第四十二話 蝶の目の少女
今度は特に目的もなくただ二人で道を歩いていたのだが、突然後ろから大きな声が聞こえた
「盗っ人だ!!」
振り返ると、なにやら財布のような物を持った少女が、こちらに向かって走ってきていた
金色の前髪で隠れていたものの、一瞬ちらりと見えたその左目には、蝶のような模様があり、苦しそうな必死の顔で走っている
「……っ!」
義兄さまは、腕を広げて少女に向かって動き出した
そして、自分もワンテンポ遅れて動き出す
だが、少女は自分達に近づくと同時に跳躍し、義兄さまの頭の上を掠めて自分達を乗り越えた
まさに蝶のようなその動きで、気がつくと少女は人混みの中に消えていった
一瞬の出来事で、自分達はおろか周りの人々もぽかんとした表情で立ち尽くしている
だが数秒もすれば、すぐに先ほどの活気を取り戻し、様々な声が自分の耳に届いていた
ただし、耳の情報は自分の頭には届かない
何故ならば、頭の中はすでに"蝶の目の少女"でいっぱいだったからだ
あの何かを訴えるような必死な表情が、自分の頭にずっと残り続けている
その後も観光を続けたが、やはり少女のことが頭から離れることはなかった
時間も過ぎ、気がつけば帰る時間となった
他の義兄弟も久々に羽根が伸ばせて皆、満足げな表情を見せている
パテルは、やはりいまにも倒れそうで、現在は馬車で休んでいるらしい
なんだかんだ自分も楽しかったが、今度はクラウィール義兄さまと来てみたいと、期待に胸を膨らませた
荷物が少し多かったが、やはり馬車というだけあって、来るときとほとんど変わらぬ速度で帰宅した
満足感がいっぱいで、しばらくこの余韻は忘れることはできないだろう
実際その通りで、その先三日間の訓練は身が入らず、何度も何度も失敗を繰り返してしまった
あっという間に時間が過ぎ、気付けばアウロラとの別れの日となっていた
苦しい訓練などで心も折られかけたが、その分しっかりと成長できたし、その上ノーット領の街まで連れていってくれた
初めて出会った時のあの会話の意味は分からないが、それでもやはり楽しかった
アウロラが屋敷から離れるとき、義兄弟全員でプレゼントを送った
「これ───本当に、私に?
───うん。……嬉しい───本当に。」
一瞬困惑した表情を見せたものの、すぐに満面の笑みを見せてくれた
それは、二週間の間に見たことのない、心からの本当の笑顔に見えた
アウロラが帰った後、数時間もするとクラウィール義兄さまと義父さまが帰宅した
かなり大変だったそうで、二人共夕食を食べるとすぐに就寝してしまった
自分は久々に書庫に行き、適当な本を読み漁る
だが、蝶の目の少女や、アウロラの言ったクルードゥという単語が頭を巡り、普段に比べて格段に本を読むペースが遅くなっていた
疲れのせいもあるだろう、そう思って早めに就寝することにした
──その夜、ナルヴィー家の前を歩く一つの人影が見える
幻想的な色をした髪、無表情のその顔はまるで人間ではないようにも思えてくる
クラルスに積まれた、街の記憶、アウロラの記憶、疲労
そんな、他のことで手一杯になり、いつの間にか記憶の片隅へと追いやられていたもの
幻想局からの新たな依頼
マグヌムからの一通の手紙が、その夜ナルヴィー家の郵便受けに投函された




