【4-4】影が動く場所
場所は、霞が関。防衛省・A棟、地下五階。そこは、地図には存在しない、最高機密区画だった。
冷たく、無機質な、だだっ広い会議室。壁には、どこの国のものとも知れない、抽象的な絵画が飾られている。中央に鎮座する、黒曜石のように磨き上げられた巨大な円卓。
そこに集まっていたのは、日本の「影」を動かす、十数名の男たちだった。息づかいさえ管理された空間で、彼らは「国」を語る。
防衛省・統合幕僚監部の、制服組。
内閣情報調査室(CIRO)の、影の薄い、だが、目の鋭い男たち。
そして、警視庁公安部から派遣された、数名の幹部。
彼らは、互いの腹を探り合うように、無言で、手元の資料に目を通している。紙をめくる音が、やけに大きい。
「…では、これより、コードネーム『R』案件に関する、合同幹部会を開始いたします」
司会進行役を務める、公安部の理事官(影山)が、感情のない声で告げた。
室内の照明が落ち、正面の巨大なモニターに、高解像度の映像が映し出される。
『議題1:本富士・児童養護施設 立てこもり事件について』
モニターに映し出されたのは、錦山の部隊が撮影した、あの社長室の、凄惨な現場写真だった。首が折れ曲がり、顔面が陥没した犯人。四肢が、ありえない方向に捻じ曲げられた犯人。
「…これは、酷いな」
防衛省の、制服組の一人が、顔をしかめた。
「ただの強盗事件ではなかったのかね?」
「その『犯人』についての資料が、こちらです」
司会者(影山)が、リモコンを操作する。
犯人三名の経歴が映し出される。元・某国特殊部隊所属。数々の中東の戦場を渡り歩いた、筋金入りの「戦争のプロ」だった。
「…このプロたちが、たった一人の、五歳の少女によって、数秒で、これにされた、と?」
会場が、ざわつき始める。理性が追いつかない時、人はざわつくしかない。
「静粛に」
影山が、手を叩き、場を静める。
「次の資料です」
モニターが切り替わる。
『議題2:本富士・交差点 多重事故について』
最初に映し出されたのは、例の、マンションの上層階から撮影された、SNSの動画だった。
「…やばくね?やばくね?」
撮影者の、緊迫した声。横転するトラック。
「…え?……は?」
撮影者の、困惑した声。
「事故の証言では、『突風でトラックが飛ばされた』。ですが…」
影山は、次の映像に切り替えた。交差点の信号機に設置された、警視庁管轄の監視カメラの映像だった。画質は荒いが、角度は完璧だ。
スロー再生される映像。
横断歩道でうずくまる、武田夫妻。
迫り来る、軽トラック。
その間に、突如として現れる、小さな影――仮面ライダーのコスプレをした少女。
そして、衝突の瞬間。小さな影が、トラックの側面を「蹴り」、トラックが、物理法則を無視して、空中で「く」の字に折れ曲がり、横転する。
会場は、水を打ったように静まり返った。
あやめが、何事もなかったかのように着地し、武田夫妻の側に佇む姿が、はっきりと映し出されていた。静寂は、認めたくない事実を前にした時の防壁だ。
「SNSの動画なんだろ?火消しはしたのか?」
「それについては大丈夫です。ちゃんと火は消しましたから。火元ごとね」
影山は笑顔で応対する。笑顔がある分だけ、余計に冷たい。
影山は、無機質な声で、最後の資料を提示する。
それは、権藤のアタッシュケースの中にあった、磐座あやめのDNA鑑定の、本物のデータだった。
「…そして、これが、科捜研の権藤 一(殉職・二階級特進)が、命がけで入手した、対象のDNA配列です。専門家の分析によれば、彼女は、現生人類の枠組みを、完全に逸脱しています」
静寂。
その、息苦しいほどの静寂を、一人の男の声が破った。
それは、防衛省の、制服組の中でも、ひときわ重い階級章をつけた、老将軍だった。
彼は、それまで、目を閉じ、腕を組んで、黙って報告を聞いていた。だが、その目は、今や、獲物を見つけた鷹のように、ギラギラと輝いていた。
「…間違いない」
老将軍は、テーブルを、拳で、ドン!と叩いた。
「ついに、見つけたぞ。…四人目の、『Returnees』を!」
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