【5-1】紫煙と焦燥
夜の帳が、東京というコンクリートの迷宮を完全に塗り潰していた。
首都高速4号線。オレンジ色のナトリウム灯が、流れる帯となってフロントガラスを滑り落ちていく。
警視庁本富士署・生活安全課、大山剛が操る古いセダンは、道路の継ぎ目を踏むたびに低い唸りを上げ、西東京の闇へと滑り込んでいった。
大山は、吸い殻で溢れかえった灰皿に、四本目のタバコを乱暴に押し付けた。
車内に充満する紫煙。それが、彼の脳内で煮詰まった思考と重なり、視界を曇らせる。
(……あまりにも、出来すぎだ)
ハンドルの革をきしりと握りしめる。
脳裏にこびりついて離れないのは、数日前に署の屋上で聞いた、部下の――いや、息子同然に思ってきた男、堂島和樹の告白だった。
『あやめは、インドゾウ並みの力で、犯人を倒しました』
『割れたマグカップを、一瞬で元に戻したんです。「錬金術」だと、そう言いました』
『科捜研の権藤は、あの子のDNAを「核融合炉」だと……人類の進化そのものだと、そう言っていたんです』
正気ではない。 平時であれば、「仕事のしすぎだ、一度精神科へ行け」と一蹴すべき妄言だ。
三文小説の粗筋にしても、もう少しマシなリアリティがある。
だが、あの時。屋上の寒風に吹かれながら、大山を真っ直ぐに見据えていた和樹の瞳。
不器用で、嘘のつけないあの男の眼差しだけが、それが紛れもない「真実」であると訴えていた。
そして何より――事実が、ピースを埋めている。
科捜研のエリート、権藤一の不審死。 あやめの「本物」のDNAデータが入っていたとされるアタッシュケースごとの消失。 そして、公安の、露骨すぎる介入。
大山の刑事としての嗅覚が、警鐘を乱打していた。
公安が、同僚を消してまで隠蔽しようとした、五歳の少女の遺伝子情報。
あの「奇跡の横転事故」も、単なる突風などではない。
物理法則を無視した「何か」が起きたのだ。
考えれば考えるほど、バラバラだったパズルが、おぞましい完成図に向かって恐ろしい速度で組み上がっていく。
そして、その全ての中心にいるのは、十二年前に消えた、あの男だ。
(……磐座 護)
太陽のように笑う、規格外の馬鹿な男。
その娘が、異能を持って現れた。
なぜ、娘だけが? 護はどこへ消えた?
そもそも、人間が「進化」するなどということが、この現実の世界であり得るのか?
「……クソッ」
大山は苛立ち紛れに舌打ちをし、カーラジオのスイッチを叩いた。
スピーカーから、ワイドショーの音声がノイズ混じりに流れる。
どこぞのタレント議員の不倫スキャンダル。平和で、俗悪で、どうしようもなく「日常的」なニュース。
大山はそれをBGMにすることで、非現実的な深淵へ引きずり込まれそうになる意識を、無理やりこちらの世界へと繋ぎ止めた。
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