第十九話 運搬移動
奥にある機械に向かって作業をしている女性に、キャピオは後ろから話しかけている
キャピオに近づくと、その会話がしっかりと聞こえた
「楽器はどこですか」
キャピオは女性に向かって淡々と告げるも、女性は一切口を開くことなく、隣に置いてあるピアノに腕を動かす
そして一つの鍵盤を叩いた
すると、美しい音が右から響く
扉を開いた時と同じようなあの美しい音が、ピアノとは関係のない方向から響いた
これがピアノの能力だろうか
今までと比べて少し…いや、かなり地味な能力だ
だが、場所を惑わすというのは、時と場合によってはかなり厄介となるだろう
そうして、キャピオは右に歩きだした
相も変わらず無表情で、粛々と歩いている
それを追いかけ壁まで着くと、長方形の細長い箱が縦に三つ、積み重なっていた
上部分は透明になっており、仕切られた箱の中には手のひらサイズの楽器が十個、並べられていた
楽器はクッションに包まれ、一切の傷も許さないというほど丁寧に箱にしまわれている
キャピオはその内二つを持つ
「これを、持ってください」
言われるがまま、最後の一つを持ち上げる
その瞬間、この箱の異常さに気がついた
この箱は、まるでダンベルでも入っているかのように重く、腰や腕の体全てを使ってやっと持ち上げられるほどの重さだった
大きさが違うだけで重さは変わっていないように、十個の楽器全てが自分に圧力をかけてくる
こんな箱を二つも持ったキャピオは、まさかトレーニングでもしていたのだろうか
…以外と服の下には筋肉が詰まっていたりするかもしれない
扉に向かうキャピオに続いて、物理的に重い足を一歩一歩前に出す
前に歩いていたキャピオも、やはり先程の半分ほどの速度で歩いている
やっとの思いで扉の前までたどり着いたが、ここから来た道を戻るのは気が遠くなりそうだ
ただでさえ一時間歩いてきたというのに、こんな物を持ってまた歩くなど、今夜だけで終わるとは到底思えない
あの時使ったヴィブラスラップ、ここから幻想局の小屋まで届かせることは出来ないのだろうか?
確かにあんなものを使ったらこの建物が吹き飛ぶかもしれないが、ここは現実だ、再び幻想の世界に戻って使えばなんとかなるのではないか?
まぁ、そんなことができるならばとっくに使っているだろう
これから先に起こるであろう事から目を背け、闇が広がる通路に足を踏み出した
その瞬間、鐘の音が響いた
小さく、だが美しく、自分とキャピオ、そして女性の耳に届いた
鳴らしたのは誰だろうか
いや、そんなことはどうでもいい
何故ならば、今足場として踏みしめていた煉瓦が、一瞬にして幻のように消え去ったからだ
「うわぁぁぁぁ!!」
体制を崩し、持っていた箱を抱きしめながら空中で大回転している
どちらが上でどちらが下か、一切分からないまま、確実に地面に向かって引き寄せられていく
周りの景色など見る余裕も無かったが、キャピオの持っていた物がちらりと目に入った
それは、灰色に輝く一枚の紙だった
法陣を思い出す光を放ち、紙は空中を舞う
自分と同じように地面に引き寄せられながら、紙は空中を縦横無尽に飛び回っている
すると、紙が一気に輝きを増したかと思った瞬間、咄嗟に目を閉じた自分の足に、少しの違和感を感じた
何が起きたのか分からないまま足の感覚を研ぎ澄ませると、足は確かに地面を踏みしめている
重い箱が足に負荷をかける、たった一瞬だが自分にはその感覚が深く懐かしく思えた
目を開き広がった光景は、一時間と少し前に見た光景
幻想局の小屋の前だった




