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『Returnees』〜残された世界と、帰還した「親友の娘」〜  作者: NewSankin


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【2-7】錬金術

事件は、表向きには「警察の迅速な突入により、犯人グループを制圧。人質は全員無事保護」として処理された。 だが、水面下では、激しい混乱が起きていた。 和樹は、後日、錦山に呼び出された。


「堂島。鑑識の御子柴から、面白い報告が上がってきた」


錦山が読み上げたのは、和樹がすでに知っている、あの異常な検死結果だった。


「…首が折れた犯人。顔面に加えられた衝撃エネルギーは、推定40万ジュール。分かりやすく言えば、時速100キロのダンプカーに、正面から衝突したのと、ほぼ同じエネルギーだ。他の二名も、人間の腕力では到底不可能な『力』によって、四肢を破壊されている」


錦山は、和樹の目をじっと見つめた。


「…そして、生き残った犯人どもは、全員が同じことを、壊れたテープレコーダーのように繰り返している。『悪魔だ』『あの子供が、モンスターなんだ』と。薬物反応は、一切検出されなかった」

「……」

「堂島。あの日、あの部屋で、一体、何があった?」


和樹は、唇を噛み締めた。あやめが話してくれた、あの衝撃的な告白を、ここで話すべきか。警察官として、報告すべき「事実」は、鑑識の報告書だ。だが、自分が知る「真実」は、あまりにも荒唐無稽すぎた。


「…俺には、分かりません。ただ、社長と子供たちが無事だった。それだけです」

「そうか」


錦山は、それ以上、和樹を追及しようとはしなかった。


「…この件は、俺の預かりとする。貴様は、生安の仕事に戻れ。だが、もし、あの少女に、何か異変があれば…その時は、俺に直接報告しろ。これは、命令だ」


芳江社長の怪我は、幸いにも命に別状はなかった。 だが、あやめは、あの事件以来、心を閉ざしてしまった。 一切、喋らない。笑わない。ただ、虚ろな目で、天井の一点を見つめるだけ。 和樹は、決断した。 芳江社長が退院する日、和樹は、あやめを引き取るための、全ての手続きを終えていた。


「社長、あやめは、俺が引き取ります」

「…カズ坊。お前に、務まるのかい?」

「分かりません。けど、あの子を、護の娘を、放ってはおけない。あの子は、俺が守ります」


芳江は、和樹の覚悟に満ちた目を見つめ、静かに頷いた。


「…分かったよ。あの子を、頼んだよ」


和樹とあやめの、ぎこちない共同生活が始まった。 和樹の、1Kの狭いアパート。男所帯の、殺風景な部屋。 和樹は、慣れない手つきで、あやめのための食事を作り、風呂に入れ、寝かしつけた。あやめは、相変わらず一言も喋らなかったが、和樹の後を、金魚のフンのように、黙ってついて回るようになった。

その夜、和樹が、仕事で使う重い資料の束を、本棚の一番上に置こうとして、誤って手を滑らせた。数キロはある資料の塊が、真下にいるあやめに向かって、雪崩のように落ちていく。


「あやめっ!危ない!」


和樹が叫んだ、その瞬間。 あやめは、泣きもせず、怯えもせず、ただ、その小さな手を、落ちてくる資料に向かって、かざした。 ピタリ、と。 数キロの資料の束が、あやめの頭上、数センチのところで、空中に静止した。


「え……」


和樹は、目を疑った。 あやめは、空中に静止した資料を、まるで風船でも扱うかのように、その小さな手で、ふわり、と床に降ろした。 そして、和樹の方を振り返り、小さく、首を傾げた。


その数日後。 和樹が、仕事の疲れで、うたた寝をしている時だった。


ガチャン!と、何かが割れる音で、飛び起きた。


見ると、あやめが、和樹が大事にしていたマグカップを、床に落として割ってしまっていた。それは、12年前、護と二人で買った、唯一のペアカップだった。


「あ……」


和樹は、ショックで言葉を失う。あやめは、和樹が大切にしていたものだと分かっていたのだろう。顔を真っ青にして、泣き出しそうになっている。


「あ、いや…大丈夫だ、あやめ。気にするな…」


和樹が、慌ててそう言った、その時。 あやめは、割れたカップの破片を集めると、両手でそれを包み込み、何かを必死に、ぶつぶつと呟き始めた。


「…なおれ…なおれ…!ごめんなさい…なおれ…!」


すると、あやめの小さな手から、淡い、金色の光が溢れ出した。 和樹が、息を呑んで見守る中、光が収まると、あやめは、ゆっくりと手を開いた。 そこには、先ほどまで粉々に割れていたはずのマグカップが、ヒビ一つない、完璧な元の姿で、ちょこんと乗っていた。


「……れんきんじゅつ。パパに、おそわった」


あやめは、そう言うと、12年前の親友と全く同じ、屈託のない笑顔で、ニカっと笑った。

和樹は、その場で、崩れるように座り込んだ。


(護…お前、一体、どこで、何を…何に、なってしまったんだ…?)


12年間の空白が、あまりにも重い「現実」となって、和樹に突きつけられる。 和樹は、あやめを強く、強く抱きしめた。


「あやめ。今、見せてくれた、そのすごい力…おじさんとの、二人だけの秘密だ。他の人には、絶対に見せちゃダメだ。分かったな?」

「…うん。やくそく」


和樹は、この小さな少女を、守り抜かなければならないと、強く誓った。 親友の娘を守るため。 そして、いつか、この力の謎の先にいるであろう、親友にたどり着くために。


しがない「窓際」警官の、孤独な戦いが、今、始まった。 その戦いが、やがて、日本という国家、いや、二つの世界を揺るがす、巨大な事件の引き金になることなど、この時の彼は、まだ知る由もなかった。


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