日常の約束の日
少し遅くなりましたが、本日から復帰します
この章には、クラルスの人生で一回目の転機が来るので、ぜひ見届けてあげてください
「そろそろ新しい花が───開花する頃合いね。」
木々の間を抜け、歩みを進めながら、アウロラ・エオスはそう呟いた
彼女の背に広がるのは、とある都市の、とある村
目に写るのは、使い古された小さな山小屋
彼の指導者として、導き手となるために、アウロラは、山小屋の周囲を、巨大な術式で包み込んだ
「待っているよ───クラルス。」
小屋の中から、扉を閉めた
──「んぅーー!」
寝起きの体を伸ばし、新たな朝が来たことを伝える
太陽からの光を浴び、寝間着から普段着に着替え、二人の義兄さまと共に、部屋の扉を勢いよく開けた
義兄さまからの訓練を受け、終わるとすぐに、朝の食事へと移る
「クラルス、今日は元気だね、なにかあったのかい?」
訓練を受けている義兄、クラウィール義兄さまから、そう尋ねられた
「別に、いつも通りですよ?」
そう誤魔化したが、そんな自分の顔は間違いなく、隠しきれない笑顔であっただろう
義兄さま達には秘密にしているが、今日は自分にとって、本当に嬉しい日なのだ
一か月前にカミラと約束した、また会おうと約束した日
その日がついに、やってきたのだ
一月ぶり、こんなに長く遊ばなかったのは今まで無かった
出会ったら何の話をしようか
ノーット領で食べた、あのおいしい屋台料理でもいい
アウロラの話でも、家事の話でも、考えれば考えるほど、色んな話題が思い付く
カミラもどんな話をしてくれるのか楽しみだ
…とにかく、カミラと話し合いたい
互いの話題で、笑いあったり、怒ったり、同情したり
そんな、義兄弟とは少し違う、楽しい時間
それがやっと、戻ってくるんだ
自分は、集合時間には三時間ほど早いにも関わらず、すでに準備を整えて、屋敷中を浮かれ立って歩き回っていた
グローリア義兄さまは、相変わらず不思議な笑みを浮かべながら、屋敷を放浪している
クラウィール義兄さまは、いつも通り義父と話でもするのか、義父さまの書斎へ入っていくのが見えた
オーウィ義姉さまは、どうやら部屋で楽器を奏でているらしく、屋敷の一室から、ヴァイオリンの美しい音色が聞こえてきた
そういえば、マグヌムが様々な楽器を教えていたはずで、確かに幻想の世界で聞いた楽器を思い出す音色だ
ラクリマ義姉さまは、オーウィ義姉さまと一緒に楽器を奏でているものかと思っていたが、どうやら未だに家事の手伝いをしていたらしい
使用人の手も足りているし、どうしてか疑問に思ったが、その鬼気迫る表情には、焦りや嫉妬が詰まっているように見え、尋ねるのを躊躇してしまった
ルシオラ義兄さまは、サボり癖があるのはいつも通りだが、最近はマーテル義姉さまと一緒にいる所を見る事が多くなった
義父が倒れている間に、面倒を見てから愛着が芽生えたのか、他のことをサボるためかは分からないが、マーテル義姉さまも楽しそうだし、パテルも人の顔色を取り戻しているので、一石三鳥といった所か
アルブは、やはりティエスと遊んでいる
普段通りに投げたボールを取ってくるだけで、幸せそうに舌を見せている
ウィルスール義兄さまは見当たらなかった
いつも通り修行にでも行っているのだろう
そんな、屋敷をいろいろと回っていると、後ろから声をかけられた
「クラルスさま!旦那さまがお呼びですって」
使用人のアクィラの、活発な声が耳に響く
この人は、自分の事を黙っててくれたり、たまにお菓子をくれたりする良い人ではあるのだが、マーテル義姉さまを数倍大きくしたような声と性格は、どれだけ経っても慣れそうにない
言われた通りに義父さまのいる書斎へと向かう
そこにはすでに、クラウィール義兄さまの姿はなく、深々と椅子に座る義父さまが、優しい目でこちらを見つめていた
「おはよう、クラルス」
「おはようございます、義父さま」
まるで、全てを受け入れるかのようなその声は、病床に伏せていたとは思えないほど、力強くはっきりとした声だった
「さて…今日話したいのは、一つだ」
義父さまが個人を呼び出した時は、大抵怒られる時か褒められる時だ
心当たりがあると、クラウィール義兄さま以外は、怯えて向かうか胸を張って向かうかの二つに分けられる
だが、今回は違うらしい
「クラルス、よく屋敷を抜け出して、友達と会っていたようじゃないか」
「あっ……えっと…はい…」
よく屋敷を抜け出しているのは本当だが、まさかカミラの事までバレているとは……
だが、考えてみれば、バレないほうが不自然だ
こんな怪しい行動を続ける子供を、親が、子爵が、無視するはずがない
「……やはりそうか
………クラルス、行ってきてもいいが、帰ってきてからもう一度話をしよう」
拍子抜けだった
怒られることを覚悟していたが、義父さまは少し悩みながらそう言ったのだ
そしてどこか、哀れみのような視線を自分に向けていたように感じた
「…分かり……ました?、では、失礼します」
正直、今の自分にはカミラと出会う事しか頭に無かったため、義父さまの言葉と表情を深く考えようとしなかった
だが、その真意が分かるのに、そう長くはかからなかった
「クラルスさま、お出かけですか?」
使用人の一人、スビトが、玄関に向かう自分を呼び掛けた
その手には箒が握られており、掃除の準備でもしていたのだろう
自分はというと、一冊の本を片手に持っている
ただの小説ではあるが、最優都市ストルゲの王都アナリタが舞台となっているため、ストルゲを深く理解できる作品だ
物語も面白いので、自分が今好んで読んでいる作品でもある
「あ、はい……えーーっと……」
義父さまからの許可があればいいが、やはり訓練や指導を抜け出すのはあまり良くない
そのため、今回も怒られるかと覚悟して、震えながらそう答えた
「ふふっ、大丈夫ですよ
旦那さまからは話を聞いておりますので、どうぞ楽しんでいって下さい」
そう答えたスビトの顔は、眉間の寄ったいつもの表情ではなく、優しく柔らかい、受け入れてくれるような表情だった
確かに、今まで義父さまにちゃんと許可を貰った事は無かったが、それだけでこうなるのならば、初めから伝えておけばよかったと、いまさらながら後悔する
─そうして、スビトから許可を貰った後、自分は屋敷の玄関を開き、
カミラと会うために、平原へと歩き出した




