第八十九話 アウロラの風
「......」
長い長い紫色の髪をなびかせ、スペクラートはクラウィールに向けて足を進めていた
何も持たずに動き続ける
だが、そのまま右手を前方に突き出した時、そこから紫の光が溢れだした
クラルスが見た法陣と、全く同じ色の光が、スペクラートの右手から放たれる
(... 魔法......か...?)
体を動かせないながらも、スペクラートを見て次の行動を予測する
だが、そんなものに意味は無かった
動けない体に向けて、スペクラートは魔力の、魔法の方向を整える
そして、紫色の魔法が解放された
「っ......!!」
その瞬間、クラウィールの身体へ、家に押し潰されているかのような重みが伝わった
倒れているが故、その状態から動けるわけもなく、全身に伝わる体の重さ、地面に沈みそうになるほどの衝撃で、今にも意識が飛びそうになっている
まともに考える余裕もなく、重さによって血管が切れ、筋肉が潰されそうになりながらも、なんとか意識を保つため、クラウィールは全力で抵抗していた
「ぐっ... ぎぎ...... っ!!」
そんな光景を、何の感情も無いかのような冷酷な目で、スペクラートは見下ろしていた
悪意も、哀れみも、何もなく、操られるがままに、意思を無くしてそれを眺めていた
... 抵抗する
今ここで意識を失うわけにはいかない
三人がグローリア義兄さまへと矛先を向けたら、さすがの義兄さまでも捌ききれるはずがない
そのために、いや、なによりも
マグヌムを救えると言った、クラルスが戻るまで僕は彼らを止めなければならない
...... だから、僕は、
クラウィールは、残った力を、意識を、右腕に全て集中させる
そして、胸に隠した一枚の紙に右手を当てた
全てを集中させた右手で、魔力をその紙へと流す
そして、その魔力を受け取った紙は、淡く光り、輝き始める
クラウィールの胸から、スペクラートにも見えた緑色の光が、押し潰されそうなクラウィールを中心に、大きく広がってゆく
「... そうだ...... アウロラさんがくれた... もう一枚の紙... これで、なんとか...... っ!」
その瞬間、緑色の光は風へと変貌した
紙を中心に広がった風によって、周囲の土が空へと舞い、強烈な上方向への力が働く
スペクラートの髪が暴れ、もはやその周囲は、竜巻と遜色ないほどの風圧に変化している
重力すらも押し返すほどのそれは、クラウィールの体を押し上げ、それどころか重力に反する方向へとクラウィールを動かし始めた
空へと浮き上がり、先ほどの重さが消え去って、軽くなった体を回し、クラウィールは少しの安心感に浸っていた
どこか温かい、包み込まれるような優しい力
懐かしい、幼い頃に忘れてしまった、あの感覚
... あぁ......... ありがとう、アウロラさん
これで、僕は、今やらなければならない事が、出来る




