第十七話 空中飛行
自分が首をかしげる隙に、キャピオはヴィブラスラップを力強く叩いた
乾いた甲高い音と共に、周囲の空気が震える
同時に空気中に亀裂が入り、真空の空間を作り出す
一秒すら長く感じる程にそれらは起こった
理解すらできぬ間にその亀裂はどんどんと広がり、気がつくと自分の身長の二倍はあろうほどに肥大化していた
亀裂は空気中に固定されており、まるでその部分だけ光が歪んでいるようだ
亀裂を眺めていると、右手がなにかに包み込まれた
驚き、そして困惑、手を振りほどく間もない
右手を見ると、キャピオの左手が繋がれていた
「来ます」
キャピオが亀裂を見ながら呟く、そして右手に加わる圧力もさらに大きくなる
その瞬間、亀裂に向けて巨大な風が生まれた
吸い込まれるように、追い出されるように、亀裂へと体が向かう
強い強い風が、横からも後ろからも押してくる
抗うことも出来ず、キャピオの左手が頼りだった
だが、キャピオは風に身を任せ、自分から望むかのように亀裂へと向かっていた
冗談じゃない、こんなことに巻き込まれてたまるか
手を振りほどこうとするも、キャピオの力が更に増して引っ張られるだけだった
最後の最後まで飛ばされぬよう耐えていたが、所詮七歳の抗いだ、キャピオに連れられるようにして亀裂に向かって体が飛ばされる
不思議と死を直感することはなかったが、それでもとても高い空に投げ飛ばされた
「ああぁぁーー……!!」
思わず悲鳴が出るほどに、とてつもない速度で空を飛んでいる
風なんて目じゃないほど、早く、高く、飛んでいる
下ばかり見ながらも、唯一の希望である右手に大きな力を加える
自分にとっての敵だとしても、この時だけは頼らざるを得ない
─いったいどれだけ飛んだのか、もう空中にいることに体が慣れきってしまい、重力というものを感じられなくなってきた頃
握り締めていた右手も、もう最低限の力で捕まっている
不思議なほど冷静に、素早く後ろに流れていく周囲の光景を眺めていると、突然聞き慣れた音が耳に入ってきた
右から聞こえたその楽器の音、響き渡る鐘の音が、キャピオの方向から届いてくる
その瞬間、目の前には巨大な煉瓦の壁が出てくる
無から生まれたように、前に屋敷に飛ばされた時と同じように、突然目の前に出てきた
反応する暇もなく、キャピオと共に壁に突っ込むと、壁はそこに存在していないようにすり抜け、その先にある法陣が目に入った
法陣は紫色に輝き、複雑な図形が絡み合って、いかにもな雰囲気を醸し出している
気がつくと、自分の体に少しずつブレーキがかかり、壁にぶつかる時にはすでに、歩いている時と同じくらいの速度になっていた
魔法陣の描かれた壁に自分の体を全てあずける
そして、小さな衝撃が体を伝わった後、地面に落下し足をつける
壁を見上げると、輝いていた法陣はすでに光を失い、紫色の図形が複雑に絡み合っているだけになっていた
これが術式と呼ばれるものなのだろうか、そう浅薄な思考で壁を眺めていると、隣のキャピオが自分を呼び掛けてくる
「こちらです」
キャピオは家具一つない質素な部屋で唯一の、異質な木造の扉を開き、ゆっくりと暗闇の中へ足を踏み入れる




