第十三話:おバカな巨体
床にハマった巨体の男は、しばらく自力で抜け出そうとしていた。
「ぬおおお……!」
筋肉が盛り上がる。
床板がさらに悲鳴を上げる。
「やめろ広げるな!」
ギルド職員が青ざめて飛んでくる。
周囲の冒険者たちも半ば呆れ、半ば面白がって見ていた。
「またか」
「今月二回目だぞ」
「床が可哀想だ」
常習犯かよ。
父が受付から戻ってきて、その光景を見て眉を寄せた。
「何してるんだあいつ」
「床に負けてる」
「違う! 床が俺に負けた!」
本人が反論してきた。
いやそこじゃない。
父は小さく息を吐き、片手で男の腕を掴む。
「ガロン、力抜け」
「ぬ?」
「抜け」
「わ、わかった!」
父が軽く引いた。
ずぼっ、と男が抜ける。
巨体が床穴から引き上がり、周囲が少しざわめいた。
「知り合い?」
俺が聞くと、父は面倒そうに答えた。
「顔見知りだ」
「顔見知り?」
「正確には、昔一回だけパーティを組んだ奴の後輩」
「微妙に遠いな」
巨体の男は立ち上がると、父を見て目を輝かせた。
「おお!エドの旦那!」
「旦那はやめろ」
「じゃあエドの兄貴!」
「もっとやめろ」
会話のテンション差がひどい。
男は今度こちらを見た。
目が合った瞬間、ものすごい勢いで近づいてくる。
近い近い近い。
「なんだお前! ちっさいな!」
「第一声がそれ?」
俺は反射的に言い返した。
男は豪快に笑った。
「悪い悪い! 俺、ガロン! でっかい! 強い! あと腹減ってる!」
「自己紹介が雑!」
ミリアが思わずツッコむ。
ガロンと名乗った男は、そこで初めて彼女に気づいたように目を丸くした。
「おお!女だ!かわいい!」
「小さいな!色々と!」
「いきなり喧嘩売ってんの!?」
「お前ら、うるさい!」
柄にもなく怒鳴ってしまった。
こいつはバカだ。
しかもかなり純度の高いバカだ。
父が額を押さえた。
「お前、なんでここにいる」
「依頼受けようと思って!」
「床抜いてるが」
「床が弱い!」
「違う」
ガロンはそこで初めて少ししょんぼりした。
「違うのか……」
納得するな。
受付の女性がため息をつく。
「ガロンさんはさっきから荷運び依頼で揉めてたんです」
「揉めてたっていうか、勝手に挑んで自爆しただけよね」
近くの冒険者が補足した。
ガロンは胸を張る。
「重い荷物なら俺向きだと思った!」
「発想は合ってる」
「だろ!」
「床を抜かなければな」
俺が言うと、ガロンは真顔になった。
「小さいの、頭いいな」
「小さいは余計だが、お前よりはな」
「俺、頭いい奴好きだ!」
「雑な告白やめろ」
ミリアが吹き出した。
どうやら彼女のツボに入ったらしい。
にしてもガロンの身体つきは本当に異常だった。
筋肉のつき方、重心、足腰。技術は粗いが、単純な膂力はかなりある。
たぶん強い。
そしてたぶん、びっくりするほど扱いやすい。
――バカだから。
その時、受付の奥で職員たちが小声で話しているのが耳に入った。
「ちょうどいいかも」
「でもあの依頼、普通は避けるでしょ」
「前衛だけなら向いてるかも……」
俺は意識を向ける。
掲示板の裏、まだ出されていない依頼書が数枚ある。その一つに“倉庫整理補助・地下搬出”の文字。
報酬はそこそこ。だが、注記に“地下通路の崩落注意”。
なるほど。
人手がいる。でかくて力がある奴は欲しい。でも普通は危険で嫌がる。
俺は口を開いた。
「父さん」
「なんだ」
「ギルド、なんか地下倉庫絡みで困ってるっぽい」
父が目を細める。
「何でわかる」
「受付の裏の気配」
嘘ではない。ちょっと盛っただけだ。
父は半眼になったが、追及はしなかった。慣れてきたな。
俺は続ける。
「ガロン、力仕事得意なんだろ」
「おう!」
「地下で荷物運ぶ依頼、向いてるかも」
受付の女性がびくっとした。
当たりか。
「ど、どうしてその依頼を」
「なんとなく」
便利な言葉である。
ガロンは目を輝かせた。
「地下! 面白そう!」
「崩れるかもよ」
ミリアが言う。地下からの発想か、やはりミリアは勘がいいな。
「崩れたら支える!」
「雑!」
だが、その馬鹿みたいな自信は嫌いじゃなかった。
父が俺をちらりと見た。
「お前、もう何か考えてるな」
「ちょっと」
ギルドの地下倉庫。崩落注意。力自慢のバカ。地形把握ができる俺。
これ、組み合わせとしては悪くない。
そして何より――
俺はガロンを見上げた。
「こいつ、使えるな」
口には出さなかったが、かなり強くそう思った。
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