺が知っていることだ。

 それは秘密というより、後がない人間の弱さに近い。

「貸しを作れたな」

 父が言う。

「うん」

「使いどころは考えろ」

「わかってる」

 俺は荷袋の紐を握り直す。

 情報は力だ。

 だが、ただ握るだけじゃ弱い。

 貸しに変える。関係に変える。選択肢に変える。

 それで初めて効いてくる。

「ほんと、性格悪い方向に賢いわね」

 ミリアが隣で言った。

「褒め言葉?」

「半分」

 残り半分は何だ。

 でも、その半分でも悪くなかった。 

読んでいただき、ありがとうございます!

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