【1-4】亡霊の瞳
駅に到着すると、駅長室は異様な緊迫感に包まれていた。駅長の田中が和樹を迎える。彼もまた、護の失踪事件に心を痛めていた一人だ。
「堂島さん……来てくれたか。こっちだ」
案内されたのは職員用の休憩室だった。 ソファの上で、小さな女の子が毛布にくるまって丸くなり、静かな寝息を立てている。 年の頃は五歳、いや、もう少し小さいかもしれない。栗色の髪は寝癖でぴょんぴょんと跳ねている。その小さな寝顔は、緊張と疲労、そして深い恐怖に強張っていた。
「田中駅長、状況を」
「佐藤の言った通りだ。清掃員が女子トイレの一番奥の個室で、泣きじゃくっているのを発見した。だが、防犯カメラを確認した……見てくれ」
駅長がモニターに映像を映し出す。トイレの入り口、改札、コンコース……全ての映像を何十回となく確認したが、この少女が駅に入ってきた形跡はどこにもなかった。
「……清掃員が発見する直前、トイレの個室から一瞬、強い光が漏れたという証言がある。だが、カメラには何も映っていない。まるで、本当に……空間から湧いて出たみたいだ」
和樹は息を呑んだ。
(十二年前と、同じだ……)
護が消えたあの日。ただ一つだけ、不可解な証言があった。
『トイレの個室から、カメラがバグるほどの一瞬の閃光が走った』
だが、当時の警察はそれを「照明の故障だろう」と一笑に付したのだ。
「まさかな……」
駅長が和樹の心を読んだかのように、低い声で呟いた。
「まさかこの子、磐座君の……」
「ん……」
その時、少女が小さな声を漏らして身じろぎした。 ゆっくりと目を開け、目の前に立つ制服姿の和樹と駅長を見て、ビクッと体を硬直させる。大きな瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。
「あ……う……」
今にも泣き出しそうな少女を見て、和樹は慌ててしゃがみ込み、自らの警察手帳を開いて見せた。
「大丈夫、怖くないよ。ほら、見てごらん。俺、警察官だ」
和樹は声のトーンを三段階ほど上げ、意識的にゆっくりと話す。生活安全課で迷子の子供を相手にするために叩き込まれた「技術」だ。
「俺は、堂島和樹。君のお名前、教えてくれるかな?」
少女は、和樹の顔をじっと見つめていた。 その瞳の奥に宿る色。恐怖に怯えながらも、必死に何かを見定めようとする、強い光。
(……この目……)
護だ。あの時、不良たちの前で見せた、決して屈しない親友の瞳の色と、同じだ。 少女は小さな声で、しかしはっきりと答えた。
「……いわくら、あやめ。……ごさい」
和樹は全身の血が逆流するような衝撃に耐えながら、震える声で質問した。
「お父さんの、お名前は?」
あやめは、無邪気に、しかし少しだけ誇らしそうに答えた。
「いわくら、まもる」
駅長が「えっ」と息を呑む音が聞こえた。 和樹は時が止まったかのような錯覚に陥った。 護の、娘。 十二年間の空白。 あの駅のトイレ。 防犯カメラに映らない出現。 断片的な情報が、和樹の頭の中で一つの、あまりにも非現実的な「答え」を形作ろうとしていた。
(護……お前、一体、どこで、何を……)
溢れ出しそうになる感情を、奥歯を噛み締めて殺す。今は、目の前の少女が最優先だ。
「そっか。あやめちゃん、お父さんは、どこにいるの?」
「……わからない」
あやめは首を横に振った。
「どうやって、トイレまで来たのかな?」
「……きがついたら、そこにいた」
「お母さんは?」
「……おかあ、さん……?」
あやめは、その言葉の意味が分からないかのように、小さく首を傾げた。 彼女が知っていたのは、自分の名前と、父の名前だけ。 それは、絶望的なほどに情報が欠落した、十二年越しの「再会」だった。
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