第四話 幻想局という人達
「あの…自分もう帰りますね」
何故こんなことを言ったのだろう
他にもいっぱい聞きたい事はあったはずだ
…いや、自分は逃げたいのだ
この男から、…この、イカれた空間から
そうして後ろを振り向いた時、どこから、どうやって帰るのか、算段すら無いことを思い出す
「……」
「……帰れないんでしょ?」
的をついた発言に思わず体を震わせてしまったが、今は他に頼れる者もいない
仕方なくYESを伝え、マグヌムの向きに振り返る
「……僕なら帰してあげられるよ?」
まさかの発言だ
信頼出来るかどうかは置いておいて、他に頼れる物もない
それに、こちらの世界については、どう考えても自分より知識はあるだろう
「…本当ですか?」
念のため、いくらでも嘘をつけるが確認をしておく
「あぁ、なんといっても、君を連れてきた人物は僕の部下だからね」
「……え?…それって」
意図的に連れてきたのだろうか?
いや、きっと偶然だ
そうでなければ、ここまで自分が彷徨うことはなかっただろう
「それじゃ、僕も質問を返そう
どうしてこんな夜中に森を彷徨っていたのかな?」
いや、偶然ではないかもしれない
自分の行動を把握されているのか?
ならば目的を聞いてくる理由は?
…ここは正直に言うしかない
「……武器商人の人が殺された理由を探していました」
それを聞くと、マグヌムは目を丸くして硬直し、その後目の前で、手を叩きながら声をあげて笑いだした
「そうか!なら話は早い!ついておいで!」
マグヌムは手招きしながら足を動かした
言われるがまま、その後ろを追いかける
いつの間にか戻ってきていた生物と共にマグヌムについていくと、案内された場所は鍵盤や楽譜が包み込む、元々屋敷があったはずの場所に建つあの小屋だった
小屋の中は倉庫になっており、壊れた楽器や木箱がこれでもかというほど積み重ねられている
埃などはないが、どこか汚いと思ってしまう
貴族として生きてきたせいだろうか
自分と生物が立ち尽くしていると、マグヌムは一つの木箱の蓋を取った
なんの変哲もないただの木箱だが、底にはレバーが生えるように設置されている
マグヌムがそのレバーを倒すと、壁の奥からチリンと鐘の音が聞こえた
すると、何も置かれていなかったはずの床に取っ手が現れた
またしても、何もなかったはずの空間に新たな物が生まれている
相変わらず訳が分からず、頭がどうにかなりそうだ
だが、これもマグヌムは把握しているのだろう
マグヌムが取っ手を上に持ち上げると、そこには地下へと続く階段が現れた
階段の先は暗く、ほとんど何も見えない
だが、かなりの距離があることだけは分かる
そこを下っていくと、まるで秘密基地かのような空間が広がる場所に出た
秘密基地といっても、子供が廃屋に玩具を持ち込んで、はしゃいでいるようなレベルではない
とても科学的で、洗練された場所だ
研究でもしているのかと思うほどの、美しく整っている空間で、広さもかなりのものだった
そこには二十人程が立っており、その内三人が傲然とした態度で椅子に座っている
立っている者達には、どこか生気が感じられない
疑問に思いつつも、マグヌムは座っている三人に向かって歩いていくため、走ってその後を追う
「紹介しよう、ここにいる者達が、僕を局長とした幻想局の面々だ」
幻想局、先ほどもマグヌムが言っていたが、自分は聞いたことの無い組織だ
「幻想局って何ですか?」
「おっと、忘れていたね
幻想局は、ここを拠点として活動している組織だよ
目的は世界最高のオーケストラさ」
自信満々の様子でマグヌムは自分に語る
最高のオーケストラは魅力的だが、やはり怪しさを感じてしまう
「マグヌム様、この方は?」
中央に座っていた人物、巻き毛の青い髪色をした男がマグヌムに問いた
「キャピオのミスで来た迷い子だよ」
マグヌムが、右に座る男を睨み付けた
その男は肩をすぼめ、まるで小鹿のように弱々しく見える
そんなことよりも自分は早く帰りたいのだが、そうは問屋が卸さない
それに、自分が求めているものの答えが見つかる可能性があるため、まだもう少しだけ滞在することになりそうだ
