第七十八話 楽器の無いオーケストラ
スペクラートが、指揮棒を降ろす
その瞬間、残りの五人の動きが強制的に停止する
そして、スペクラートは、指揮棒で拍子を刻み始めた
何の楽器の音もなく、静寂とした空間の中で風を切る音だけが聞こえる
体の動かない五人は、その光景を静かに見届けている
風を切るだけだった指揮棒は、いや、風の音を引き込んでいただけだった指揮棒は、徐々に周囲の更なる"音"を引き込み始めた
静かな空間から、とても小さな音を引き込む
微細な風の音、葉と葉の擦り合わさる音、劇場から漏れだす足音、それらを指揮棒へと引き込む
そして、音を混ぜ、重ね、さらに大きな音を指揮棒の中で造り出していく
「────舞曲、第5番」
今まで無言を貫いていたスペクラートが、指揮棒を動かしながらそう呟いた
透き通るような小さな声で言ったため、詳しくは聞き取れない
だが、それが楽曲番号であることは分かる
呟き、指揮棒が頂点に達した時、刻む泊数が変化した
四分の二拍子か、それに伴い、刻む速度が速くなる
それを見て、嫌な予感を感じたのはウィルスールだけではない、クラウィール、グローリアも同じような予感を感じ取っていた
そして、それは最悪の形で果たされることとなる
指揮棒で刻んでいたスペクラートは、音が充分に貯まった事を確認すると、一時的に指揮棒の動きを止めた
「…っかあ!」
その瞬間、止まっていた時が動きだすようにして五人の動きが元へと戻った
グローリアはそれを感じ取ると、すぐさまスペクラートへと足を動かした
ただ、刃がスペクラートへと振り下ろされたと同時に、指揮棒の動きが再び始まる
同時に、刃は命中することなく、グローリアと共にその場に停止した
一切怯んだ様子もなく、スペクラートは先ほどと同じ速度と泊数を指揮棒で刻みだす
だが、先ほどと根本的に違うのは、その指揮棒から空間へと、様々な楽器の音が響いている事だった
「オーケストラはその場で静かにご清聴ください」
透き通る、とても細い声でスペクラートがそう言うと、その場で壮大な管弦楽が始まった
躍動感溢れる旋律、リズミカルで自由な、体の底まで響くようなその演奏は、三人を虜にするだけでなく、体の権限さえもその音楽に差し出してしまうほどだった




