【5-4】駄菓子屋の老刑事
車で三十分。
再開発から取り残されたような、下町の古い商店街。
色褪せた看板を掲げる『駄菓子屋 しんざき』の店先には、十円玉を握りしめた子供たちが群がっていた。
「えー! ペイペイ使えないのぉ!?」
「バーカ、駄菓子屋は百円玉で戦う場所なんだよ」
現代っ子たちの会話に苦笑しつつ、大山はその巨体で狭い入口をくぐった。
店番をしていたのは、大学生くらいの孫娘だろうか。
「すまない。新崎良夫さんは、いらっしゃるかな?」
「え?おじいちゃんですか?いますよ! おじーちゃーん!お客さんだよー!」
孫娘の声に呼ばれ、奥の急な階段を降りてきたのは、小柄な老人だった。
現役時代よりふた回りほど小さくなった背中。
だが、丸眼鏡の奥から覗く瞳の光だけは、かつて「マムシの新崎」と呼ばれた頃の鋭さを失っていなかった。
「……ん? おお、剛じゃねえか! なんだ、サボりか? お前も偉くなったもんだな」
「崎先輩。ご無沙汰しております」
「まあ、立ち話もなんだ。上がってけ。どうせ、暇つぶしに来たツラじゃねえんだろ?」
新崎は、大山が纏う現役刑事特有の「焦燥」の匂いを、一瞬で嗅ぎ取っていた。
通されたのは、二階の六畳間。西日が差し込む畳の上に、湯呑みが二つ置かれた。
新崎は煎餅をかじりながら、大山の顔をじっと見た。
「で? 三十年前の昔話が聞きてえだと?」
「はい。平成七年、春。先輩が夜間当直だった日です。一人の赤ん坊が署に保護され、施設へ引き継がれたはずです。『磐座 護』という名前の赤ん坊です」
大山は、真っ直ぐに問うた。
「……磐座、護……」
新崎はその名前を口の中で転がし、やがてポンと膝を打った。
「ああ! 思い出した! 磐座護! お前が何かと気にかけてた、あのデカいガキか!」
新崎は天井を仰ぎ、遠い記憶を手繰り寄せるように目を細めた。
「……あの夜のことはな、剛。俺も、忘れようにも忘れられねえんだ。妙な『事件』でな」
「事件?」
「ああ。いや、事件と言うよりは……怪談だ」
新崎の声のトーンが落ちる。
「深夜二時過ぎだ。受付の若いのが、真っ青な顔をして仮眠室の俺を叩き起こしに来た。『幽霊が出ました! 幽霊が赤ん坊を置いていったんです!』って泣き喚いてな」
新崎は続けた。
受付の証言によれば、深夜の無人のロビーに、突如として「女」が立っていたという。
自動ドアが開いた音もしない。気配もなかった。
その女は、この世の者とは思えないほど美しく、そして奇妙だった。
腰まで届く長い銀色の髪。月光を織り込んだような、真っ白なドレスのような服。
「その女が、何も言わずに赤ん坊を差し出したらしい。『この子を、お願いします』とな。職員が呆気にとられて受け取ると、女は一瞬で消えた。文字通り、煙のようにだ」
「……」
「俺が駆けつけた時、カウンターには確かに赤ん坊がいた。毛布にくるまって、すやすや寝てたよ。だが、一番不可解だったのは、その『名前』だ」
新崎は、大山に顔を寄せた。
「身元引受書の用紙があっただろう? 職員は、パニックで何も書いてないと言った。だが、その用紙の『保護者氏名』の欄に、いつの間にか、墨で、達筆な字が書かれていたんだ」
『磐座 護』と。
「誰も書いてねえはずの紙に、名前だけが浮かび上がってたんだよ。……俺も長年デカやってきたが、あんな背筋の凍る経験は、後にも先にもあれっきりだ」
大山は言葉を失った。
三十年前、密室に現れた銀髪の女。消失。そして浮かび上がる名前。
それは、あやめが駅のトイレに出現した状況と、不気味なほど酷似していた。
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