第十二話:冒険者ギルド
町へ向かう朝は早かった。
まだ空が白み始めたばかりの時間、俺と父、それから大きな籠を背負ったミリアが村の入口に立っていた。
「忘れ物ない?」
母が聞く。
「ない」
「大丈夫」
「ほんとかしら」
主に俺の方を見て言うのはやめてほしい。否定しづらい。
村から森を抜け、丘を越え、小川沿いに続いている。村の中だけで生きてきたレインの記憶にもある道だが、今の俺には全部が少し新鮮だった。
そして何より、エリアサーチの感覚が違う。
村を中心にしていた頃は“自分の縄張り”だったが、移動するとその1km圏も一緒にずれていく。当然といえば当然だが、実感すると面白い。
森の獣道、崖の窪み、小川の浅瀬、旅人の位置。
全部が流れるように頭の中を通っていく。
「楽しそうな顔してる」
ミリアが横から言う。
「わかるか?」
「なんとなく」
「便利な言葉使うな」
「真似」
少し悔しい。
町が見えてきたのは昼前だった。
低い石壁に囲まれた、村とは比べ物にならない規模の集落。門、見張り台、露店、荷車、人、人、人。
「おお……」
思わず声が出た。
前世の都会ほどではない。だが、辺境の村から見れば十分に“町”だ。匂いも情報量も違う。焼いた肉、革、汗、馬、薬草、酒。いろんな臭いが混ざっている。
ミリアも目を丸くしていた。
「すご……」
「迷うなよ」
父が釘を刺す。
「子供扱い」
「実際まだ子供だ」
否定できないのがつらい。
門をくぐると、通りの両脇に店が並んでいた。鍛冶屋、食堂、雑貨、布、露店。客引きの声が飛び交い、荷車が通り、子供が走り抜ける。
俺はエリアサーチで周囲を確認する。
店の奥、路地裏、人の流れ。死角が死角じゃないのはやっぱり強い。
そして一つ思う。
町、秘密多そうだな。
いや考えるな。初日から嫌な見方をするな。
父が向かったのは、通りの一角にある石造りの建物だった。
看板には剣と盾の紋章。
冒険者ギルド。
「来たか」
父の声が少し低くなる。
中に入ると、熱気と酒の匂いが迎えてきた。
広いホール。依頼書の貼られた掲示板。受付カウンター。荒っぽい格好の冒険者たち。筋肉率が高い。あと声がでかい。
受付の女性が父を見るなり立ち上がった。
「エドさん。お待ちしてました」
「手続きの続きだ」
「こちらへどうぞ」
父は慣れた様子でカウンターに向かう。やっぱり“昔ちょっと”じゃ済まないだろこれ。
村の依頼報告などで何度かはこの町へ来ているらしいが、やりとりのスムーズさに言い表せない違和感がある。
俺とミリアは少し離れた場所で待つことになった。
「どうする?」
「とりあえず見る」
こういう場所は観察が大事だ。前世の展示会営業と同じである。違うのは客が剣を背負ってることくらいだ。
掲示板には依頼が並んでいた。
薬草採集、荷運び、魔物討伐、護衛、捜索。
ランクごとに分かれていて、下の方は雑用も多い。なるほど、生活がかかってるな。
ミリアは薬草関係の依頼に目を留めている。
「こっち、採集依頼ばっかり」
「興味ある?」
「ちょっとね」
「弓じゃなくて?」
つい口にすると、ミリアがぎくっとした。
「こ、この前の丘でのこと?」
「練習してるんだろ」
「この前は遊びで…!」
「毎朝見てたけど」
「見てたの!?」
「いや、正確には、見えてた」
慌てて弁解するが、だいたい同じかもしれない。
ミリアは真っ赤になった。
「言わないでよ、それ」
「言ってないだろ」
「今言った!」
「他人に、って意味で」
彼女はしばらく睨んできたが、やがて小さく息を吐いた。
「……冒険者、ちょっと興味あるだけ」
「知ってる」
「ほんと、そういうとこ腹立つ」
でも怒りきれない顔だった。
その時、ギルドの奥から騒がしい声が聞こえた。
「だから言ってんだろ! あの荷車は俺が先に見つけたんだ!」
「てめえ一人で持ち上がるわけねえだろうが!」
冒険者二人が揉めている。
片方は痩せた男。もう片方は――でかい。
とにかくでかい。
身長も肩幅も明らかに一回りおかしい。頭一つどころじゃない。大樽が歩いてるみたいな巨体だ。
しかも顔は妙に幼い。
「俺なら持ち上がる!」
「無理だって言ってんだろ!」
「じゃあ試す!」
周囲が止める間もなく、巨体の男がホールの隅に置かれていた荷樽に近づく。
俺は思わずエリアサーチで床を見る。
あ、まずい。
その辺、床板古い。
「待て」
言うより早く、男が樽ごと持ち上げ――
床が抜けた。
「うおおおお!?」
巨体ごと半分沈む。すごい音がした。周囲が一斉に静まり返る。
俺は思わず呟く。
「バカだ」
ミリアが真顔で頷く。
「バカね」
床にハマったまま、巨体の男は真剣な顔で言った。
「……持ち上がった」
「論点そこじゃねえよ!」
誰かが叫ぶ。
俺はその時、なぜか少しだけ笑ってしまった。
町は広い。
そしてどうやら、面白い馬鹿もいるらしい。
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