第八十五話 殺さない
ハープの美しい音が、通路を抜け、劇場にまで響き渡る
三人の耳を貫いて、空気から壁、床まで音色が染み込んでいく
「…そうか、これが、
……ごめん父さん、そして…クラルス──」
周囲の地面が、空気が、暴れまわる
そして、壁の、床の、天井の、破壊の限りを尽くし始めた
同時に、自分はキャピオがいる方向と違う向きに走り出した
抵抗する
殺されるつもりは毛頭ない
だが、自分が殺さなければならないのなら
それすらも、自分は抵抗する
死なせない
それは、絶対に、
誰から求められようと、自分は誰も殺さない
走ることで範囲を逃れたが、ハープの効果が完全に無かったわけではない
のばしていた、殺意の込められたその拳
抵抗するのは、こういうことだ
風が、暴れまわる鋭い線のような風が、拳をズタズタにしていく
切断することなく、ただ、傷つけるためだけに…二度と、攻撃できないように
範囲が被らなくなる距離まで走ると、再びハープを奏でて幻楽器の効果を消した
振り返ると、天井や床は残骸となって地面に転がっており、壁にいたっては元から無かったかのように消えていた
しばらく使用していなかったとはいえ、これを見るとあのときの感情を思い出す
死が、目の前に広がったあの感覚を
「……そうか、君は、そうなんだな
……やはり私は、君が嫌いだ」
キャピオが腕を下ろし、悲しげな表情を見せている
期待外れだ、そう言いたげに、キャピオは自分を見つめていた
「そうですか、でも、自分の好みはこっちです」
「ダイジョウブ、?、クラルス」
いつの間にか、メミニが自分の隣で立っていた
「うん、それじゃあ、早く向かおう」
自分は、メミニと共に向かった
決戦となる、義兄さま達と幻想局の、その場所へ
「……待て、一つ忠告しておく」
後ろから声が聞こえ、自分が反応する暇もなく、キャピオはその続きを話し始めた
「幻想局は、全員指揮棒を持っている
アルカナタクトと呼ばれている、"引き込む"力を持つ道具だ
それは、雑音から音楽を生み出せる力もある
そして、決してその音を聞くな
体が、意識が引き込まれる前に、
先に、終止符を打つんだ」
「なんで、そんなことを…?」
「私は、幻想局に縛られていた
だから、当然の行動だろう」
キャピオはそう言うと、自分に一つの棒を投げた
「私のアルカナタクトだ、クラルス
嫌ならば勝利の報酬とでも思っておいてくれ」
「……わかった、ありがとう」
自分はそのタクトを握り締め、再びマグヌムの元へと足を動かした




