第十話:半径1kmの神様
父が町へ向かう朝、俺は一人で丘にいた。
村全体が見渡せる場所だ。
屋根、畑、井戸、柵、森。小さな村。世界の中では豆粒みたいな場所だろう。
でも今の俺にとっては、この一圏内がすべてだった。
目を閉じて、エリアサーチを広げる。
村の人の位置。
建物の中。
地形の高低差。
古い石垣の裏の空洞。
床下の物置。
水路の流れ。
森の獣道。
隠し通路になりそうな掘り跡。
全部が立体地図として頭の中に浮かぶ。
「やっぱりすごいな、これ」
自分の能力ながら毎回ちょっと引く。
敵の位置が見える。
待ち伏せもわかる。
地形の死角も、隠し通路も、逃げ道もわかる。
奇襲は通じない。
罠も伏兵も、少なくともこの中では意味を失う。
盗賊戦でそれは証明された。
しかも戦場だけじゃない。
人の秘密も見える。
村長の物置。
青年の逢引き。
見張りの昼寝。
情報はそのまま圧力になる。
前世の会議室で使っていた“先に知っている側の強さ”が、異世界でさらに凶悪になっている感じだ。
その時、丘の少し先でミリアの姿が見えた。
一人で弓を構えている。
誰にも言わず、毎日この時間に練習していたらしい。
矢が放たれ、的を外れた。
「ちっ」
珍しく小さく舌打ちする。
俺は少し近づいて言った。
「肩が上がってる」
「え?」
ミリアが振り向く。
「なんでわかるの?」
「なんとなく」
「最近その“なんとなく”で全部片づけてない?」
「便利だから」
「ずるい」
彼女はむくれながら、もう一度弓を引く。
確かに少し肩が上がっている。緊張と力み。
「肘、もう少し楽に」
「こう?」
「そう」
矢が飛ぶ。
今度は的の端に当たった。
「おお」
「……ちょっとだけ嬉しい」
ミリアは小さく笑った。
その表情を見て、俺は確信する。
この子、冒険者になりたいんだな。
それもたぶん、誰にも言わずに。
弱み、と呼ぶには少し違う。秘密だ。隠している夢だ。
俺はそれを言わない。
村長や青年みたいに利用もしない。
ただ横に立って、次の矢を見た。
「もう一回」
「先生みたい」
「授業料は高いぞ」
「なにそれ」
ミリアは笑い、また弓を引く。
その横顔を見ながら思う。
俺はたぶん、人の秘密を武器にできる。
それは強い。
でも、全部を武器にしたくはない。
そう思える相手がいるなら、まだ自分は完全には嫌な奴じゃないのかもしれない。
丘の上から村を見下ろす。
人の位置が見える。
地形が見える。
隠し通路が見える。
そして、人の秘密も見える。
この範囲では、俺が一番、世界を知っている。
もし戦争が起これば。
もしダンジョンに潜れば。
もし王国の権力争いに巻き込まれれば。
この能力は、村一つじゃ済まないものになるだろう。
囲われるかもしれない。
狙われるかもしれない。
使い方を間違えれば、人を壊すことだってできる。
それでも。
今は少しだけ、この力を悪くないと思っている。
父が丘の下から手を振った。
「何してる」
「世界征服の準備」
「十五歳らしくないな」
「父さんの子だし」
「否定できん」
ミリアが吹き出す。
「なにその親子」
俺は肩をすくめ、空を見上げた。
青い空は高く、世界は広い。
でも少なくとも、この中だけは違う。
「この範囲じゃ、俺からは逃げられない」
小さく呟く。
風がその言葉をさらっていく。
村編はここで一区切り。
だが、終わりじゃない。
冒険者ギルドも、外の町も、ダンジョンも、その先に待っている。
俺の戦い方は正々堂々じゃない。
全部見て、先に動いて、相手の一番嫌なところを突く。
主人公らしくない?
結構。
生き残って、勝って、守れればそれでいい。
そして今日も、俺の頭の中には一キロ圏内の世界が浮かんでいる。
静かで、精密で、少しだけ意地悪な、俺だけの神の視点。
――半径1kmの神様。
たぶん、その呼び名は案外間違っていない。
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