第十一話:はじめての町
父が町から戻ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
荷袋を背負い、いつも通りの無表情で歩いてくる。だがその後ろには荷車が一台ついていて、村人たちがざわついた。
「なんだあれ」
「補給か?」
「いや、荷車だけじゃないぞ」
俺もエリアサーチで確認する。
荷車の中には縄で縛られた盗賊の頭領、それから書類や袋。町での報告は無事済んだらしい。
父は村の広場に着くと、荷物をどさりと下ろした。
「ギルドから報奨金が出た」
その一言で、村長の目の色が変わる。わかりやすいな。
「ほ、報奨金!?」
「盗賊団壊滅の協力報酬だ。村にも一部回る」
広場の空気が一気に明るくなる。
そりゃそうだ。小さな村にとって臨時収入はかなり大きい。
父は俺の方をちらりと見た。
「あと、ギルドの職員が言ってた」
「何を」
「『敵の動きを正確に把握した奴がいるなら、そいつは相当使える』だそうだ」
嫌な予感しかしない。
「名前は?」
「出してない」
父が即答したので、少しだけ安心した。
「ただし、近くの町じゃ盗賊団の件でちょっとした話題にはなってる」
「そりゃそうか」
三十人規模の盗賊団が辺境の村でほぼ壊滅。しかも村はほぼ無傷。
普通に考えて変だ。
変だから、噂になる。
「で、町はどうだった?」
ミリアが食いつく。
彼女も父の帰りを待っていたらしい。さりげなく近くにいるのが自然でいい。
父は少し考えてから言った。
「人が多い。うるさい。飯はそこそこ。ギルドは酒臭い」
「最後だけ偏見じゃない?」
「事実だ」
すごく事実っぽい。
「俺も行く」
気づけば口にしていた。
父が眉を上げる。
「急だな」
「急じゃない。前から言ってた」
「そうだったか」
「覚えとけよ」
父は少しだけ笑った。
「まあ、いい。次に町へ行く時は連れていく」
「ほんと?」
「ただし見学だ。ギルドの登録はまだ先」
「年齢?」
「それもあるし、お前はまず体力がなさそうだ」
「そこは否定できない」
ミリアが横から割り込んでくる。
「え、ちょっと待って。レインだけ?」
「何が」
「町。私も行く」
「遊びじゃないぞ」
父の言葉に、ミリアは胸を張った。
「薬草の売り物あるし。リディアさんの手伝いってことにすれば自然」
「自然ではあるな」
「でしょ」
そう言いながら俺を見る。
「なによ」
「別に」
「『ついてくるのか』って顔した」
「被害妄想だな」
「最近あんた、ほんと腹立つ」
平常運転である。
だが、そのやり取りの最中に父が荷袋から木札を取り出した。
古びた金属の縁取りがされた、見慣れない札だ。
「これ、何」
「昔のギルド証だ」
「へえ……」
「もう使えんがな」
そう言って父は何気なく俺へ放る。
受け取って見た瞬間、裏面の刻印に目が止まった。
ランク表記。
「……S?」
思わず声が漏れた。
父がしまったという顔をした。珍しい。
ミリアが固まる。
「え」
俺は木札と父の顔を見比べた。
「父さん」
「なんだ」
「昔ちょっと、の“ちょっと”が国を滅ぼせる規模なんだけど」
「昔の話だ」
「いやいやいや」
ミリアが俺の横で口をぱくぱくさせている。
「Sって、あのS!?」
「たぶんそのSだな」
「なんで農家やってんの!?」
「畑が好きでな」
「嘘くさ!」
村長まで遠くからこっちを見て固まっていた。
そりゃそうだ。
辺境の村の農民だと思っていた男が元Sランク冒険者とか、情報量が多すぎる。
父は諦めたように頭を掻いた。
「まあ、色々あった」
「便利ワードやめろ」
「便利だからな」
親子で会話の逃げ方が同じになってきた気がする。嫌だな。
その夜、家の前で夜風に当たりながら、俺は町のことを考えていた。
ギルド。依頼。冒険者。外の世界。
半径1kmの中では強い。でも外へ出れば、相手も規模も段違いになる。
それでも、行く価値はある。
情報が集まる場所なら、この能力の使い道も広がるはずだ。
その時、隣にミリアが腰を下ろした。
「行くんでしょ」
「町?」
「そう」
「行くつもり」
「ふーん」
彼女は少しだけ膝を抱えて、空を見上げた。
「じゃあ私も行く」
「だから遊びじゃないって」
「薬草売りに行くって言ったでしょ」
「建前っぽいな」
「うるさい」
少し黙ってから、彼女はぼそっと続ける。
「……あんた一人で行くと、なんか余計なことしそうだし」
「信頼がない」
「あるわよ。別方向に」
それは信頼なのか。
でも、その言葉は少しだけ嬉しかった。
「町までなら半日で往復できる」
父の声が背後から飛ぶ。
「明後日行くぞ」
俺とミリアは同時に振り向いた。
「急だな」
「早い方がいい。報奨金の手続きも残ってるし、薬草もまとめて売る」
父はそう言って、さっさと家へ入っていく。
俺は夜空を見上げた。
いよいよ村の外だ。
胸の奥が少し熱くなる。
怖さより、今は期待の方が強かった。
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