第一話:外れスキル?
目が覚めた瞬間、俺は天井を見上げていた。
木の梁。
藁の匂い。
薄い布団。
どこだここ。
いや、その前に。
「……ちっさ」
自分の声が妙に高い。
手を見れば、細くて小さい。社会にすり減らされた営業マンの手ではない。もっと若く、もっと頼りない手だ。
その瞬間、頭の奥に記憶が流れ込んできた。
日本。会社。会議。ノルマ。終電。理不尽。
そしてもう一つ。
辺境の村。畑。森。父と母。レイン・クロード、十五歳。
「うわ」
思わず額を押さえる。
理解した。
死んだな、俺。
たぶん過労か何かで死んで、気づけば異世界の少年に転生していた。ずいぶん雑な導入だが、現実がそうなら認めるしかない。
「レイン? 起きたの?」
扉が開いて、女の人が顔を覗かせた。柔らかな栗色の髪に、穏やかな笑み。記憶がすぐに答えを返す。母だ。
「あ、うん」
「昨日、森ではしゃいで倒れた時はどうなるかと思ったわよ」
倒れた。
なるほど。そこで中身が入れ替わったらしい。
さらに後ろから、がっしりした男が入ってくる。日に焼けた肌、筋肉質な腕、無精髭。父だ。
「飯は食えるか」
「たぶん」
「食えれば問題ない」
雑だな、この父親。
でもその雑さが妙に心地いい。
起き上がろうとした時だった。
視界の端ではなく、頭の中に何かが浮かんだ。
青白い立体地図。
村全体の模型みたいなものが、半透明で空間に広がっている。家の位置、畑、井戸、森への道、地形の起伏まで全部わかる。
「……何これ」
「どうしたの?」
「いや、なんでも」
意識を向けると、さらに情報が増えた。
建物の中。
人の位置。
壁の厚さ。
床下の空間。
いや待て。
人の位置までわかるのか?
俺は試しに村長の家へ意識を向けた。
村長は裏の物置にいた。
村長の妻ではない女と一緒に。
「うわぁ……」
「レイン?」
「なんでもない。ほんとになんでもない」
初手で村長の不倫現場を把握する異世界転生って何だよ。
神様がいるなら絶対性格悪いだろ。
食事をしながらも、俺は頭の中の地図を何度も確認した。範囲は村とその外の森まで。感覚的には半径1kmくらい。遠い場所ほどぼやけるが、それでも十分すぎる。
地形。
建物。
人の位置。
隠れた空間。
便利すぎる。
地味だが、情報は強い。前世で嫌というほど知っている。決裁権を持つ人間が誰か、誰が裏で繋がっているか、それを知る奴が会議室では勝っていた。
このスキル、戦えなくてもかなり危ないんじゃないか。
食後、身体を慣らすために外に出た。
辺境の村はのどかだった。土の道。木造の家。遠くの畑。澄んだ空気。前世の排気ガスまみれの朝とはえらい違いだ。
「レイン!」
声をかけてきたのは、亜麻色の髪を後ろで束ねた少女だった。快活な目、動きやすい服装、口を開く前から元気そうな顔。記憶が教える。幼馴染、ミリア。
「生き返った?」
「雑な確認だな」
「昨日のあんた、ほんと死にそうだったんだけど」
「縁起でもないこと言うな」
「言いたくもなるわよ」
ミリアはため息をついて、俺の額をぺしっと叩いた。
「無茶しないでよね」
「してない」
「今それ言う人は信用できない」
口は強いが、ちゃんと心配しているのがわかる。いい距離感だな、この幼馴染。
そんな軽口を交わしていた時、頭の中の地図で井戸のそばの動きが引っかかった。
小さな子供が、井戸の縁に乗り出している。
足元が危うい。
「やば」
俺は反射的に走った。
子供の足が滑る。
身体が傾く。
その前に横から抱き寄せ、二人まとめて地面に転がった。
「きゃっ」
「危なっ……!」
砂埃が舞う。膝が痛い。
だが落ちてはいない。
子供の母親が青ざめて駆け寄ってきて、何度も礼を言った。ミリアも息を切らして追いついてくる。
「レイン!? あんた昨日まで熱出してたくせに何してんの!」
「結果的にちょっと飛び込んだだけ」
「それを無茶って言うの!」
「定義が厳しいな」
「甘かったらあんた死ぬでしょ!」
はい、ごもっとも。
でもそのやり取りの途中、ミリアが俺の顔をじっと見た。
「どうした」
「何が」
「今、井戸見る前に走った」
「気のせいだろ」
「いや、気のせいじゃないでしょ」
勘がいいな、こいつ。
誤魔化そうとした、その時だった。
森の端で、妙な光点が動いた。
四人。
武装している。
村の様子を窺うように、木々の陰を移動している。
嫌な汗が背中を伝う。
「ミリア」
「なに」
「父さん、どこいる?」
「畑だけど……」
「わかった、助かる」
「ちょ、どしたのよ!」
俺は答えず走り出した。
畑の端で父は鍬を持っていた。だが俺の話を聞いた瞬間、その顔から農夫の気配が消えた。
「森に変なのがいる。四人。武器持ち」
「見えたのか」
「なんとなく」
「場所は」
「西の古い倒木の近く」
父の目が鋭く細まる。
「家に戻ってろ」
「たぶん盗賊系だと思う」
「……そうか」
父は鍬を置いた。
その動きが、農具を置いたというより武器を選んだ兵士のそれだった。
普通の農民じゃない。
そう確信した瞬間、父が低く言った。
「その話が本当なら、急ぐぞ」
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