「そうだ、殺人事件についてだったね
キャピオ、話してくれ」
すると、右にいたキャピオという男が立ち上がり、前置きなど一切を飛ばして話を始めた
「私が彼を殺害した理由と致しましては、我ら幻想局の重要物品である、『アルカナカンパニュラ』を盗んだためでございます
アルカナカンパニュラをお返し頂くよう対話を試みましたが、売り物だと断られたためアルカナストリングスを使用して殺害させて頂きました」
人を殺しておきながら、まったく心が揺れていないように振る舞うキャピオに、自分は大きな怒りを覚えた
この組織は、盗まれたという理由だけで人を殺す組織なのか
その事実を知り、キャピオだけでなくマグヌムにすら、元からあまり無い信頼をマイナスに下げる
「…わかりました、ありがとうございます」
自分は、自分でも驚くほど機械的に返事をする
「他に気になる事はあるかい?」
マグヌムからそんな事を聞かれたが、自分には疑問などもうすでにどうでも良かった
平気で人を殺す組織にはいられない
早く帰ろう
「…帰りたいです」
そう、静かに伝えた
マグヌムに届いたかどうかもあやしい
だが、届かなければこの言葉は出てこないだろう
「分かった、ただし条件がある」
「条件?」
「…ここは幻想の世界、幻の中にある空間
それを、誰にも教えないこと」
マグヌムの顔が曇り、自分の目を見つめる
「そして、我らの目的に協力することだ」
「……」
無理だ
それは出来ない
人を殺す組織に協力は
だが、それでは帰れない
自分も、隣で座っている生物も
思考を巡らすが、解決策は見つかりそうもない
──やむを得ず、協力を了承した
「それでは、このアルカナストリングスを渡しておこう」
マグヌムは、壁に掛けてあるハープを持ち上げ、丁寧に自分の目の前に持ってきた
静かにそれを受け取り、抱える
大人の手持ちサイズで、自分には少し大きかったが、音を奏でられないほどではない
「僕達はそれで君を観察しているからね
武器にはなるが、使用には気をつけて」
恐怖を感じる程に冷たい声で、マグヌムは語った
全身が凍りつくような感覚を覚え、ハープを抱える腕の力を強くする
「またね」
マグヌムはそう言うと、いつの間にか手に持っていた鐘を傾けた
チリンと美しい音が響くと共に、目の前にいた複数人の人間が一瞬にして消えてしまう
残っているのは抱き締めていたハープと、隣にいる茶色い生物のみ
地面の感覚も一瞬にして変化した
目に入る光景は、少し見覚えのある大きな階段
数時間前に通った場所
その時、ナルヴィー家の玄関ホールに帰ってきたことを認識した
安心しきって、自分はその場に腰が抜けたように座り込む
隣の生物もペタリとその場に座る
「…夢……じゃない」
ハープを抱き締める感覚で、今までが夢ではないことを理解する
唐突に、頭の奥からの眠気が身体中を襲った
疲労もあるだろうが、今は月すらも眠る深夜だ
さすがに無茶をしすぎたのだろう
瞼の重みが一気に増し、そのまま思考も体の底へと沈んでいった
隣にいた生物も、連鎖するように眠りにつく
二人は体中の力を緩め、一見すると死んだように、静かに、静かに、眠っていった
──二人が帰った後、マグヌムは立ち尽くす者達に向けて口を開いた
「幻想種である君達は、これからも楽器の使用を極めてもらう」
マグヌムが幻想種と呼ぶ彼ら
その正体は人ではない
幻に生まれ、幻として消える、そんな静かな存在を、マグヌムはオーケストラのトゥッティを奏でるため雇っている
「…マグヌム様、彼はどのように?」
名を『イーデム・モーツエルト』という、青い巻き髪の男が、マグヌムに問う
それは、マグヌムの独断によって判断した、クラルスの処遇や扱いについてだった
「彼には手伝ってもらうよ
キャピオ、君の仕事をね」
キャピオは、隠しきれない小さな驚きを見せながらも、「承知」と一言呟いた
「さぁ、もうすぐだ
もうすぐ完成する
『最高で最後のオーケストラ』が!」
それは、何を意味するのか
世界で唯一のオーケストラ
世界が終わるオーケストラ
世界を滅ぼすオーケストラ
最も高貴で、最も後起な、管弦楽
その前奏曲が幕を開ける